夢守りのメリィ

どら。

文字の大きさ
94 / 140

94.歯車と迷路④

しおりを挟む

ズメウの手に掴まれ、宙を滑るように上層階へと向かうワノツキは、歯を食いしばりつつ呻いた。

「おいおい、コレはズルってやつなんじゃないのか……?」

眼下の歯車と蒸気の海を見下ろし、汗が滲む。対してズメウは涼しい顔で羽ばたいている。

「問題ない」

「いや問題あるだろ!これ迷路だぞ!?」

反論も虚しく、ズメウの力強い飛翔に引かれて二人は迷路の中心、大時計の中枢部へと到達する。

巨大な歯車が噛み合い、蒸気が吹き上がる中――そこにあったのは、真空管に納められた赤と青、ふたつの結晶だった。赤は悪夢、青は夢。その不穏な光が鼓動のように脈打っている。

「マジかよ……お前の言った通りじゃねーか……」

ワノツキが顔をしかめた。ズメウは無言でじっとそれを見つめる。

「破壊するか?」

「待て待て、そうすりゃ確かに片付くだろうが……夢の結晶ってことは、持ち主がいる筈だ。メリィ達の判断を待った方がいい」

ワノツキが言い切った、その時だった。

「ああ、それならご安心下さい。夢以外は不要でしたので、処分しております」

背後から涼やかな声が響いた。二人が振り返ると、長身の男が笑みを浮かべ立っていた。黒いスーツに白手袋、背筋を伸ばし恭しく礼を取る。

「時計技師、テイラーと申します。この大時計の管理人です」

「…テイラーさんよ……夢や悪夢を使うのは禁忌だろ。なんでこんな事してやがる」

ワノツキの声は低く、鋭くなる。だがテイラーは満面の笑みを浮かべたままだ。

「ワタクシが新しい技術に悩んでいる際、とある方より扱い方を伺いましてね。素晴らしいでしょう?夢は希望、悪夢は絶望、どちらも動力源となるのです」

笑顔のまま、言葉を切り替える。

「……しかし。たまにいるんですよ。ワタクシの技術を理解せず、ズルをする方が。例えば、空を飛んで迷路を越える、など」

その目が、二人を射抜いた。

「そういう方には、なっていただくんですよ。動力源に」

テイラーの背後にある壁が開き、機械仕掛けの巨大なチェーンソー、ドリル、アームが唸り声のように震え出す。

「やり過ぎんなよ、ズメウ!下にはあいつらがいる!」

「うむ」

二人が構えるその刹那――テイラーの口元が歪んだ。

「ああ、そうそう。言い忘れましたが」

次の瞬間、電撃の奔流が横合いから二人を襲った。

「ぐあぁぁあっ……!」

ワノツキは膝をつき、ズメウの肩もわずかに揺らぐ。歯車の隙間から伸びた電撃コードが二人を絡め取るように光った。

「よく痺れるでしょう?さあ、お前の夢を取り出しましょうか」

テイラーが足音もなくワノツキに近付く――その足元が、突如抉れた。

「させぬ」

低く響くズメウの声。怒気を帯びたその気配に、テイラーが一歩退く。

「おやおや。電撃が効きにくい方もおいででしたか」

コードがテイラーの身体から伸び、大時計の中枢に突き刺さる。

「ワタクシガ直々ニ潰シテ差シ上ゲマショウ」

その声が歪み、姿が膨れ上がっていく。腕は金属のアームと化し、顔は機械の仮面に覆われる。悪夢に侵された異形へと変貌した。

「っ……クソが……結局そうなるか」

「既に悪夢に堕ちていたか」

ズメウが静かにハルバードを構える。

「ズメウ!ワノツキ!大丈夫!?」

階段を駆け上がってきたのはメリィとネロ、そして双子。

「ズメウさま!下には誰もいません!大時計にいるのはメルル達だけです!」

「なら――疾く終わらせよう」

ズメウのハルバードが閃光を放つ。

次の瞬間、テイラーの胴が真横に断ち割られていた。

「……ナ、何モ…マダ…成セテ……」

ズメウの一閃――重力すら裂く一撃だった。

黒い煤となり、テイラーの姿は呆気なく掻き消える。

――ゴォーン、ゴォーン。

街中に、鐘の音が響く。

「とっとと出ねぇとヤバいぞ!」

ワノツキの声に皆が頷き、一行は急ぎ出口へと駆け出した。

 


「はぁー!無事脱出できましたー!!」

「ハラハラドキドキでした!!出口も無事見つかりましたね!」

外に出た双子が元気よく飛び跳ねる。崩れ行く時計塔を背に、全員が無事だったことにほっと胸を撫で下ろした。

だが、ワノツキの視線がじっとあるものを見つめる。

「……なあ、お前ら」

「ん?」

「……何、つけてんだ?」

ワノツキが指差した先――ネロとメリィの手首は、未だ枷で繋がれたままだった。

「いや、これはその……タカチホが……」

言い訳するネロ。

「手枷……!?姉さま、大丈夫です?ネロさまから怖いことされませんでした?」と心配するマヌル。

「ヘタレさま!やりすぎです!!」と双子の猛抗議。

「……罪を犯したのか……?」眉を潜めるズメウ。

「ち、違うって!!」とネロ。

そんな賑やかな声と、崩れ落ちる時計塔の残響が、機械仕掛けの街の空に響いていた。


夜。
宿屋のロビーへ戻ると、ランプのほの明るい光の下、シーダを膝にのせたタカチホが一行を出迎えた。シーダはすやすやと寝息を立てている。タカチホはその小さな背をそっと撫でながら顔を上げた。

「いやぁ~、皆様ご無事で何よりデスヨ!大時計が崩れたと聞いた時には小生、心ここに在らずでした…!」

ホッとしたように胸に手を当てるタカチホ。

「それより……タカチホ」

低くネロが声をかける。右手を軽く持ち上げ、枷の鎖を鳴らした。

「これの鍵、貸してくれ」

きょとん、とするタカチホ。

「ネロサン、小生こういう用途でお渡ししたワケではないんですが……」

「いいから早く出せ」

「ハイハイ、コレですヨ……」

苦笑しつつ小さな銀の鍵を差し出すタカチホ。

それを受け取るなり、ネロはメリィの手を引いて階段を上がる。後ろ姿を見送りつつワノツキがぽつりと呟く。

「……ちょっとからかい過ぎちまったか」

ロビーに、シーダの寝息だけが静かに残った。

 


 

二人が部屋に戻ると、そこには柔らかなランプの灯りと、夜の匂いが満ちていた。ベッドサイドに並んで腰を下ろす。ネロは無言で鍵を取り出し、自分の枷を外そうとする。

「ねぇ、ネロ」

隣で、メリィが小首を傾げた。

「タカチホ、こういう用途じゃないとか言ってたけど……他に使う用途って何だったのかな?」

問いかけるように見上げてくるメリィの瞳。

ぱちん、と金属音が響いた。ネロの枷が外れる。

「それは――こういう用途だ」

次の瞬間、メリィの身体がふわりと倒され、背中がベッドの上に沈む。ネロの手がメリィの手首を取り、そのままヘッドボードへと枷を回す。カチリ、と左手に冷たい感触。

「ネロ……!?」

驚くメリィの顔に、ネロはいたずらっぽく微笑む。

「タカチホが言ってたのは……こういう用途だ」

そのまま、ネロの顔がメリィに近付く。微かに乱れる息。熱を帯びた瞳。
唇が深く重なる。呼吸が混ざり、メリィの胸がどくりと跳ねた。

「オレは……メリィが“いい”って言うまで、待つつもりだ。けど――その時は」

耳元で囁く低い声。

「お前の心も、体も、全部……食べ尽くしてしまうかもしれない」

熱のこもった瞳がメリィを射抜く。
視線が絡み、息が止まりそうになる。メリィは目を伏せ、唇を震わせて――

 

「ひゃわーーーーーーー!!!!」

 

突然響く叫び声に二人がビクリと身を強張らせる。

扉の隙間から顔を覗かせたのは、双子だった。マヌルとメルルが目をまん丸に見開いて立ち尽くしている。

「姉さまになんて無体を働いてるのですかーーー!!」

「ヘタレさま改め、鬼畜さまですっっ!!!」

次の瞬間、双子が跳びかかってきた。

「うわっ、ちょ、おま――!!」

がしっ、とネロの腕にマヌル、反対の肩にメルルがしがみつく。爪がほんのり立っている。

「いててて!爪立てんな!マジで痛ぇって!!」

「姉さまを縛るなんて!!」

「メルル達が許しません!!」

大騒ぎの双子に、メリィは枷のかかった手を引っ張って、涙目になりながら叫んだ。

「ネロー!!これ、外して!!」

「ハァ~~~惜しかったですネェ~~~」

窓の外からひょっこりとタカチホが顔を出す。まるで見計らっていたかのように。

「ま、未遂ならギリセーフ、ですかネ?いやぁ小生、今夜も安眠できそうですヨ~!」

「この状況で寝られるかーー!!」

ネロの叫び声が、夜の宿屋に響き渡る。


外では静かに蒸気が吹き、歯車が回る音がしていた。
機械仕掛けの街の夜は、思いがけず賑やかなまま、更けていった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...