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第六話

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 どくんと胸を鳴らせていると、そっと手の甲にキスが落とされた。
「踊ってくれませんか?」
「……私……ひとりじゃ……答えは出せないわ」
「俺と君との結婚なのに?」
 ガウェインの漆黒の双眸が艶やかに光ったような気がした。見入るように見つめてしまうと、まるで射抜かれたような気がして、立ち竦む。こんな調子ではいけないと思っていても、甘い囁きになれずに頬を染めるだけだ。
「……」
(例えそう言われても、はい、わかりましたとは言えないわ)
 顔を逸らし、キスをされた手をそっと引いた。
 彼の顔が苦々しく歪み、苦悶の表情を浮かべている。
 そんな顔をされても、自分の生活を奪った家の人間と結婚して、幸せになれるかだって疑問だ。
 ガウェインがこういう性格でも、親のアラン=ソレクは間違いなくロバートを嫌っている。お互いが嫌煙の仲の家どうしで結婚なんて、あまりいいものではないと思うのだ。
 たとえ結婚したとしても、邸でのイーニッドの扱いがどんなものになるのかだって、易々と想像出来てしまう。
(いくら恋のない結婚だと教えられても、それはイヤ)
「イーニッド。では、せめて一曲踊りましょう」
「え?」
 顔を上げると、眦を下げて微笑む彼いた。
 結婚を断られた直後なのに、ガウェインは気にしない様子を見せてきたことに、懐の深さを感じてしまう。でも、これはふたりだけの結婚ではない。
「いいでしょう?」
 イーニッドは小さく頷いた。
 手を取られると、胸が鳴りだしてしまう。
 なぜこんなにも鳴るのかと思ってガウェインの横顔を見れば、視線に気がついて微笑まれた。
 その笑みを見て、耳朶まで赤くなる。
(そんな顔をされても……っ。私だって大変だったのよ)
 ツンとして表情を見せると、ガウェインはくすっと笑い、ボールルームの真ん中に立つ。
 そして、腰を引きよせられると、ふたりは楽団の音楽に合わせてワルツを踊りだした。
 拒絶していれば、いつかは他の令嬢の方が楽だと気が付くはずだと、イーニッドはガウェインに偽りの笑みを見せた。
 すると、胸がちくんと痛む。
 それがなぜなのか分からずに、彼に合わせてステップを踏み、イーニッドは戸惑いを更に増やしながら、夜会を終えた。


  ***


「ガウェイン……あなた、また!」
「偶然ですよ」
 イーニッドは柱の隅に佇でいると、人影を感じて顔を上げていた。
 今度こそ素敵な相手をと想っていると、ガウェインがまた現れたのだ。
 偶然――などと言っているが、彼を強引に夜会に招待させる方法は以前本人が言っていた。
「権力の無駄遣いよ」
「こういう時にこそ、大事に家の名前を使わせてもらわなければ。チャンスが減ってしまいます。イーニッドが結婚に焦る今のうちに」
「焦ってないわ」
 ぷいっと顔を逸らすが、すぐに柱に手を着かれて遮られる。
「言われているでしょう? 行き遅れないように、夜会に出なさいと」
「誰のせいで……っ」
 イーニッドは腹立たしくなって、ガウェインを上目で睨んだ。
 するとぷっと吹いて笑われてしまう。
 何がおかしいのかと思っていると、ガウェインが「怒った顔も可愛いですよ」と軽口を叩く。余計に腹立たしい思いになるのだが、そんな言葉にいちいち胸が鳴っていた。
「父のせいではありますが、俺が幸せにしますと何度も言っているでしょう? 信じていないのはイーニッドだけですが?」
「どうして信じられると思うの? 物凄い自信だわ」
 そう言って何度もされる求婚の話を逸らそうとするのだが、こんなことで引き下がる人じゃないことはもう分かっている。
 でも、ロバートがガウェインを許すはずがないし、王都に戻すなどという甘い言葉をどう信じればいいと、毎回眠る前に自問自答してしまうのだ。
(彼が悪い人ではないことは分かってきたけれど)
 もしも、互いの家のことで何もなく仲も良ければ、求婚されれば嬉しかったろうし、きっとイーニッドだって引き受けたろう。ガウェインの容姿も積極的な態度も魅力的ではある。
 こうして足しげく通う夜会だって、ガウェイン以外の男性と出会う為に来ているのに、なぜか彼がひょっこりと現れる。
 しかも、没落貴族の娘など相手にしたくないのか、他の男性からは見向きもされず、この日も柱の隅に佇むしかなかったのだ。
 マッケンジー家の失墜の理由がどのようなものであれ、王都を追われるようなことをしたことは、国中に知れている。とばっちりを食っては敵わないと自分達の家を守る為に、イーニッドを視界に入れないようにしているのを薄々感じ始めていた。
 だからといって――。
(ガウェインと結婚なんておかしいわ!)
 じろっと見ると、漆黒の双眸は熱っぽく自分を見降ろしている。
 そんな目で見られることに慣れず、後ずさりするとにこっと微笑まれた。
「強気な態度が俺だけだということも、調査済みです。それに、その輝く金髪を誰にも触れさせないまま乙女を終わるなど、もったいないと思わないのですか?」
「触れるのは、別の人よ」
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