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138.創世記
しおりを挟む立ち尽くす一行の前で、ただ一人残っていた白いフードの神が、ゆっくりとそのフードを取った。
その顔を見た瞬間、空気が止まった。
夜の街で出会った、あの少女——
「ジョアンヌ……?」
ぽつりと呟いたのはメルルだった。
困惑と驚きが混じったその声に、少女——ジョアンヌは静かに、ぺこりとお辞儀をした。
「お久しぶりですね、メルル」
その声は、出会ったときと同じ優しさに包まれていた。けれど、彼女の表情には、深い悲しみと申し訳なさが滲んでいた。
「皆様にお話がございます」
真剣な表情になり、ジョアンヌは一歩前へと出る。
「私達、創世の神は人間でした」
その言葉に、一同の表情が強ばる。耳慣れない言葉に、誰かが小さく「人間……?」と呟いた。
「順を追って話しましょう」
そう言ったジョアンヌは、ゆっくりと語り出した。
かつて、この世界は人間で溢れていた。
人間は、翼も尾も持たず、特別な力を持たない代わりに、知恵を持っていた。
だが、その知恵はやがて同族同士の争いを生み、世界のほとんどを焼き尽くしてしまう。
最早ここは、人間達の生きていける環境では無くなったいた。
多くの人間たちは住む場所を求め、星へと旅立つ。
けれど、故郷を離れたくない者たちや、旅立つ手段を持たなかった者たちは地上に残った。
その者たちは、自らの肉体を改良し、環境に適応しようとした。
それが「キメラ化計画」だった。動物の特性を人間に与えるという異端の研究。
そして、その計画の最初の成功例が、創世の神達だという。
「オーバーテクノロジー。今の世界観に削ぐわ無い産物が普通に使用されているのもそのせいなのです」
ジョアンヌの言葉に、一同は重い沈黙で応じる。
創世の神は、人々を変化させ、今の種族の姿へと導いた。
だが、その中には失敗もあった。
それが今、魔物と呼ばれている存在。
また、人の夢が結晶として取り出せるようになったり、魔法や権能の類が発現したのも、その副産物だという。
「それはわかった。だがメリィの魂を連れて行ったのは何故だ」
ズメウの問いに、ジョアンヌは一度、大きく息を吐いた。
神となった元人間たちは、数千年、いや数万年という時を、人々の営みを見守り続けてきた。
彼らは権能という力で人々を導いてきたが、やがて時間の無限さに疲れる者や、飽きる者が出始めた。
死ぬことも、老いることも許されない永劫の存在。
そんな中、神々は一つの結論にたどり着いた。
——自分たちの代わりを作ろう。
その条件を満たした者が、メリィだった。
「ネロ様の言葉に、やってみろと言った神がいたのは覚えていらっしゃいますでしょうか?」
ジョアンヌの問いかけに、ネロは静かに頷いた。
「あの方が、メリィ様の魂を分け、十一の神々の中へと埋め込みました…メリィ様の魂は神々の一部として、今は……すべき事を悩まれているでしょう。
分たれた魂を集め肉体へと戻す事が出来れば、メリィ様はお目覚めになると思います」
その一言が場に重く響いた。
「それはつまるところ、十一の神々を殺せ……と言う事ですネ?」
難しそうな顔をするタカチホの言葉に、ジョアンヌは頷いた。
「ネロ様、ネロ様の武器をお貸しいただけますか?」
差し出された刀と短刀を受け取ると、ジョアンヌはその両手をかざし、力を込める。
柔らかな光が刀身を包み、瞬く間に輝きを変えていく。
「これは神殺しの武器です。これならば、神へと攻撃が届きます。但し注意点が。
この武器の所持者は、呪われます。
老いることも、死ぬ事も無くなる。代わりに武器を自分の意思で捨てた瞬間、あなたは死にます」
「それは…呪いか?」
ネロが苦笑しながら言うが、その手には迷いが無かった。
静かに、二本の武器を受け取る。
「神々は人に紛れ過ごしているでしょう」
ジョアンヌはそう言って、腕輪を取り出す。
それは淡い紫の光を放つ、不思議な輝きを持っていた。
「神が近くにいる時、この腕輪が教えてくれます。まぁ恐らくですが、神殿等自身のホームに近い場所に居やすいかとは思いますが…」
「あんただって神なんだろ…?なんでこんなよくしてくれるんだ?」
ネロの問いに、ジョアンヌは少女のような、どこか懐かしい笑顔を浮かべた。
「私は、ネロ様とメリィ様の恋のお話をお聞きするのが、凄く好きでしたの。だから、貴方方を応援したいのです」
「メルルさん達からよくお手紙で伺ってましたから」
その笑顔に、メルルの目にまた涙が浮かぶ。
そして——ジョアンヌは一つ、大きく深呼吸をした。
「さぁ、ネロ様。私を殺してください」
「ダメです!!」
メルルが思わず叫ぶ。
「マヌルも…姉さまもいなくなって、ジョアンヌまでいなくなったら…メルルは……」
涙を堪えきれず、メルルの声が震える。
その頭を、ジョアンヌはそっと撫でた。
「メルル……これは私の願いなのです。私は長く生き過ぎました」
そして、ネロの前へと静かに歩み出る。
「さぁ、最初の試練ですよ、ネロ様。
私は十一柱の神の一人、愛を司るジョアンヌです。
……ネロ様、メルル。あなた達に幸せが訪れるよう願っています」
そう言ってジョアンヌは、ネロの手を取り、自らの胸元へと、刀を導いた。
瞬間、光があふれた。
ジョアンヌの体は無数の光の粒となり、やさしく風に舞い、夜の空へと溶けていく。
その光の残滓の中——ひときわ淡く、桃色の光が残った。
それはメリィの胸元へと吸い込まれ——
その体が、ひとつ、脈を打った。
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