没落令嬢は恨んだ侯爵に甘く口説かれる

如月一花

文字の大きさ
1 / 23

第一話

しおりを挟む
 半日以上馬車に揺られると、さすがにお尻も痛くなりイーニッド・マッケンジーは外を眺めるのも飽きてきた。
 ビロードの座面でクッションもそれなりに柔らかく平気だと思っていたのだが、あまりに長時間の移動に身体が悲鳴をあげている。
 足も疲れてどんよりと重く、小さな小窓から見える真っ白な綿菓子のような雲を見つめるしかない。
 隣に眠る弟と妹は飽きて眠ってしまった。
(地方の領地に飛ばされるなんて)
 深いため息を漏らしながら、国境付近にある自身の領地を目指していることが今でも信じられない。いつもは叔父が管理するそこを、明日から父と自分とで管理しなくてはいけないのだから。
 フリルたっぷりのスカートを見て、これからはこんな身なりをしていてはいけないと、自身に言い聞かせる。軽い旅行気分でいなさいと父のロバートは言ったが、そんな浮ついた気持ちでいられたのは最初の丘を越えたところまでで、山を越え、丘陵地帯を抜けてもなお着かない邸に、不安ばかりが募った。
 それだけで心に雲がかかっていたわけじゃない。
 もう、自分達の居場所は王都にはないのだ。
 宮廷貴族として政治に携わるロバートだったが、内部派閥によって追いやられて、偽りの罪を着せられた。絞首刑は許してやると言われたが、国境の領地に行けと命じられて、このありさまだ。それでも、イーニッド以外はまだ旅行気分でふわふわと外を見つめているが。
 イーニッドには重たい現実がのしかかり小旅行の気分など到底無理で、なんとか馬車に乗り込んでみたものの、兄妹は眠り、不安でいっぱいだ。
 空は青い空から薄曇りに変わり、ぽつぽつと雨が降り出した。
(こんな時に、雨なんて)
 さっきまでの晴れが嘘のように激しく降り始めて、イーニッドは肩を抱いた。
 どうこれから生きればいいだろうと、そればかりが頭を掠めた。
 ブルーの瞳に涙がじわっと溜まり、つーっと頬を伝い落ちる。
 泣いてはダメだと言い聞かせるものの、慣れない領地での暮らしは不安でたまらない。
 それだけじゃない。
 母はロバートを見捨て親戚を頼り王都に残り、イーニッドはいきなり女主人になったのだ。帳簿を付けることも知らないし、家のことなど分からない。
 メイド長に教えを乞うことだって不安でいっぱいだが、そんな自分を彼女達はどんな目で見るだろう。
 考えると身震いして、また肩を抱く。
 大好きだった本もお菓子も、王都にしかない図書館も、全て忘れなくてはいけない。
(働き過ぎて、倒れたりしないかしら)
 涙を啜りあげながら、イーニッドは王都の甘いお菓子を思い出していた。
 クッキーはもちろん、ソルベやムース、ケーキも多種多様だった。
 それらを毎日毎日ティータイムで食べるのが日課だったし、楽しみでもある。
 贅沢は出来ないだろうと頭を振るが、ふわっと頭の中に菓子に施された可愛らしい装飾が蘇ってしまう。途端に頭の中がお菓子のことしか考えられなくなってしまった。
(クッキーだけは持ってきたのだけど……。もうソルベは食べられないわ)
 アイスやソルベは王都にしかないお菓子で、地方の街には浸透していないものだ。
 凍らせる技術と場所が必要になる。
 お金がある一部の貴族にしか許されないもので、毎日食べれた頃が嘘のようだ。
 それだけじゃない。
 王都の図書館は国で一番大きく、本が好きなイーニッドは用もなく遊びに行くこともあった。
(オペラハウスだって大好きだし――)
 考えたところで、イーニッドの思考は停止した。
 自分は没落貴族なのだ。
 そんな所へ立ち寄りでもしたら、王都の貴族に笑いものにされる。
(読みかけの本も、楽しみだったオペラもあったのに)
 激しく打ち付ける雨を見ながら、自分は何もしていないのに、どうして追いやられているのかと深く考えてしまう。
 自分だけじゃない。
 ロバートだって、絞首刑は逃れたものの罠にはめられたと聞いている。
アラン・ソレク侯爵。
 髭を蓄え、銀髪が印象的な父と同年代の嫌な男だ。ロバートのすること全てに文句をつけて、最終的に自分達を追いやった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

落ちこぼれで婚約破棄されて周りから醜いと言われる令嬢は学園で王子に溺愛される

つちのこうや
恋愛
貴族の中で身分が低く、落ちこぼれで婚約破棄されて周りから醜いと言われる令嬢の私。 そんな私の趣味は裁縫だった。そんな私が、ある日、宮殿の中の学園でぬいぐるみを拾った。 どうやら、近くの国から留学に来ているイケメン王子のもののようだけど…

処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!

みかぼう。
恋愛
地方を救おうとして『反逆者』に仕立て上げられ、断頭台で散ったエリアナ・ヴァルドレイン。 彼女の失敗は、有能すぎるがゆえに「独りで背負いすぎたこと」だった。 ループから始まった二周目。 彼女はこれまで周囲との間に引いていた「線」を、踏み越えることを決意した。 「お父様、私に『線を引け』と教えた貴方に、処刑台から見た真実をお話しします」 「殿下、私が貴方の『目』となります。王国に張り巡らされた謀略の糸を、共に断ち切りましょう」 淑女の仮面を脱ぎ捨て、父と王太子を「共闘者」へと変貌させる政争の道。 未来知識という『目』を使い、一歩ずつ確実に、破滅への先手を取っていく。 これは、独りで戦い、独りで死んだ令嬢が、信頼と連帯によって王国の未来を塗り替える――緻密かつ大胆なリベンジ政争劇。 「私を神輿にするのなら、覚悟してくださいませ。……その行き先は、貴方の破滅ですわ」 (※カクヨムにも掲載中です。)

婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜
恋愛
辺境の地を治めるクレメンタイン辺境伯家の令嬢ノアは、帝国元老院から突然の召喚を受ける。 帝都で待っていたのは、婚約者である若きエリート議員、マグヌス・ローレンス。――しかし彼は、帝国中枢の面前でノアとの婚約を一方的に破棄する。 「君のような“辺境育ち”では、帝国の未来にふさわしくない」 誰もがノアを笑い、見下し、軽んじる中、ひとりの男が静かに立ち上がった。 「その令嬢が不要なら、私がもらおう」 そう言ったのは、“冷血の大提督”と恐れられる帝国軍最高司令官――レックス・エヴァンス。 冷たく厳しい眼差しの奥に宿る、深い誠実さとあたたかさ。 彼の隣で、ノアは帝都の陰謀に立ち向かい、誇りと未来を取り戻していく。 これは、婚約破棄された辺境伯令嬢が、帝国最強の大提督に“一瞬で”溺愛され、 やがて帝国そのものを揺るがす人生逆転の物語。

処理中です...