夢守りのメリィ

どら。

文字の大きさ
131 / 140

131.獏の街バクスト①

しおりを挟む

二月ほどが経っただろうか。
巡る季節と共に、少しずつ吹く風も涼しさを帯びていく中——メリィたちは、「獏の街」バクストの門前に立っていた。

「ここが……バクスト……」

メリィの目に映るのは、高くそびえる灰色の城壁。
一重で終わることなく、さらに内側にもう一つ築かれた壁が、街を二つに分けるように存在している。

「第一の門を抜けた先は平民街、第二の門の先が貴族街……という二重構造の街……といった所ですかネ」
タカチホが扇子をひらひらと扇ぎながら言う。

「……あぁ。燃えたのは、その“平民街”みたいだな」

ネロの言葉に、メリィは辺りを見渡す。
確かに、目に入る街並みはどこも焼け焦げたような色をしていた。瓦礫が寄せられ、崩れた壁の跡がそこかしこに残っている。空気に混じる焦げ臭さは未だに消えず、街を覆うように漂っていた。

それでも復興の兆しはあった。
道端では鍋をかき混ぜる母親の姿、がれきを掃き出す子供、声をかけあって荷を運ぶ若者たちの姿。
だが、皆が皆、どこか疲れ切った表情をしていた。

「……あんたたち、旅の人かい?」

声をかけてきたのは、背を丸めた初老の男性だった。
「悪いがこの通り、ここいら一帯は焼けちまってね。宿屋はどこもやられたよ。割高にはなっちまうが、先の門を越えた方を使っておくれ」

「教えてくれてありがとうございます。あの……ここで、何があったのですか?」
メルルが遠慮がちにたずねると、男は周囲を気にするように目線を泳がせ、小声で続けた。

「ちょうど三月くらい前さ。……妙な甲高い鳥の鳴き声がしたかと思ったら、赤い天使みたいな奴が空から降りてきてね……」
「天使……?」

「そう、天使。赤い翼、金の仮面……あれはきっと、悪魔だったんだろうな。次の瞬間、あっちこっちで人が苦しみだして……気づいたら火の手が上がっていた。……あれよあれよという間に、ここも火に包まれたんだ」

男は指で焦げた家並みを指し示す。

「生き残ったのは、ワシら年寄りや、なぜか子供ばかりだったよ。働き手は、みんな……」

言葉を切ると、男は重たげに第二の門を見やった。

「——あの大火の最中、第二の門は固く閉ざされていたよ。誰が何度叩いても開かなかった。……“貴族のせいだ”って言う連中もいるがな。だから、大きな声では言えないのさ」

そして急に話し方を戻すように言う。
「まぁ、門番も旅人に対しては普通に開けてくれる。だが……くれぐれも気をつけるんだよ」

一礼して男が去っていくと、タカチホが口を開いた。

「次の門の先では、“大火について探る”のはご法度……っぽいですネェ」

「……貴族はな。自分たちさえ無事ならそれでいい。下の者は人として見ない。特にこの街は、そういう色が強い」
ネロの声は苦く、抑えた怒りが滲んでいた。

「でも、ジョアンヌさまはとっても優しい方でしたのに……」
メルルが寂しげに言うと、ネロは目を細めて「……ああ、アイツみたいなタイプは特別だな」と返した。

やがて、一行は第二の門の前に立った。
近くにいた門番が無言で彼らを一瞥し、重たい鉄の門を静かに開く。

その先には、焦げ跡一つない、美しく整備された街並みが広がっていた。
屋根瓦の一つに至るまで手入れの行き届いた豪奢な街路。その奥、坂を上った先に、ひときわ目立つ建物があった。

大きな洋館——

ネロの目がそこに吸い寄せられる。
まるで呼ばれたかのように。

「……シュヴァル」

静かに呟いたその名は、風に溶けていくようだった。
ネロは何も言わず、先へと歩き出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

処理中です...