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125.娯楽の街⑤
しおりを挟む「うぅ~……揃わない……」
メリィはポーカーのカードをテーブルに伏せて、がっくりと肩を落とした。
表情がそのまま手札に現れてしまう彼女には、このゲームは少々難易度が高いらしい。
「ネロ、私……コイン使い切っちゃったみたいだから、ここで見てるね」
そう言って椅子を引くと、ネロの隣にそっと腰を下ろす。
「あぁ、無理するな。横でゆっくりしてろ」
ネロは小さく頷き、彼女の前に出された空のコイン皿をちらりと見やる。
その時、対面のディーラーが気さくな調子で声をかけてきた。
「お嬢さん、もしよければ、その胸元のブローチを……コインに換金、なんてこともできますが?」
「あっ……」
メリィは思わず胸元に視線を落とした。そういえば、さきほどもらった“10万人目記念”のブローチの存在を、すっかり忘れていた。
その時だった――
「いえいえ、その必要は御座いませんよォ」
背後から、朗々とした声が響いたかと思うと、メリィの肩をそっと支える手が伸びてくる。
「選手交代でス」
タカチホがふわりとメリィが座っていた席に腰を下ろす。その後ろには、両腕にコインを山ほど抱えたズメウの姿があった。
「全額、賭けましょう」
静かに告げるタカチホに、ネロとメリィが揃って目を丸くする。
「ちょ、ちょっとタカチホ!?そんなに賭けて――!」
「心配ないですヨ、メリィさん」
タカチホはにこやかな笑みを保ったまま、場の空気を掌握していく。
――彼は見抜いていた。
ディーラーの手付きの不自然さ、カードのめくれ方、他の客が負け続ける異様な勝率の偏り。
「イカサマ」が行われていることに、早い段階で気づいていたのだ。
「さて。ワタクシも、カードを切るのは得意でしてネ……」
タカチホがにっこりと笑ってディーラーに話しかける。
「せっかくなので、ワタクシにも一度……シャッフルさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
ディーラーは一瞬、言葉に詰まったようだったが、断る理由もなく、渋々カードの束を手渡す。
「おやおや……これは――」
タカチホがカードの角に触れ、数枚の札を抜き出して見せる。
「こういった“印”は、遊戯として如何なものかと。こちらは角に傷、こちらは触っただけで他と手触りが違う。これでは……イカサマと言われても仕方ありませんヨ?」
「そ、そんな……知らない……っ!」
ディーラーの肩がわずかに震え、目が泳ぐ。
「それとも……既にされてました?イ・カ・サ・マ」
タカチホが声のトーンを少しだけ低くした瞬間、ディーラーはびくりと肩を跳ねさせた。
「んふ、なんてネ」
ふいに笑みを戻し、視線を転じるタカチホ。
「すみませんが、そちらのボーイサン。新品のカードをご用意いただけますカ?」
声をかけられた黒服のスタッフは慌てて頷き、控室から箱入りの新しいカードを運んでくる。
タカチホはその封を解き、一枚ずつ裏表を確認してから、まるで手品師のような滑らかさでカードをシャッフルし、配り始めた。
「問題ありませんネ?」
優しい声色で、改めてディーラーの方を見やると、彼は無言のまま、わずかに頷いた。
しばしの静寂の後――
「……8のフォーカードです」
ディーラーが役を示す。十分に強い手札だった。
だが、タカチホは微笑みながらカードを並べた。
「ハートの……ロイヤルストレートフラッシュでス」
ズラリと並ぶ、10、J、Q、K、Aの最強の手札。
その瞬間、場が一瞬にして凍り付いた。
「そ、そんな……っ!おかしい!イカサマだっ!!」
ディーラーは顔を真っ赤にして、椅子を蹴る勢いで立ち上がる。
「おやおや……おかしいですネ」
タカチホはやや上体を起こし、声のトーンを静かに落とした。
「カードはアナタと、その後ろの黒服の方に確認いただいたものでスよ?自分が負けたからって、イカサマ呼ばわりするのは……ねぇ?」
「ぐっ……このアマァ……!!」
怒りに任せてディーラーがタカチホに掴み掛かろうと身を乗り出した――その瞬間。
「おやめなさい」
手を一つ、軽く叩く音がして、場に緊張が走った。
一行の視線が、一斉にその声の主へと向く。
――カジノの奥から、堂々たる足取りで近付いてくる影。
その人物の登場が、新たな展開の幕を開けようとしていた。
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