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96. 空の上、隔たるもの(前編)
しおりを挟む地図を手にしたネロが、険しい表情であたりを見渡していた。
「……おかしいな。地図だとこのあたりに街があるはずなんだけど……」
だが、目前に広がるのは木々の生い茂る山の斜面と、青空の広がるばかりの空。
建物どころか道らしいものすら見えない。
「見落としかと思ったけど……これで合ってるハズなんだよなぁ……」
ワノツキも首をひねっていたそのとき、ズメウが無言で一歩前に出て、空を指差した。
「……あそこだ」
皆が一斉に視線を上げる。
遥か上空、雲間に霞むようにして浮かぶ巨大な浮島。そこには人工的に作られた建造物のようなものが遠目からでも確認できた。
「じ、地面が……浮いてます!?」
メルルが目を見開いて声を上げる。
「不思議ですっ……!どうなってるんですかコレっ!」
マヌルも顔を輝かせ、見上げたまま小さく跳ねる。
「……どういう原理で浮いてんだ?あり得ないだろ、アレ」
ネロが唸るように言うと、ワノツキが腕を組んで呻いた。
「にしても、あんな空中に街があるなんてよぉ……どうやって行くってんだ?」
ズメウが視線を一度だけ巡らせたあと、静かに告げる。
「我に乗れ」
言葉とともに、その身体が淡い金色の光を放ちはじめた。風が舞い上がり、衣がはためく中で、ズメウの姿は徐々に竜のそれへと変わっていく。
筋肉の浮き出た大きな体躯、翼膜の張った双翼、鋭く湾曲した尾。
巨大な黒銀色の竜の姿となったズメウが、ゆっくりと頭を垂れる。
「……いいの?」
メリィが戸惑い気味に聞くと、竜の瞳が彼女を見つめ、低く響く声が返る。
「お前は覚えておらぬだろうが……かつて我の背に乗っている。フィズの一件のあとだ」
「……そうなんだ」
メリィは目を細め、過去の記憶を探るが、意識の底はまだ薄暗いまま。
けれど、ズメウの言葉に迷いはない。
「じゃあ……お言葉に甘えるね。ありがとう、ズメウ」
メリィはそっと手を伸ばし、ズメウの鼻先を撫でる。
ズメウは満足気に喉を鳴らし、尾が揺れた。
「さ、シーダはこっちですヨ」
タカチホはシーダの小さな手を取り、自分の前にちょこんと座らせる。ずり落ちぬよう、片手でしっかりと腰を支えた。
一方、ネロは当然のようにメリィの脇へ腕を差し入れ、ひょいと持ち上げて自分の前に乗せた。
「……ちょ、ネロ!?それって、子ども扱いしてない……?」
「じゃあ、大人扱いしていいのか?」
耳元へ顔を寄せ、低く囁くネロ。その気配に、メリィの頬がぱっと赤く染まる。
……が、その甘い雰囲気はすぐに遮られることとなる。
べしっ!!
鈍い音とともに、ネロの背中が大きく揺れた。振り返ると、双子がぴたりと真後ろで睨みを効かせている。
マヌルの指先には、光る爪がちらりと覗いていた。
「なんだお前ら……応援してたんじゃねぇのか……?」
ワノツキが呆れたように問いかけると、双子はそろって言う。
「ネロさまは、ヘタレさまから……鬼畜さまに進化してしまったのです」
「姉さまに害をなす様なら…いくらネロさまでも許しません!」
「なんだよ進化って……」
ネロは苦笑した。
全員がそれぞれの位置に乗り終えたのを確認すると、ズメウは首を持ち上げ、翼を大きく広げる。
ざあ、と風が鳴った。大地の草がなびき、翼が空を掴む。
竜の身体が地面から浮き、そして大空へと舞い上がる。
眼下には流れるように過ぎる森と谷、そして、目前には陽の光に照らされる浮島の街が、その姿を現していた。
夢のような浮遊都市へと、旅路は新たな段階へ進み出したのだった。
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