没落令嬢は恨んだ侯爵に甘く口説かれる

如月一花

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第九話

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 ***


「な……、なんて勝手なことをっ!」
 一日、庭仕事や給仕の手伝い、自分の身の回りのことで忙しくしていたイーニッドは、眠る前にようやくガウェインからの手紙を読んだ。
 ベッドの上で手紙を開いて目を通せば、とんでもないことが書いてある。
「脅迫だわ。もっとちゃんとした人だと思っていたのに」
 淡い恋心が、すっと冷めるような気がした。
 父にされたことと同じことを、ガウェインがするのだ。
 一瞬でも良い人なのかもしれないと思った自分が、甘い女だと思わされた。
 同時に、父ロバートは毎回こんなやり取りをしていたのかと思うと、くらくらしてしまう。
 頭を抑えると、深いため息を吐いた。
「しっかり断るのよ。相手に屈しては駄目じゃない。お父さまのように、自分の意志を貫いて、そうすれば――」
 そう考えた途端、涙が溢れた。
 ガウェインをどこかで信じていたからだろう。この人はもしかしたら違うかもしれないし、ソレク家との仲を取り持ってくれるかもしれないと内心期待していた。
 薄っすらと信じていた気持ちを踏みにじられたことが、大きなショックだ。
 ガウェインと結婚すれば、今の生活と王都での華やかな生活に戸惑ってしまうかもしれない。まだわずかな時間だが、質素な暮らしにも慣れてきている。弟と妹だって教会で読み書きを覚えていて、もう少し大きくなったら街の寄宿舎に入れる予定だったのだ。
 その為にも一日中働き、好きなことを合間にやりつつ、忙しくする日々。
 夜会に出れば、ガウェインが現れて、心をかき乱される。拒んでもデートも申し込まれて、いつの間にかその気になっていたことに、今さら気が付かされる。そして、淡い恋心にも。
(全部ソレク家の陰謀よ!)
 枕に顔を埋めると、自然と涙が溢れ出た。
 これ以上追い詰められたら、王にデマを吹聴されて領地すら奪われるかもしれない。
 今あるささやかな幸せすら奪われたら、自分たちは親戚を頼るしかない。
 もしくは、王都で貴族を相手に諦めて働くかだ。
 そんなことは絶対にダメだと、下唇を噛んだ。嘲笑うだけで誰も給金なんて払わないかもしれない。ただ働きさせられて、酷い思いをするかもしれないし、悪い噂がまた立つ。
 弟に妹もいる。ふたりはきちんと学校に入れなければいけないのに、それすら出来ないかもしれない。
(もう、結婚しかないんだわ)
 朦朧とした頭で考えた。
 唯一の救いは、ガウェインが麗しい男性であることくらいだろう。
 そして、ほんの少し彼を気にして胸が鳴ることくらいだ。
(すぐに冷めてしまったけれど)
 どうしてこんな手を使うのだろうと、考えれば考えるほど涙が溢れ出た。
 彼が事情を知らないわけがないし、むしろわざとこんな方法を取ったようにも思える。
 自分が結婚出来そうにないのだって、分かっているから余計に辛い。
「ガウェイン……。あなたなんて嫌いよ」
 思わず呟くと、涙を手の甲で拭った。
 まだ腫れぼったい瞳を抑えながら、すぐにメイドを呼ぶ。
 現れたメイドは何事かと目を丸くしていた。
「ごめんなさい。今から手紙を書くから、明日の朝にでもソレク家のガウェインに届けて欲しいの。馬を出せる?」
「かしこまりました。あの……」
 心配そうに顔を見られて、イーニッドは努めて笑みを見せた。
「ご、ごめんなさい。いずれ分かることだから言うけれど。ソレク家の長男のガウェインに求婚されたのよ」
「なぜ、断ることをなさらないのです? 王都を追放したソレク家に嫁ぐなど恐ろしいことじゃあありませんか」
 メイドがぶるっと震えて肩を抱いた。 
 それはイーニッドだって分かっている。
 どんな嫌がらせや、酷い扱いを受けるか分からない。
 もしかしたら妻になれというのは表向きで、別にすでに愛人がいるのかも――。
(そんなこと考えてもキリがないわ)
 イーニッドはまた笑みを見せた。 
「恐ろしいけれど、やらなければ。結婚はいずれ誰かとするんですもの。出来なければ、ひとりひっそりと暮らすのかもしれないけれど、それはお父さまが許さないでしょう。とにかく、手紙を書くから、朝一で馬を飛ばして。書き終えたらまた呼ぶわ」
「イーニッド様……。ロバート様にご相談を」
 メイドがおずおずと言うのでイーニッドは困ってしまう。
 大事になる前に、ガウェインに手紙を届けて欲しい。
 ロバートが話に割って入ってきたら、マッケンジー家は終わってしまう。
 以前、激昂したことを思えば、こんな求婚の仕方に対して、ガウェインに抗議の手紙を送るかもしれない。
 もうこれ以上は争いはいけない。だれかが、どこかで終わらせるしかないのだ。
「言えないわ。家が潰されてしまう。ね? 分かってちょうだい」
「そんな……」
 メイドが涙目になると、イーニッドは傍に来るように言った。
「申し訳ございません。素直に結婚を喜びたいのですが」
 言葉を詰まらせながら、メイドは涙を堪えていた。
 その優しさにイーニッドも一緒になって瞳を濡らしてしまう。
「私だって、もっと素敵な人がいいわ。ね、でも、ガウェインは悪人ではないの」
「そんなはずありません! 正式な手筈を踏むべきです。手紙一枚で求婚など」
「仕方ないわ」
 イーニッドは首を振って、呆れてため息を吐いた。
 期待していた自分もバカなのだ。
 彼の言っていることや所作に、優しさを感じた。
 恨み事をぶつけてみても、笑顔で返す彼には寛大さもあると思っていたのだが。
(上っ面なだけだったのね)
「じゃあ、すぐに書くわ。ここで待っていて。お受けしますという言葉だけだから」
「かしこまりました。では、廊下で待っております」
 一礼してメイドは一旦廊下に下がった。
 すぐに書いてしまわなくてはと、イーニッドは机に向かう。
 便箋を出し結婚を受けることを書くと、封蝋をした。
 廊下で待つメイドに渡すと、彼女は朝一で渡すと言ってくれる。
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