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第四章 古代の魔法編②

第40話 エイミュの書

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 クラスメイトから向けられるいくつかの眼光を潜り抜け、俺はノエルの元へと駆け寄った。

 最初にノエルとやり合っていた生徒は、
 ヒーリングルームに逃げたらしい。
 
 やはりノエルの嫌われ具合は、
 ポムを倒しても変化無しか。
 
 ちなみに当のポムはというと。
 心身ともに大ダメージを受けたらしく、十日間の休暇を申請したという。

「隣、座っていいか」
「レイン君か。うん、いいよ」

 俺たちは段差を椅子代わりに、
 課題に臨むクラスメイト一同を見やった。

 俺から見れば、彼らとノエルにはなんの違いも感じられない。

 しかし、向こうから見ればそうではないのだろう。難儀なことだ。

「おかしな話だよな。同じ人間なのに」
「同じ人間? 私の目には、レイン君は化け物に見えたけど。サティ先生もね」

 茶化すようにノエルは言った。

「でも、俺と友達をやめようなんて思わないだろ?」
「うん。レイン君は恩人だから。あの時レイン君が現れなかったら、私はきっとあのバカ兄貴に連れ戻されていた。そしたら、道具のように扱われていたでしょうね」

 だから君を遠ざけた。
 涼風に乗って、そんなノエルの声が届く。

「レイン君まで嫌われたらどうしようって。そう思ったら、ああするしかなかったの」

 俺が編入してきてからの約十日間。
 ノエルは俺を冷たくあしらった。
 そのことを謝罪しているのだ。

「いいよ。全く気にしてないから」
「本当?」
「ああ、本当だ。……そもそも、俺がこの学園に来たのは魔法を学びたいからとか、そういうのが理由じゃないからな」

 ノエルは「前も聞いた」と相槌を打った。

「それに、レイン君ってどこからどう見ても普通じゃないもん。レベル50を超えるバカ兄貴が下手に出た時点で相当の腕利きなのは間違いないしね」

 ほう!
 あの金髪眼鏡の優男=ノエルの兄貴は、あの時点では俺よりも10もレベルが高かったのか。

 スキル【超威圧フルプレッシャー】があるとはいえ。
 まともにやりあえば互角、
 もしくは劣勢だったかもしれないな。

「その、ノエルの兄貴ってのはどういう人間なんだ?」

 俺ノエルは「ん-」と逡巡した。
 もしかしたら、容易に心の深い所に踏み入りすぎたかもしれない。

「いや、言いたくないのなら言わなくてもいいんだ」
「ううん、そうじゃないの」

 でもね、とノエルは困ったような笑みを浮かべる。

「ちょっと説明が難しいんだ。子供の頃は仲が良かったんだけどね。でも、ある日を境にすっかりと人が変わっちゃったんだ。確かあれは、【エイミュの書】ってのを見つけた時のことだったかなあ?」

 【エイミュの書】?
 聞いたことが無いな。
 聖書の一つだろうか?

 俺は頭の中でそんなことを考えた。
 と、次の瞬間。

 ノエルは、衝撃的な一言をあっけからんとした様子で言って見せたのだった。

 まるで当たり前であるかのように。
 まるで呼吸をするかのように。

「ああ、ごめんね。【エイミュ】っていうのは古代文字で【光】って意味なの」

 刹那、ありとあらゆる時間が静止した。

 少なくとも、俺はそんな錯覚を覚えた。
 
 風も。
 それに揺られる草木も。
 課題を必死にこなすクラスメイトの一挙手一投足も。そんな彼らを見守るレックの挙動も。

 そしてこの世界の回転でさえも。

 世界の全てが色彩を失いセピア調に染め上げられていくような……。

 そんな奇妙な感覚が、俺にまとわりついて来て、離れようとしなかった。

「――イン君? ちょっと、レイン君?」

 心配そうに俺の横顔を覗き込むノエルに、俺は一語一句、確認するように問い返した。

「古代文字……というのは?」
「あ、そっか。分からないのも当然よね。世界で一冊しか発見されてないみたいだし。変なこと言っちゃってごめんね? 今のは忘れて」

 それは無理な相談だ。
 今の話を聞いて、
 「はい全部忘れます」
 とはならない。

 まさかだ。
 まさか、
 こんな近くに手掛かりが居たとは。

「よく分からないが……、それで?」

 いきなり食い気味にいったら、
 不愉快な気分にさせるかもしれない。
 だこら、俺は平静を装って尋ねた。

「ノエルの兄の話」
「ああ、そうだったわね。それでね、私がその本を読んでたら態度が急変しちゃって。それに、お父さんもお母さんもあの日からおかしくなっちゃったの。しまいには聖書がどうのこうのって始まって。私はそれが嫌になって、実家からお金を盗んでここに逃げてきたんだ」
「そうか。そんなことがあったんだな。それにしても分からないな。なんとかっていう本を読み始めたらおかしくなっただなんて。それは呪いの本なのか?」

 さりげなく、話題を【エイミュの書】へと移した。

「呪いの本なんかじゃない。でも、何が書かれているかは教えられない。あんなもの、誰も知らないほうがいいもの」

 ノエルはどこか物憂げな表情を浮かべた。
 そんな俺たちの背後から一つの声が飛んできた。

「お~、随分と仲良しじゃないか、二人とも」
「あっ、先生!」

 レックだ。
 ふわ~、といつもよりも大きな欠伸と共に、俺の横へと腰かけた。

「お前への自由行動は許可したが、ノエルには許可出していないぞ~。このままじゃあ減点になっちまうな~」

 ノエルは「そんな……」と悲観した。
 が、しかし。

「サボりは減点。だったらサボった分だけ挽回すりゃあいい。ノエル、後で職員室に来い」
「えっ?」
「訳あって残業が続いててな~。お前に書類の整理を手伝わせてやる。それで減点はチャラだ。ま、嫌なら無理強いはしねェけど」
「やりますっ! いえ、やらせて下さい!」

 ノエル、両手をギュッと胸元に。
 気合に満ち溢れている!
 といった様相だ。

「お~ぅ、やる気があって何よりだ~」

 土埃を払いながら立ち上がるレック。

 ちらり、
 と俺を一瞥した後。
 ノエルを引き連れ校庭を去っていった。

 一限終了まではあと十分。
 他のクラスメイトも、いつの間にか各自自由に行動していた。
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