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はじまり!~悪役令嬢とその恐るべき周囲について
○03表_悪役令嬢は悪魔のささやきを聞いた!
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パーティの後。
イザラは最後の客となったクラウスを見送りに立っていた。
館の正門前。
冬の月明かりに照らされた重厚な門は、公爵令嬢と王子を幻想的な光景にまで引き立てている。
テラスでの一件は――などと突っ込んではいけない。
「本日はありがとうございました」
「いや、私も楽しめたよ」
イザラとクラウスは、その雰囲気を壊さぬよう、表情を添えた会話で交わり、
「ところでアーティアはやはりキミのこ――」
「クラウス、ちょっとは空気を読みたまえ」
なんとも言えない顔のラバンに割り込まれた。
ああ、どうしましょう。もうテラスの二の舞いになりそう。
「む? なぜだラバン。私は」
「だから空気を読みたまえと言っているだろう。
まったく、自分の婚約者、しかもパーティの主賓に何を言おうとしているんだ。
ああ、イザラ嬢、こんなのだが王子でキミの婚約者だ。
くれぐれも、本当にくれぐれもよろしく頼むよ?」
が、二の舞いになる前に、ラバンが王子を引きずっていく。
ああ、どうしましょう。テラスより酷い。
ひとり虚しくたたずんでいると、ブルネットがやって来た。
「ああ、お嬢様! 心中お察し致します!」
「え、ええ。ありがとう、ブルネット」
使用人に慰められる状況に目の前が真っ暗になりかけたが、イザラは公爵令嬢。
貴族の意地でもって、必死に立ち直る!
いけないわ!
ダメよこんな事でくじけては!
ラバン様も言っていたじゃない!
この国をよろしくって!
この国とまでは一言も言っていなかった気がするが、この際どうでもいい。
壮大な理由をでっち上げ、むりやり推進力に変換したイザラは、ブルネットに向き直った。
「それよりブルネット。先ほどのの錬金術師は?
連れて行かれたようだけど、あの後、どうなったか分かる?」
「はい。先程衛兵に連れて行かれた後、研究室の先生に怒られて帰って行きました」
え? それだけ?
固まるイザラ。
ブルネットはそんなイザラに何を思ったのか、妙な方向に感動し始めた。
「おお、あんな外道を心配するとは!
なんというお慈悲!
しかし、錬金術師の師も高名な人物にございます。
きっと、うまく導いてくれますよ」
イザラとしてはまったく心配していないどころか死へ導いて欲しいくらいなのだが、どうもそう簡単にはいかないらしい。
考えてみれば当たり前ではある。
ナイアの行動は姑息ではあったが外道というほどのものではない。
むしろ、所詮はこどものイタズラレベルで、疑似王の裁きだって、親世代からすればただの余興。処刑などにつながるはずもない。 現時点で、ナイアが禁薬だの詐欺だのには手を出す危険人物だと思っているのは、イザラひとりだけなのだ。
これは、まずいのでは?
ようやく現状を認識したイザラ。
だが悲観してばかりはいられない。
なんとかしなければ待っているのは国と我が身の破滅である。
とにかく、今は錬金術師の所在を把握できただけで良しとしましょう。
このまま動きを把握して、しっぽを出したところを捕まえなければ。
でも、どうやって監視したらいいかしら?
「お嬢様? どうなさいました?」
「ブルネット。あの錬金術師を監視できないかしら?」
ブルネットに相談してみたが、もちろん期待はしていない。
ブルネットは、イザラからすれば諜報でも何でもない、ただの使用人なのだから。
「はっ! 承知しました!」
が、ブルネットは当たり前のように肯定した。
思わず問い直すイザラ。
「あの、ブルネット?
さっき貴女が言った通りの外道ですよ?
そうでなくとも、隣国の錬金術師ですよ?
ちょっと隣の領地のアーデルさんの様子を見に行くのとは違うんですよ?」
「ご心配なく!
お嬢様の護衛をこなせるよう、私はセインツ流忍術を取得しています!
いつもどおり、完全な調査をお届けしてみせます!」
つよそうな流派の名前とともに拳を振り上げるブルネット。
なぜだろう、余計に不安になってきた。
「む? お嬢様、疑っておられますね?」
「え? いえ、決して疑ってるわけではないの。ただ、信用できる人を失いたくないの」
前半はともかく、後半は本音である。
なにせブルネットは聖女の敵となった自分にもついてきてくれた唯一の存在。
間違っても失いたくない。
が、ブルネットには逆効果。やる気に目を輝かせた。
「お任せください! このブルネット!
お嬢様の愛に、必ずや応えてみせます!」
愛って何でしょう?
哲学に直面するイザラを置いて、風のように去っていくブルネット。
(と、とりあえず、今はブルネットを信じましょう。
聖女と敵対してからも牢に繋がれた私に会いに来られたくらいです。
きっと大丈夫。
それに、ナイアの師であるノグラ教授は学園の先生……ナイアも、進学先として、我が学園を選ぶはず。つまり、新学期になれば、向こうから学園にやってくるでしょう。そうなれば、監視もしやすくなるはず。
ああ、ノグラ教諭にも話を聞きに行かなくては。それから――)
誤魔化すように思考を回しながら、イザラは冷たい風が運んでくる寒さから逃げるように屋敷へと戻り始めた。
# # # #
翌日。
自室で目覚めたイザラは、机の上に分厚い紙束を見つけた。
差出人はブルネット。
タイトルには「恐れ多くもお嬢様の元で盗みを働こうとした怪しい錬金術師に関する調査報告」とある。
イザラが寝ている数時間で調査し、まとめ、寝室に忍び込み、報告書をそっと机の上に置いたことになる。
つよそうな流派は本物だったということだろうか。
戦慄に身を震わせながらも、報告書を開く。
恐れ多くもお嬢様相手に盗みを働いた怪しい錬金術師に関する調査報告。
本名、ナイア=ネフレン。15歳。隣国ハイボリアの出身。
代々錬金術師を輩出する家系の出で、幼少の頃から錬金術に触れて育つ。
幼いころはそれほど興味を持てなかったようだが、師匠と出会ってから、錬金術にのめり込み始める。
師匠の名はノグラ=シュフ。34歳。生命科学を得意としており、若くして様々な実績を残している女性。しかし、過去、隣国ハイボリアにて、戦時中に使われた兵器の解析に携わっていた経緯があり、追放処分を受けている。ただし、この解析自体は隣国政府自身が内密にノグラへ依頼したもの。研究の途中で他の研究者に見つかり、事の発覚を恐れた政府に切り捨てられた模様。このため、亡命してきたところを我が公爵家で引き取った。公爵領内で(もちろん合法の)研究をつづけ、様々な発明を生み出したこともあり、我が国にて名誉は回復。現在は学園からのスカウトもあり教師を務める。
研究熱心で、この休暇中も研究室にこもりっきり。例外は、雇い主である我が公爵家の主催するパーティと、参加している学会の会合くらい。この学会は「銀の深学会」との名で、ノグラの過去の冤罪を知る隣国の錬金術師も参加している。その中にはナイアの両親も含まれており、5年ほど前、ナイアは両親に連れられて学会に参加、ノグラと出会った模様。ナイア自身は年齢もあり、いまだ学会には所属していないが、何枚か論文を発表しており、来年度からは師匠を追って学園に留学予定で――
この後は、ナイアの留学前の態度だの、好きな食べ物だのが記載されている。
一体どうやって調べたのだろう?
(い、いえ、今はそれどころではありませんでしたね)
とても短時間でまとめたとは思えない情報量に突っ込みそうになる自分を、なんとか押さえつける。
ナイアについてはさほど有益な情報はなかったが、その師匠ノグラについては違法研究だの、亡命だの、怪しげな学会だの、無視できない単語も多い。
やはり、一度、話を聞きに行った方がいいかもしれない。
報告書には、研究室にこもりっきりとある。
きっと、学園の研究室に行けば会えるだろう。
早速ブルネットを呼んで――
(いえ、連続で働かせるのもよくありませんね。
誰か別の方に――)
そう思ったとたん、扉にノックの音が響いた。
「失礼します。お嬢様、学園への馬車の手配が完了しました」
「え? ええ、あ、ありがとう」
が、ブルネットのほうが一枚上手だったらしい。
報告書を読めば、イザラは学園に行こうとすると予想していたようだ。
「ご心配なく。疲労等はございませんので、いつも通りお供いたします」
「そ、そう? でも、疲れたら遠慮なく言ってね?」
「お気遣い、痛み入ります」
ついでに休ませられるということも分かっていたのだろう。
なんでもない顔で、先導するように玄関へと向かう。
ブルネットって、優秀過ぎる仕事をするときは、何か暴走してるのよね。
大丈夫かしら?
嫌な予感がよぎるも、ブルネットを追いかけるイザラ。
まあ、顔色を見る限り、疲労もたまってなさそう。
とりあえず、様子を見ましょうか。
おとなしく馬車に乗り込むイザラ。
そのまま揺られること半時間。
イザラはノグラ教諭の研究室の扉を開いた。
「失礼します。ノグラ先生――」
そこには、目隠しにさるぐつわをかまされた挙句、「私は弟子の盗難を止めることができませんでした」という看板を首から下げたノグラが、いた。
固まるイザラ。
部屋の中に、ノグラの荒い吐息が漏れる。
ブルネットの方を見るイザラ。
無言でうなずいて、鞭を差し出すブルネット。
違う、そうじゃない。
「ブルネット。あなた疲れてるのよ」
「大丈夫です、お嬢様。
そこの恐れ多くもお嬢様から盗難を働くような弟子を育てた輩をひっぱたけば、ストレスも疲労もどこかへトンんでいきます」
トンでいったのは理性ではないだろうか?
イザラはノグラをそっと助け起こすと、できる限り優しく問いかけた。
「ええっと、ノグラ先生? 大丈夫ですか?」
コクコクうなずくノグラ。
とりあえず、さるぐつわを外すと、
「ごほごほげはアァ! もっどおねがいじまズ! おでえざマ!」
ええちょっとどうすればいいんでしょうこれ。
なんていってはなしをききだせばいいんでしょうこれ。
混乱するイザラ。
が、ブルネットは慣れた調子でノグラ先生の頭を踏みつける。
「これから、お嬢様が直々に拷も……ではなく、その、面接をなさいます。
失礼のないように」
「ひゃッ! ひゃイ! おねがいじまズ!」
「よろしい。
では、お願いします、お嬢様」
おねがいしますじゃありまんよブルネット。
わたくしになにさせようとしてるのよブルネット。
これじゃあっぱくめんせつをこえた××めんせつよブルネット。
絶望の淵に立たされるイザラ。
目の前が真っ暗になりかけたが、イザラはそれでも公爵令嬢。
貴族の意地でもって、再び立ち上がる!
ダメよこんな事でくじけては!
覚悟を決めていたじゃない!
この国を救うため、目の前の錬金術師を何とかするって!
何とかすべきはナイアであってノグラではない気もするが、この際どうでもいい。
壮大な決意をでっち上げ、むりやり精神力に変換したイザラ。
なんとか、ノグラに向き直った。
「ではまず、先日の盗難騒ぎを起こしたナイアについてお聞かせください。
なぜ、あのような事をしたかお心あたりはありますか?」
「いエ、私にハさっぱリ……」
首をふるノグラ。
しかし、ブルネットが、ここではとても描写できぬ、筆舌に尽くしがたい何かを、ノグラの耳元でささやいた。
「! おウ! そういえバ!
以前から彼女は前世紀の戦争で使われた禁薬に関心があるようでしタ!
前世紀の戦争といえば聖女様の活躍された時代!
聖女の家系と紹介されたアーティアお嬢様に接触したのではないでしょうカ!」
とたんに、喜々として話し始めるノグラ。
イザラは耳を塞ぎそうになる手をどうにか抑え、質問を続ける。
「仮にアーティアが本当に聖女だとして、直接接触するのはなぜでしょう?
当時の文献の調査で十分だと思いますが?」
「それハ、禁薬の材料に、『聖女の血』が必要とされているためでショウ!
もちろン、ここでいう『聖女の血』とは実際の血液ではありませン!
俗にいう麻薬的なもので、これ自体も禁止指定されていまス!
聖女の血縁とされている貴族が代々管理しているとカ!
おそらク、我が弟子もそれを欲したのでしょウ!
私も研究者としては欲しいくらいですシ! そもそモ、禁薬とハ――」
自分の研究の話となったせいか、饒舌に話し始めるノグラ。
なるほど、一晩かけてブルネットにイザラの想像もつかない何かをされたようだが、根はしっかり研究者のようだ。
しかし、焦れたブルネットがノグラの耳元で、形容詞をつけるのも憚(はばか)られる、恐るべき何かをささやいた。
「! おぉウ! 失礼しました!
とにかく、研究用に『聖女の血』を求めたものと思われまス!」
とたんに、解説を打ち切って叫ぶノグラ。
イザラは顔を覆いたくなるのを必死にこらえて、質問を続ける。
「つまり、ナイアがまた狙うとすれば、アーティアということですか?」
「そう思って間違いないでしょウ。
もしくハ、他の聖女を語る貴族を狙う可能性もあるかと思いますガ」
思えば、「前回」の自分にナイアが禁薬を手渡したのは、イザラの失墜を狙う以上に、再現した禁薬の実験の意味が強かったように思える。
ここで禁薬の作製を妨害しておけば、多少は未来も変わるかもしれない。
「分かりました。
では、アーティアには何かしら護衛をつけたほうがいいかもしれませんね」
「その件ですが、お嬢様。
このノグラを家庭教師の形で派遣してはいかがでしょうか?」
が、ブルネットがとんでもないことを言い出した。
「ブルネット。あなたやっぱり疲れてるのよ」
「大丈夫です、お嬢様。
一晩かけてみっちり調きょ……ではなく、ええっと、説得をいたしました」
いま調教って言おうとしましたよね?
イザラが突っ込む間もなく、ブルネットはノグラに近寄ると、本能的に聴力を拒否するような、おぞましい何かをささやいた。
「はイ! 誠心誠意! 頑張らせていただきまス!」
必死に首を縦に振るノグラ。
ブルネットは満足げにうなずくと、ノグラの縄を解き放った。
「ちょっとブルネット!?」
「おや、もう少し縛ったままのほうがよかったですか?」
鞭を差し出すブルネット。
必死に首を横に振るイザラ。
が、ブルネットはイザラの耳元でささやく。
「ご心配なく。監視監禁拉致闇討は我がセインツ流忍術の最も得意とするところ。
ノグラとアーティアを一か所にまとめることで、二人同時に監視しつつ、ナイアへの餌とします。また、ノグラには報酬として、アーティアの家庭教師が終わった暁には、研究の補助を申し出ています。きっと、嬉々として協力してくれますよ。
あの下級貴きぞ――失礼、アーティアのご両親も、ちょうど家庭教師を探していたようですので、自然に監視できます。
ああ、手続きはご心配なく。学校には私から話をつけておきますので……」
イザラは最後の客となったクラウスを見送りに立っていた。
館の正門前。
冬の月明かりに照らされた重厚な門は、公爵令嬢と王子を幻想的な光景にまで引き立てている。
テラスでの一件は――などと突っ込んではいけない。
「本日はありがとうございました」
「いや、私も楽しめたよ」
イザラとクラウスは、その雰囲気を壊さぬよう、表情を添えた会話で交わり、
「ところでアーティアはやはりキミのこ――」
「クラウス、ちょっとは空気を読みたまえ」
なんとも言えない顔のラバンに割り込まれた。
ああ、どうしましょう。もうテラスの二の舞いになりそう。
「む? なぜだラバン。私は」
「だから空気を読みたまえと言っているだろう。
まったく、自分の婚約者、しかもパーティの主賓に何を言おうとしているんだ。
ああ、イザラ嬢、こんなのだが王子でキミの婚約者だ。
くれぐれも、本当にくれぐれもよろしく頼むよ?」
が、二の舞いになる前に、ラバンが王子を引きずっていく。
ああ、どうしましょう。テラスより酷い。
ひとり虚しくたたずんでいると、ブルネットがやって来た。
「ああ、お嬢様! 心中お察し致します!」
「え、ええ。ありがとう、ブルネット」
使用人に慰められる状況に目の前が真っ暗になりかけたが、イザラは公爵令嬢。
貴族の意地でもって、必死に立ち直る!
いけないわ!
ダメよこんな事でくじけては!
ラバン様も言っていたじゃない!
この国をよろしくって!
この国とまでは一言も言っていなかった気がするが、この際どうでもいい。
壮大な理由をでっち上げ、むりやり推進力に変換したイザラは、ブルネットに向き直った。
「それよりブルネット。先ほどのの錬金術師は?
連れて行かれたようだけど、あの後、どうなったか分かる?」
「はい。先程衛兵に連れて行かれた後、研究室の先生に怒られて帰って行きました」
え? それだけ?
固まるイザラ。
ブルネットはそんなイザラに何を思ったのか、妙な方向に感動し始めた。
「おお、あんな外道を心配するとは!
なんというお慈悲!
しかし、錬金術師の師も高名な人物にございます。
きっと、うまく導いてくれますよ」
イザラとしてはまったく心配していないどころか死へ導いて欲しいくらいなのだが、どうもそう簡単にはいかないらしい。
考えてみれば当たり前ではある。
ナイアの行動は姑息ではあったが外道というほどのものではない。
むしろ、所詮はこどものイタズラレベルで、疑似王の裁きだって、親世代からすればただの余興。処刑などにつながるはずもない。 現時点で、ナイアが禁薬だの詐欺だのには手を出す危険人物だと思っているのは、イザラひとりだけなのだ。
これは、まずいのでは?
ようやく現状を認識したイザラ。
だが悲観してばかりはいられない。
なんとかしなければ待っているのは国と我が身の破滅である。
とにかく、今は錬金術師の所在を把握できただけで良しとしましょう。
このまま動きを把握して、しっぽを出したところを捕まえなければ。
でも、どうやって監視したらいいかしら?
「お嬢様? どうなさいました?」
「ブルネット。あの錬金術師を監視できないかしら?」
ブルネットに相談してみたが、もちろん期待はしていない。
ブルネットは、イザラからすれば諜報でも何でもない、ただの使用人なのだから。
「はっ! 承知しました!」
が、ブルネットは当たり前のように肯定した。
思わず問い直すイザラ。
「あの、ブルネット?
さっき貴女が言った通りの外道ですよ?
そうでなくとも、隣国の錬金術師ですよ?
ちょっと隣の領地のアーデルさんの様子を見に行くのとは違うんですよ?」
「ご心配なく!
お嬢様の護衛をこなせるよう、私はセインツ流忍術を取得しています!
いつもどおり、完全な調査をお届けしてみせます!」
つよそうな流派の名前とともに拳を振り上げるブルネット。
なぜだろう、余計に不安になってきた。
「む? お嬢様、疑っておられますね?」
「え? いえ、決して疑ってるわけではないの。ただ、信用できる人を失いたくないの」
前半はともかく、後半は本音である。
なにせブルネットは聖女の敵となった自分にもついてきてくれた唯一の存在。
間違っても失いたくない。
が、ブルネットには逆効果。やる気に目を輝かせた。
「お任せください! このブルネット!
お嬢様の愛に、必ずや応えてみせます!」
愛って何でしょう?
哲学に直面するイザラを置いて、風のように去っていくブルネット。
(と、とりあえず、今はブルネットを信じましょう。
聖女と敵対してからも牢に繋がれた私に会いに来られたくらいです。
きっと大丈夫。
それに、ナイアの師であるノグラ教授は学園の先生……ナイアも、進学先として、我が学園を選ぶはず。つまり、新学期になれば、向こうから学園にやってくるでしょう。そうなれば、監視もしやすくなるはず。
ああ、ノグラ教諭にも話を聞きに行かなくては。それから――)
誤魔化すように思考を回しながら、イザラは冷たい風が運んでくる寒さから逃げるように屋敷へと戻り始めた。
# # # #
翌日。
自室で目覚めたイザラは、机の上に分厚い紙束を見つけた。
差出人はブルネット。
タイトルには「恐れ多くもお嬢様の元で盗みを働こうとした怪しい錬金術師に関する調査報告」とある。
イザラが寝ている数時間で調査し、まとめ、寝室に忍び込み、報告書をそっと机の上に置いたことになる。
つよそうな流派は本物だったということだろうか。
戦慄に身を震わせながらも、報告書を開く。
恐れ多くもお嬢様相手に盗みを働いた怪しい錬金術師に関する調査報告。
本名、ナイア=ネフレン。15歳。隣国ハイボリアの出身。
代々錬金術師を輩出する家系の出で、幼少の頃から錬金術に触れて育つ。
幼いころはそれほど興味を持てなかったようだが、師匠と出会ってから、錬金術にのめり込み始める。
師匠の名はノグラ=シュフ。34歳。生命科学を得意としており、若くして様々な実績を残している女性。しかし、過去、隣国ハイボリアにて、戦時中に使われた兵器の解析に携わっていた経緯があり、追放処分を受けている。ただし、この解析自体は隣国政府自身が内密にノグラへ依頼したもの。研究の途中で他の研究者に見つかり、事の発覚を恐れた政府に切り捨てられた模様。このため、亡命してきたところを我が公爵家で引き取った。公爵領内で(もちろん合法の)研究をつづけ、様々な発明を生み出したこともあり、我が国にて名誉は回復。現在は学園からのスカウトもあり教師を務める。
研究熱心で、この休暇中も研究室にこもりっきり。例外は、雇い主である我が公爵家の主催するパーティと、参加している学会の会合くらい。この学会は「銀の深学会」との名で、ノグラの過去の冤罪を知る隣国の錬金術師も参加している。その中にはナイアの両親も含まれており、5年ほど前、ナイアは両親に連れられて学会に参加、ノグラと出会った模様。ナイア自身は年齢もあり、いまだ学会には所属していないが、何枚か論文を発表しており、来年度からは師匠を追って学園に留学予定で――
この後は、ナイアの留学前の態度だの、好きな食べ物だのが記載されている。
一体どうやって調べたのだろう?
(い、いえ、今はそれどころではありませんでしたね)
とても短時間でまとめたとは思えない情報量に突っ込みそうになる自分を、なんとか押さえつける。
ナイアについてはさほど有益な情報はなかったが、その師匠ノグラについては違法研究だの、亡命だの、怪しげな学会だの、無視できない単語も多い。
やはり、一度、話を聞きに行った方がいいかもしれない。
報告書には、研究室にこもりっきりとある。
きっと、学園の研究室に行けば会えるだろう。
早速ブルネットを呼んで――
(いえ、連続で働かせるのもよくありませんね。
誰か別の方に――)
そう思ったとたん、扉にノックの音が響いた。
「失礼します。お嬢様、学園への馬車の手配が完了しました」
「え? ええ、あ、ありがとう」
が、ブルネットのほうが一枚上手だったらしい。
報告書を読めば、イザラは学園に行こうとすると予想していたようだ。
「ご心配なく。疲労等はございませんので、いつも通りお供いたします」
「そ、そう? でも、疲れたら遠慮なく言ってね?」
「お気遣い、痛み入ります」
ついでに休ませられるということも分かっていたのだろう。
なんでもない顔で、先導するように玄関へと向かう。
ブルネットって、優秀過ぎる仕事をするときは、何か暴走してるのよね。
大丈夫かしら?
嫌な予感がよぎるも、ブルネットを追いかけるイザラ。
まあ、顔色を見る限り、疲労もたまってなさそう。
とりあえず、様子を見ましょうか。
おとなしく馬車に乗り込むイザラ。
そのまま揺られること半時間。
イザラはノグラ教諭の研究室の扉を開いた。
「失礼します。ノグラ先生――」
そこには、目隠しにさるぐつわをかまされた挙句、「私は弟子の盗難を止めることができませんでした」という看板を首から下げたノグラが、いた。
固まるイザラ。
部屋の中に、ノグラの荒い吐息が漏れる。
ブルネットの方を見るイザラ。
無言でうなずいて、鞭を差し出すブルネット。
違う、そうじゃない。
「ブルネット。あなた疲れてるのよ」
「大丈夫です、お嬢様。
そこの恐れ多くもお嬢様から盗難を働くような弟子を育てた輩をひっぱたけば、ストレスも疲労もどこかへトンんでいきます」
トンでいったのは理性ではないだろうか?
イザラはノグラをそっと助け起こすと、できる限り優しく問いかけた。
「ええっと、ノグラ先生? 大丈夫ですか?」
コクコクうなずくノグラ。
とりあえず、さるぐつわを外すと、
「ごほごほげはアァ! もっどおねがいじまズ! おでえざマ!」
ええちょっとどうすればいいんでしょうこれ。
なんていってはなしをききだせばいいんでしょうこれ。
混乱するイザラ。
が、ブルネットは慣れた調子でノグラ先生の頭を踏みつける。
「これから、お嬢様が直々に拷も……ではなく、その、面接をなさいます。
失礼のないように」
「ひゃッ! ひゃイ! おねがいじまズ!」
「よろしい。
では、お願いします、お嬢様」
おねがいしますじゃありまんよブルネット。
わたくしになにさせようとしてるのよブルネット。
これじゃあっぱくめんせつをこえた××めんせつよブルネット。
絶望の淵に立たされるイザラ。
目の前が真っ暗になりかけたが、イザラはそれでも公爵令嬢。
貴族の意地でもって、再び立ち上がる!
ダメよこんな事でくじけては!
覚悟を決めていたじゃない!
この国を救うため、目の前の錬金術師を何とかするって!
何とかすべきはナイアであってノグラではない気もするが、この際どうでもいい。
壮大な決意をでっち上げ、むりやり精神力に変換したイザラ。
なんとか、ノグラに向き直った。
「ではまず、先日の盗難騒ぎを起こしたナイアについてお聞かせください。
なぜ、あのような事をしたかお心あたりはありますか?」
「いエ、私にハさっぱリ……」
首をふるノグラ。
しかし、ブルネットが、ここではとても描写できぬ、筆舌に尽くしがたい何かを、ノグラの耳元でささやいた。
「! おウ! そういえバ!
以前から彼女は前世紀の戦争で使われた禁薬に関心があるようでしタ!
前世紀の戦争といえば聖女様の活躍された時代!
聖女の家系と紹介されたアーティアお嬢様に接触したのではないでしょうカ!」
とたんに、喜々として話し始めるノグラ。
イザラは耳を塞ぎそうになる手をどうにか抑え、質問を続ける。
「仮にアーティアが本当に聖女だとして、直接接触するのはなぜでしょう?
当時の文献の調査で十分だと思いますが?」
「それハ、禁薬の材料に、『聖女の血』が必要とされているためでショウ!
もちろン、ここでいう『聖女の血』とは実際の血液ではありませン!
俗にいう麻薬的なもので、これ自体も禁止指定されていまス!
聖女の血縁とされている貴族が代々管理しているとカ!
おそらク、我が弟子もそれを欲したのでしょウ!
私も研究者としては欲しいくらいですシ! そもそモ、禁薬とハ――」
自分の研究の話となったせいか、饒舌に話し始めるノグラ。
なるほど、一晩かけてブルネットにイザラの想像もつかない何かをされたようだが、根はしっかり研究者のようだ。
しかし、焦れたブルネットがノグラの耳元で、形容詞をつけるのも憚(はばか)られる、恐るべき何かをささやいた。
「! おぉウ! 失礼しました!
とにかく、研究用に『聖女の血』を求めたものと思われまス!」
とたんに、解説を打ち切って叫ぶノグラ。
イザラは顔を覆いたくなるのを必死にこらえて、質問を続ける。
「つまり、ナイアがまた狙うとすれば、アーティアということですか?」
「そう思って間違いないでしょウ。
もしくハ、他の聖女を語る貴族を狙う可能性もあるかと思いますガ」
思えば、「前回」の自分にナイアが禁薬を手渡したのは、イザラの失墜を狙う以上に、再現した禁薬の実験の意味が強かったように思える。
ここで禁薬の作製を妨害しておけば、多少は未来も変わるかもしれない。
「分かりました。
では、アーティアには何かしら護衛をつけたほうがいいかもしれませんね」
「その件ですが、お嬢様。
このノグラを家庭教師の形で派遣してはいかがでしょうか?」
が、ブルネットがとんでもないことを言い出した。
「ブルネット。あなたやっぱり疲れてるのよ」
「大丈夫です、お嬢様。
一晩かけてみっちり調きょ……ではなく、ええっと、説得をいたしました」
いま調教って言おうとしましたよね?
イザラが突っ込む間もなく、ブルネットはノグラに近寄ると、本能的に聴力を拒否するような、おぞましい何かをささやいた。
「はイ! 誠心誠意! 頑張らせていただきまス!」
必死に首を縦に振るノグラ。
ブルネットは満足げにうなずくと、ノグラの縄を解き放った。
「ちょっとブルネット!?」
「おや、もう少し縛ったままのほうがよかったですか?」
鞭を差し出すブルネット。
必死に首を横に振るイザラ。
が、ブルネットはイザラの耳元でささやく。
「ご心配なく。監視監禁拉致闇討は我がセインツ流忍術の最も得意とするところ。
ノグラとアーティアを一か所にまとめることで、二人同時に監視しつつ、ナイアへの餌とします。また、ノグラには報酬として、アーティアの家庭教師が終わった暁には、研究の補助を申し出ています。きっと、嬉々として協力してくれますよ。
あの下級貴きぞ――失礼、アーティアのご両親も、ちょうど家庭教師を探していたようですので、自然に監視できます。
ああ、手続きはご心配なく。学校には私から話をつけておきますので……」
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