夢守りのメリィ

どら。

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132.獏の街バクスト②

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幾つかの宿に断られ、ようやく空きを見つけた宿屋で一行はひと息をついた。
荷物を部屋に置くと、誰ともなく一室に集まり、現時点で得た情報をまとめることになった。

「……やっぱり、燃えたのは平民街だけだったんですね」
「それに、生き残ったのは老人や子供ばかり……」

テーブルの上に街の地図を広げながら、メリィがぽつりと呟く。

「そして、現場には“赤い翼”の存在……」

ネロの声は、どこか引っかかるものを感じているようだった。
「フィズの翼は翡翠色だったし……きっと別の何か、だよな」

「ですが……なぜ平民だけが襲われたのか、ですヨ」
不思議そうにタカチホが首を傾げる。

「力なき老人や子供だけが無事だったというのも、不自然だ」
ズメウは平民街で買った街の地図に触れ焦げ跡を指でなぞりながら言った。

「怪物の仕業……かもしれませんけど、狙いがあるとすれば、それってつまり“意思”があるってことですよね?」
メルルが小さく首を傾げながら言う。

一同はしばし黙り込んだ。

「シュヴァル……それに、ボア教授が絡んでるのかな……」

そう呟いたメリィの言葉に、タカチホは頷く。
「十中八九、そうでしょうネェ」

「でも……どうして……」
メリィはテーブルに突っ伏すように伏せた。
「理由が……全然思いつかないよ……」

「理由なんてない破壊衝動……いや、むしろ“破滅衝動”かもしれませんネ……」
タカチホはふうとため息をつき、今度はネロに目を向ける。

「……ネロサン。この機会に、シュヴァルサンがどんな人物か、詳しく教えていただけませんか?」

ネロは小さく息を吐くと、背もたれに寄りかかり、静かに語り始めた。

「……オレも、あいつのことをちゃんと知ってるわけじゃない。あいつがどう育ったのか、何を思っていたのかも、結局わからずじまいだった」

「シュヴァルは……オレの双子の兄弟だ」

ネロの話に一行は皆を傾ける。

「獏族ってのは、基本的に黒と白の毛を持って生まれるんだ。毛色のバランスが美しければ美しいほど、貴族たちには喜ばれる」
「……でもオレは、黒一色だった。あいつは、白一色だった」

「最初のうちは、母さんもオレのことをよく可愛がってくれてたんだ。……白ばっかの子なんて、滅多にいなかったからな。オレは、あいつがどんな扱い受けてたかなんて、何も知らなかった」

「久しぶりに会った時、あいつ……シュヴァルの目が、すごく暗くてさ。気になったオレは、その後からよく遊んだり、本を読んだり誘うようになった」

ネロの声は、どこか遠くを見つめるようだった。

「ある日、書庫で本を読んでたら……母さんと一緒に、赤い花を持ったシュヴァルが来たんだ」
「“今度は兄さんの番だよ”って、すっげぇ嬉しそうな顔で言ってた。……“どういう意味だ?”って聞こうとした瞬間、母さんは書庫からオレを追い出された」

「……あいつは、きっと、“愛されない番”がオレに来るって、そう言いたかったんだと思う」

重たい沈黙が落ちる。

「そっからだ。母さんも、屋敷の奴らも……オレを見る目が変わった」

「……そのうち、館の廊下で人攫いに遭って、気づいた時には森にいた。あの森で、オレはメリィと初めて出会ったんだ」

ネロはメリィに目を向ける。
メリィも、そっと見返して頷いた。

「そして……その森で、あいつはメリィの夢を喰った。……オレが覚えてるのは、そこまでだ。あとは、皆が知ってる通りの話さ」

語り終えたネロに、メルルが小さく耳を下げる。
「ネロさま……そんな、大変な目に……」

「書庫……ですネ」

タカチホがぽつりと呟くように言った。

「その場面が、“分岐点”だったように思えまス。何故、ネロサンの母君は突然そのような行動に出たのか……それに、シュヴァルサンの笑顔……ひっかかりますネ」

「……我らが考えた所で、彼奴が何を思ってるかなど、彼奴自身にしかわからんだろう」
ズメウが、低く切り込んだ声で言う。

「……今日はもう遅い。休んだ方が良い」

それを合図に、一行は各々の部屋へと散っていく。

残されたのは、メリィとネロ。

「……ネロって、貴族だったんだね」

メリィは少し微笑みながら言った。
「どうりでカジノのとき、所作が綺麗だったわけだよ」

それは、沈んだ空気を少しでも和らげようとした、いつもの彼女の優しさだった。

ネロは思わずふっと笑う。
そして、そっとメリィの手を取った。

「じゃあ……少し踊ってみるか?」

「え? わ、ちょっと!?」

不意に引き寄せられ、メリィの体はネロの胸元に収まる。

「わたし、踊ったことなんてないよ!?」

「最初は誰だって初心者だ。ほら、オレの動きに合わせて」

静かに、部屋の中で足を踏む音だけが響く。
不安も悲しみも、今だけは預けて。

先ほどまでの重たい空気が、まるで夢だったかのように、優しい時間がふたりを包んでいた。
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