夢守りのメリィ

どら。

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94.歯車と迷路④

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ズメウの手に掴まれ、宙を滑るように上層階へと向かうワノツキは、歯を食いしばりつつ呻いた。

「おいおい、コレはズルってやつなんじゃないのか……?」

眼下の歯車と蒸気の海を見下ろし、汗が滲む。対してズメウは涼しい顔で羽ばたいている。

「問題ない」

「いや問題あるだろ!これ迷路だぞ!?」

反論も虚しく、ズメウの力強い飛翔に引かれて二人は迷路の中心、大時計の中枢部へと到達する。

巨大な歯車が噛み合い、蒸気が吹き上がる中――そこにあったのは、真空管に納められた赤と青、ふたつの結晶だった。赤は悪夢、青は夢。その不穏な光が鼓動のように脈打っている。

「マジかよ……お前の言った通りじゃねーか……」

ワノツキが顔をしかめた。ズメウは無言でじっとそれを見つめる。

「破壊するか?」

「待て待て、そうすりゃ確かに片付くだろうが……夢の結晶ってことは、持ち主がいる筈だ。メリィ達の判断を待った方がいい」

ワノツキが言い切った、その時だった。

「ああ、それならご安心下さい。夢以外は不要でしたので、処分しております」

背後から涼やかな声が響いた。二人が振り返ると、長身の男が笑みを浮かべ立っていた。黒いスーツに白手袋、背筋を伸ばし恭しく礼を取る。

「時計技師、テイラーと申します。この大時計の管理人です」

「…テイラーさんよ……夢や悪夢を使うのは禁忌だろ。なんでこんな事してやがる」

ワノツキの声は低く、鋭くなる。だがテイラーは満面の笑みを浮かべたままだ。

「ワタクシが新しい技術に悩んでいる際、とある方より扱い方を伺いましてね。素晴らしいでしょう?夢は希望、悪夢は絶望、どちらも動力源となるのです」

笑顔のまま、言葉を切り替える。

「……しかし。たまにいるんですよ。ワタクシの技術を理解せず、ズルをする方が。例えば、空を飛んで迷路を越える、など」

その目が、二人を射抜いた。

「そういう方には、なっていただくんですよ。動力源に」

テイラーの背後にある壁が開き、機械仕掛けの巨大なチェーンソー、ドリル、アームが唸り声のように震え出す。

「やり過ぎんなよ、ズメウ!下にはあいつらがいる!」

「うむ」

二人が構えるその刹那――テイラーの口元が歪んだ。

「ああ、そうそう。言い忘れましたが」

次の瞬間、電撃の奔流が横合いから二人を襲った。

「ぐあぁぁあっ……!」

ワノツキは膝をつき、ズメウの肩もわずかに揺らぐ。歯車の隙間から伸びた電撃コードが二人を絡め取るように光った。

「よく痺れるでしょう?さあ、お前の夢を取り出しましょうか」

テイラーが足音もなくワノツキに近付く――その足元が、突如抉れた。

「させぬ」

低く響くズメウの声。怒気を帯びたその気配に、テイラーが一歩退く。

「おやおや。電撃が効きにくい方もおいででしたか」

コードがテイラーの身体から伸び、大時計の中枢に突き刺さる。

「ワタクシガ直々ニ潰シテ差シ上ゲマショウ」

その声が歪み、姿が膨れ上がっていく。腕は金属のアームと化し、顔は機械の仮面に覆われる。悪夢に侵された異形へと変貌した。

「っ……クソが……結局そうなるか」

「既に悪夢に堕ちていたか」

ズメウが静かにハルバードを構える。

「ズメウ!ワノツキ!大丈夫!?」

階段を駆け上がってきたのはメリィとネロ、そして双子。

「ズメウさま!下には誰もいません!大時計にいるのはメルル達だけです!」

「なら――疾く終わらせよう」

ズメウのハルバードが閃光を放つ。

次の瞬間、テイラーの胴が真横に断ち割られていた。

「……ナ、何モ…マダ…成セテ……」

ズメウの一閃――重力すら裂く一撃だった。

黒い煤となり、テイラーの姿は呆気なく掻き消える。

――ゴォーン、ゴォーン。

街中に、鐘の音が響く。

「とっとと出ねぇとヤバいぞ!」

ワノツキの声に皆が頷き、一行は急ぎ出口へと駆け出した。

 


「はぁー!無事脱出できましたー!!」

「ハラハラドキドキでした!!出口も無事見つかりましたね!」

外に出た双子が元気よく飛び跳ねる。崩れ行く時計塔を背に、全員が無事だったことにほっと胸を撫で下ろした。

だが、ワノツキの視線がじっとあるものを見つめる。

「……なあ、お前ら」

「ん?」

「……何、つけてんだ?」

ワノツキが指差した先――ネロとメリィの手首は、未だ枷で繋がれたままだった。

「いや、これはその……タカチホが……」

言い訳するネロ。

「手枷……!?姉さま、大丈夫です?ネロさまから怖いことされませんでした?」と心配するマヌル。

「ヘタレさま!やりすぎです!!」と双子の猛抗議。

「……罪を犯したのか……?」眉を潜めるズメウ。

「ち、違うって!!」とネロ。

そんな賑やかな声と、崩れ落ちる時計塔の残響が、機械仕掛けの街の空に響いていた。


夜。
宿屋のロビーへ戻ると、ランプのほの明るい光の下、シーダを膝にのせたタカチホが一行を出迎えた。シーダはすやすやと寝息を立てている。タカチホはその小さな背をそっと撫でながら顔を上げた。

「いやぁ~、皆様ご無事で何よりデスヨ!大時計が崩れたと聞いた時には小生、心ここに在らずでした…!」

ホッとしたように胸に手を当てるタカチホ。

「それより……タカチホ」

低くネロが声をかける。右手を軽く持ち上げ、枷の鎖を鳴らした。

「これの鍵、貸してくれ」

きょとん、とするタカチホ。

「ネロサン、小生こういう用途でお渡ししたワケではないんですが……」

「いいから早く出せ」

「ハイハイ、コレですヨ……」

苦笑しつつ小さな銀の鍵を差し出すタカチホ。

それを受け取るなり、ネロはメリィの手を引いて階段を上がる。後ろ姿を見送りつつワノツキがぽつりと呟く。

「……ちょっとからかい過ぎちまったか」

ロビーに、シーダの寝息だけが静かに残った。

 


 

二人が部屋に戻ると、そこには柔らかなランプの灯りと、夜の匂いが満ちていた。ベッドサイドに並んで腰を下ろす。ネロは無言で鍵を取り出し、自分の枷を外そうとする。

「ねぇ、ネロ」

隣で、メリィが小首を傾げた。

「タカチホ、こういう用途じゃないとか言ってたけど……他に使う用途って何だったのかな?」

問いかけるように見上げてくるメリィの瞳。

ぱちん、と金属音が響いた。ネロの枷が外れる。

「それは――こういう用途だ」

次の瞬間、メリィの身体がふわりと倒され、背中がベッドの上に沈む。ネロの手がメリィの手首を取り、そのままヘッドボードへと枷を回す。カチリ、と左手に冷たい感触。

「ネロ……!?」

驚くメリィの顔に、ネロはいたずらっぽく微笑む。

「タカチホが言ってたのは……こういう用途だ」

そのまま、ネロの顔がメリィに近付く。微かに乱れる息。熱を帯びた瞳。
唇が深く重なる。呼吸が混ざり、メリィの胸がどくりと跳ねた。

「オレは……メリィが“いい”って言うまで、待つつもりだ。けど――その時は」

耳元で囁く低い声。

「お前の心も、体も、全部……食べ尽くしてしまうかもしれない」

熱のこもった瞳がメリィを射抜く。
視線が絡み、息が止まりそうになる。メリィは目を伏せ、唇を震わせて――

 

「ひゃわーーーーーーー!!!!」

 

突然響く叫び声に二人がビクリと身を強張らせる。

扉の隙間から顔を覗かせたのは、双子だった。マヌルとメルルが目をまん丸に見開いて立ち尽くしている。

「姉さまになんて無体を働いてるのですかーーー!!」

「ヘタレさま改め、鬼畜さまですっっ!!!」

次の瞬間、双子が跳びかかってきた。

「うわっ、ちょ、おま――!!」

がしっ、とネロの腕にマヌル、反対の肩にメルルがしがみつく。爪がほんのり立っている。

「いててて!爪立てんな!マジで痛ぇって!!」

「姉さまを縛るなんて!!」

「メルル達が許しません!!」

大騒ぎの双子に、メリィは枷のかかった手を引っ張って、涙目になりながら叫んだ。

「ネロー!!これ、外して!!」

「ハァ~~~惜しかったですネェ~~~」

窓の外からひょっこりとタカチホが顔を出す。まるで見計らっていたかのように。

「ま、未遂ならギリセーフ、ですかネ?いやぁ小生、今夜も安眠できそうですヨ~!」

「この状況で寝られるかーー!!」

ネロの叫び声が、夜の宿屋に響き渡る。


外では静かに蒸気が吹き、歯車が回る音がしていた。
機械仕掛けの街の夜は、思いがけず賑やかなまま、更けていった――。
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