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86.魔法の街(前編)
しおりを挟む森を抜け、薄い霧が晴れたその先——。
目の前に広がったのは、これまで旅してきたどの街とも違う光景だった。
切り立った門壁、積み上げられた白いレンガ——よく見れば、その一つ一つが微かに輝いている。魔鉱石だ。ネロは目を細めた。
「……ここか、魔法の街ってのは」
「不思議、街に入った途端涼しい……!」メリィが頬に手を当てて微笑む。
森の中や河原の暑さ、湿気が嘘のように消えていた。空気がさらりと澄んで、過ごしやすさに満ちている。
「門の魔法で調整されてるらしいヨ。暑さも寒さも、全部」
タカチホが目を細めながら説明する。
「この城壁、魔鉱石製ですからネ。内と外で温度が変わるそうです。おまけに悪意を持つ者は門をくぐれない仕様だとか。なのでここ一帯では一番平和な街だそうですヨ」
花屋の前に立つ主人が笑って頷く。
その店先では、ジョウロが空中をふわふわ飛び回り、鉢植えの花々に水を注いでいた。
ふと空を見上げれば、人や手紙のようなものが飛び交い、まるで生きた童話の世界。
「すごい……!」メリィが目を輝かせる。
「マヌルも空、飛んでみたいです!」
「メルルも!ぜったい気持ちいいですよ!」
双子が手を広げ、くるくると嬉しそうに駆け回る。
「ほんと元気だな、あいつら……」
ワノツキが呆れたように苦笑した。
やがて一行は、街の中心にある宿屋を見つけ、足を止めた。
重厚な木の扉が、誰も触れていないのにゆっくりと開く。
「……勝手に開いた……」ネロが目を細める。
受付には誰もいない。代わりに空からふわりとペンと紙が降りてくる。
タカチホがニヤリと笑う。
「これはまた……宿帳も魔法任せとは。人数、部屋数、名前、宿泊日数——と。メリィサン、お任せしますヨ」
メリィがペンをとり、皆の分を書き込むと紙とペンはふわりと舞い上がり、代わりに鍵が三つ、ぴたりと目の前に降りてきた。
「すげぇな……」ワノツキがぽつりと呟く。
それぞれ鍵を受け取って、部屋に入る。
ネロは部屋へ行き荷を置くと、門近くで買っておいた街の地図を広げた。
「魔法書店、魔法学校、魔法薬屋……魔法、魔法、魔法……どこもかしこも徹底してるな」
「この街の人たちにとっては、魔法って日常なんだね」
メリィも隣に座り、ふむふむと地図を覗き込む。
「ウールネストでは付与武器とか魔法道具はあったけど、こんなに……魔法だらけってわけじゃなかったから……びっくりだよ」
ベッドサイドにあった小さなランプにそっと触れると、淡く光り始めた。
「わぁ……」メリィは嬉しそうに笑う。
その横でネロが上着を脱ぐと、クローゼットの扉がバタンと自動で開き、ハンガーがふわりと飛び出してくる。
「……便利だけど、落ち着かねぇな」
ネロは苦笑しながらそれに服をかけた。
* * *
一方、別の部屋では——。
「いいデスカ?ズメウさん。ぜっっっったいにこの街で竜とバレてはいけませんヨ!!」
タカチホの声が低く鋭くなる。
「……何故だ」
ズメウが小首を傾げる。
「竜だとバレたら最後。良い素材として骨の髄まで魔法道具にされてしまいマス。だから、絶対ダメです。約束デス」
「竜ってそんな狙われやすいもんなのか……?」ワノツキが眉をひそめる。
「力量的に只人で我等に勝てる者はおらん。群れて挑むか、竜殺しの名を冠する道具を用いる……あとは……セイレンの様に、戦いすらせぬ者も稀にいるが、道具にされるのは大体下級の竜種。我らの様に交流等出来ぬ者達だな」
ズメウは静かに言う。
「竜の素材は貴重デスからネ……。牙、鱗、骨、血……。欲深い魔法使いはどこにでもいます。特にここは魔法都市。相性が……悪すぎマス」
タカチホは眉をひそめ、袖で口元を隠す。
「そうだな……魔道具は痛い。鱗に傷がつく」ズメウがつぶやいた。
「必ずしも全員が悪いってわけじゃねぇけど……人の欲ってのは、やっぱ怖ぇな……」
ワノツキが静かに言ったその言葉に、三人の間に短い沈黙が落ちた。
——魔法に満ちた国。その輝きの裏に潜む影。
ズメウの存在が、それを浮かび上がらせていた。
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