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97. 空の上、隔たるもの(中編)
しおりを挟むズメウは翼を広げ、浮島の端からそっと地上へと滑空した。
街の真上に降りれば目立つ――そう判断した彼は、あえて少し離れた森と平原の境に降り立つ。竜の姿を見た住民が怯え、混乱する可能性を考えての行動だった。
柔らかな草の上に着地した一行は、そこから歩いて街へと向かった。
森を抜けると空の青と同じ色をした、翼を持つ人々の街が現れた。
「……すごい」
メリィが小さく呟いた。
淡い黄色のレンガで組まれた家々が滑らかに並び、どこか浮遊感を持った独特の造りだ。どの家の屋根の上にも小さな風見のような飾りがつけられており、風を受けてはくるくると回っている。空を見上げれば、翼を広げた人々が空を飛び交い、空中で商談をしている姿さえ見える。
「地図の通りの位置にあるってのに、まさか空に浮いてるとはな……」
ネロが苦笑混じりに呟いた。
「これは……どういう仕組みなのです!?」
「不思議です!」
双子は目を輝かせ、キョロキョロと周りを見る。
シーダも小さく「です」と声をあげ、双子と手を繋いでぱたぱたと歩いている。
街の入り口は、思ったよりも物静かだった。だが、歩を進めるにつれ、その“静けさ”には違和感が混じっていることに気づく。
「……あの、すみません、宿を探しているんですが」
メリィが声をかけた商人風の男は、目を細めたまま何も言わず通り過ぎていった。
別の者に話しかけても、無視される。
中には露骨に顔をしかめ、こちらを見下すように睨みつけていく者もいた。
「やな感じです!」
「ぷんすこです!」
双子は眉をひそめ、しっぽをピンと逆立てながら怒っていた。
「翼が無い者は、ここじゃ歓迎されてないって訳か……」
ワノツキが低く呟いた声には、冷えた怒りがあった。
「どこに行っても、人と違うって理由で差別するような奴はいるもんだが……この街は顕著だな」
「それが、争いの元なのですけどネェ」
ネロの言葉にタカチホは冷静に言いながらも、目を細めて周囲の様子を観察していた。
華やかな通りを抜け、路地のほうへと足を向けた時だった。
空気が、変わった。
「匂うね」
メリィが呟いた。
「悪夢か?」とネロが問うと、メリィは小さく頷いた。
「うん……近くにある。あんまりよくない気がする」
路地は表通りと打って変わって、石畳がひび割れ、簡素な作りの木と土の家が立ち並ぶ。壁は雨に削られ、所々が崩れかけていた。どこか湿り気を帯びた空気が鼻にまとわりつく。
「…ひでぇ臭いだな……」
ワノツキが顔をしかめる。
「いけませんねェ。衛生状況があまりにも悪い」
タカチホは袖で口元と鼻を覆いながら言った。
「伝染病等が蔓延しかねませんヨ。もう……手遅れかもしれませんが」
路地の端では、痩せこけた男が壁にもたれて横たわっていた。体には蠅がたかり、意識はなさそうだった。
「皆さん、これをどうぞ」
タカチホが懐から取り出したのは、可愛らしい巾着袋だった。中には薄荷や薬草の香りが混じった小さな香袋が入っている。
「これは?」とメリィが問うと、
「気休めではありますが、清浄効果があります。首からかけておいてくださいネ」
「スーッてします!」
「鼻もむずむずします!」
双子は香りに小さく身震いしながら、しっぽをぷるぷると震わせていた。
やがて、細い路地の奥――簡素な土の壁と、布で作られた屋根の小屋の前にたどり着いた。
メリィの表情が少しだけ硬くなる。
「ここ、だと思う」
「すみません、どなたかいますか?」
ネロが布のドア越しに声をかけたが、返答はなかった。
「お邪魔しますね……」
メリィがそっと布を捲り上げ、中へと一歩入る。
中は薄暗く、木の机と崩れかけの棚があるだけの簡素な室内。
その空間に、数名の男女がいた。いずれも翼を持たず、ぼろぼろの衣服に身を包んでいる。彼らはメリィたちを見るなり、ぴたりと動きを止めた。
「なんなんだ……あんたら」
警戒心が滲む視線が、一行に注がれる。
視線の奥にあったのは、怯えと絶望――
そして、微かな希望の残滓のような光だった。
奥のテーブルには、赤い結晶が並べられていた。
小さなガラス瓶に詰められたそれらは、どこか毒々しい光を湛えていた。
「……悪夢の結晶、だ」
メリィの声が、沈んだ空気の中に落ちていった。
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