夢守りのメリィ

どら。

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78. 薄闇に揺らぐ①

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砂漠の街・ジスールに平和が戻った翌日。
メリィたちは領主の厚意で、その立派な屋敷に招かれることになった。

「よくぞ街の闇を晴らしてくれた。礼を言うぞ」
快活な領主は、美味なる料理、広々とした風呂、居心地のいい客間を惜しみなく用意してくれた。
踊り子たちが艶やかに舞い、卓には香辛料香る珍味と極上の果実酒が並ぶ。まるで王族の饗宴。

「すごーい!こんなに大きいお風呂、初めてです!」
「お湯もとろとろですよ、姉さまっ」
「ふふ、旅の疲れも吹き飛びそうだね」

久々に味わう静けさと贅沢に、メリィと双子もほっと微笑む。
ワノツキは風呂で湯に浸かりすぎて「のぼせた……」と真っ赤な顔で転がっていた。

ズメウは踊り子達の熱視線も意に介さず、黙々と酒杯を傾ける。
タカチホは鼻歌まじりに果物を切り分けて皆に配り、久々の穏やかな夜は過ぎていく――はずだった。

「……ネロさん。よろしければこちらへ」

賑わう宴席の隅で、領主の娘が声をかける。
豪奢なドレスに包まれた長い指が、そっとネロの手首に触れた。

「……何か用か?」
「ええ。どうか、お話したくて」

無邪気な顔で笑う双子、穏やかなメリィの姿――ネロは視線を向けたが、彼女たちは他の踊り子達と話していた。

「悪いが、あんたと話せるような話題は持ち合わせていない」
ネロはそう言うと、その場を離れてワノツキ達の所へと行った。

ワノツキ達と暫く談笑をしていると、其々に案内係から声が掛かる。
「今宵の客間をご用意しました。どうぞこちらへ」
ふとメリィを探し見ると、既に姿はない。
先に案内されたのだろうか。

ネロは広い客間へ通された。
砂漠の夜でも涼しい風が抜ける、絹のカーテンと大きな寝台のある部屋。寝台には、すでに布団が整えられていた――その布団は盛り上がっている。

「……メリィ?」

ネロが不思議そうに布団に近付く。

「ふふっ……待っていたわ」

布団の中から、薄い布越しに滑り出してきたのは、艶やかな黒髪を結った美しい少女――領主の娘だった。

「せっかく街を救ってくれた英雄様だもの。私がお礼をしなくちゃって……ね?」

少女は微笑み、するりとネロに身体を寄せる。絹の肌、甘い香り――そして次の瞬間、彼の胸を押し倒し、馬乗りになった。

「あなた、すごく素敵……一晩だけ、わたしにちょうだい?」

「は……? ちょ、待っ……」

ネロが抵抗しようとした、その時。

ギィ、と扉が軋んだ。

「……」

そこに立っていたのはメリィだった。
無言、無表情。何も言わない。ただ、静かに、静かにその場を去っていく。

「ま、待てメリィ!違う、こいつが――!」

「……」

返事は無かった。影のように、音もなく扉の向こうへと消える。

「あんた…!邪魔しないでくれ……!」

領主の娘を軽く払いのけ、ネロもすぐに後を追うが――すでに廊下にメリィの姿はなかった。

「……クソッ、最悪のタイミングだ……!」
ネロは眉間を押さえた。


***


中庭の片隅。

静かな月明かりの下、メリィは一人、石畳に腰掛けていた。手には冷えたままのミントティー。視線はぼんやりと砂漠の夜空へ向けられている。

「……こんなに寒かったかな、夜の風って」

そこへ――ふわりと肩を覆う柔らかな布。

「砂漠の夜は冷えますヨ。……そんな薄着じゃ風邪を引きまス」

タカチホだった。自分の上掛けをそっとメリィにかけ、隣に腰を下ろす。

「どうしました、メリィさん?こんな所で」

「……どうってことは、ないの。ほんとに」

メリィはぽつりと呟く。
その声は、いつもの落ち着きとは違い、どこか頼りなく、曇っていた。

「ただ……昔からネロは、ずっと隣にいてくれて。それに慣れてしまってて……。わたし、気付かないうちに……縛ってしまってるのかなって。……ふと、思っただけ」

「うーん……今更じゃないですか?」

タカチホは苦笑しながら肩をすくめた。

「ネロさんご自身が“嫌だ”とか“困ってる”って言いました?言ってないでしょう?なら、その関係にネロさん自身も満足しているんでしょウ。……小生はそう思いまス」

「……そう、かな」

「そうですヨ」

タカチホは立ち上がり、微笑む。

「本ッ当~に、お二人とも不器用ですネ。……ま、夜更かしは体に毒ですから、そろそろお休みくださイ」

「あ……待って。タカチホ、上着……」

「お貸ししておきますヨ。返すのは明日でも」

ふっと軽く笑い、夜の回廊へと消えるタカチホ。
メリィはその場に残り、上掛けにくるまった。

――眠るには、まだ戻る気になれない。

「……ああ。一人で眠るって……こんなに寒いんだ」

中庭の隅、石のベンチ。
メリィは目を閉じ、そのまま眠りに落ちた――。


そして翌朝。
中庭には、タカチホの上掛けだけが、残されていた。


メリィの姿は、どこにもなかった。
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