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はじまり!~悪役令嬢とその恐るべき周囲について
○04表_悪役令嬢は最初の死亡フラグに立ち向かった!
しおりを挟む恐れ多くもお嬢様に盗みを働いた怪しい錬金術師に関する調査報告その124。
アーティアの家庭教師についたノグラは、錬金術を教えつつ、自らの研究を継続。
キメラ型錬金生物の暴走を招いたものの、アーティアが貧民街の修道院で学んだセインツ流忍術により鎮圧。その後もキメラ型錬金生物を作っては、アーティアに解体される日々を送っていた。が、アーティアの入学が決まったと同時、家庭教師を辞し、学院の教諭に戻る模様。学園でもキメラの開発・研究を続けると思われる。
そのアーティアは、高度な錬金術を身に着け、特に生命錬金については学園高学年にも引けを取らない知識を持っており、セインツ流忍術と合わせ、あらゆる生命体の弱点を付き、破壊することが可能。お嬢様の護衛候補としては優秀と考えられる。ただし、一般教養と常識は貧民街の子ども以下なので、この辺りは矯正する必要あり。学園の入学試験でも、錬金術のおかげで主席は取れたものの、一般教養と常識の点数は酷いものだった。なお、その一般教養と常識を教えているのは幼馴染の下級貴族であるアリスとフラネイル。フラネイルは親同士の決めた婚約者だが、アーティアからは友人どまりの模様。入学試験後、フラネイルからデートに誘ったようだが見事失敗している。一方、接触すると思われていたナイアは、相変わらず研究室に引きこもっており――
朝の日差しに照らされたテーブルの上に、イザラは報告書の束を置いた。
キメラ型錬金生物の暴走って何かしら、ブルネット。
どうしてそれをアーティアが鎮圧しているのかしら、ブルネット。
最近の修道院はセインツ流忍術なんて教えているのね、ブルネット。
それから――ああ、もう、どこから突っ込んだらいいか分からないわブルネット。
混乱し始めた頭を、深呼吸して落ち着ける。
春の柔らかい空気が、肺へと流れこむのを感じ、窓の外へ目を向ける。
冬が終わり、今日から新学期。
学園寮の窓からは、柔らかな日差しで彩られた通学路が見える。
穏やかな日常の光景は、確かにイザラの思考を落ち着かせたが、代わりに不安を呼び起こした。
平和な時間ではあるが、それは刻一刻と失われている。
アーティアは聖女の片鱗を見せる活躍をし、錬金術師は不気味に沈黙。
将来を脅かす存在は未だ健在。
終わりの見える平和ほど平穏から程遠いものはなく――。
ああ、ダメよこんな事で弱気になっては!
この国の未来は私にかかってるんだから!
とにかく、目の前の問題から片付けなければ!
何もないのに盛大な理由をでっち上げ、推進力に変換するイザラ。
前回から恒例になりつつあるが、こうしてやる気を出せるのも一種の才能と言えるのではないだろうか。
とにかくも、イザラは鞄を手に取ると、目の前の問題――すなわち、入学式に対処すべく、学校へと歩き出した。
# # # #
「この度はご入学おめでとうございます。新入生の皆様におかれましては、新たなステージを迎え、大きな期待と不安を抱かれていることと思います。しかし、皆様は時間という最大の財産をお持ちです。願わくば、皆様が本学にて後悔のないよう時間を使い、大切な思い出ができるよう――」
学生代表としての新入生へのスピーチ。
そんなどうでも良いイベントを終えたイザラは、鳴り響く拍手とステージを背に、舞台袖へと降り立った。
イザラにとって、本番はこの後である。
この後、あの鏡から教えられた「未来」の通りなら、新入生代表にして将来の聖女アーティアと、そして偶然通りがかったクラウスと一悶着あるはずである。
最初のつまずきにして死亡フラグ。
前のパーティでは、それなりに仲良くできたつもりだが、今はどうだろうか。
今朝の報告書を見る限り、勉強に運動にと頑張りすぎているようだが、肝心の自分への好感度は変わっていないだろうか。
ああ、公爵令嬢という立場がなければ直接会って確認したのに。
とにかくも、「今回」は失敗しないようにしなくては。
わずかな緊張とともに、薄暗い舞台袖を見渡すと、
「ほら、イザラ様が戻ってきたわよ? 行ってきなさい!」
「ま、待ってアリス! こ、こここ、心の準備がっ!?」
タイミングよく、アーティアが押し出されてきた。
目の前で、盛大にすっころぶ聖女候補。
イザラは内心の動揺をおくびにも出さず、優しく手を差し伸べる。
「まあ、アーティア、大丈夫かしら?」
「は、はははっはいっ!? 大丈夫れす!」
イザラ以上に動揺しながらも、手を取って立ち上がるアーティア。
そのまま、手を放そうとせず、しっかりと握りしめている。
この反応は、どう判断したものだろうか。
嫌われてはいないようだが、なんとも反応に困る行動である。
とりあえず、できる限り優しい笑みを浮かべ、イザラは社交辞令を続けた。
「学年代表になるなんて、あれから随分、努力したのね? 本当に偉いわ」
「――っ! はいっ! お姉さまと一緒になれるよう!
わ、わたじ、わたじっ! が、がんばりまじだぁ!」
感動のあまりむせび泣くアーティア。
ええ? そんなに?
割と当たり障りのない言葉だったと思うのだけど?
とにかくも落ち着けなければ!
こんなところを誰かに見られたら――
「! イザラ……アーティアを泣かしたのかっ!」
ほら、こんなふうに誤解される。
最悪のタイミングでやって来たのは、言うまでもなくクラウス。
「っ! ぢ、ぢがいまずっ! お姉さまは! お姉さまは悪くありません!」
だが、涙ながらにアーティアが否定する。
ああ、もう、余計に誤解されそうなことを!
しかし、イザラとて、この間のパーティから何もしなかったわけではない。
慌てず恐れず、貴族らしい優雅かつ自然な足取りで二人の間へと割って入る!
そして、新入生へのスピーチなどより、よほど苦労して練習した口上を一息で述べた!
「ご機嫌ようクラウス様この度はご進級おめでとうございます王族としてどのような国民にも平等にあれとの思想を率先垂範下級貴族にも手を差し伸べるお姿は多くの生徒に改過自新を促し一致団結して困難に立ち向かう国の土壌になりえるでしょうですがアーティアは大丈夫です円木警枕により勝ち取った主席の座は誰もが認めるところですし粒粒辛苦して身に着けた武術もきっとその身を助けることと思いますわ」
「あ、ああ、そう、だな?」
「えんぼ……?」
同時に彫像のごとく固まる二人。
うまい具合に、クラウスは公爵令嬢らしからぬイザラの勢いで、アーティアは難しい言葉でフリーズしてくれたようだ。
この機を逃さず、やさしい言葉で畳みかける。
「アーティア。緊張しているのかもしれないけど、新入生の挨拶、貴女ならきっとうまくこなせるわ。いつも通り話せば大丈夫よ。
クラウス様はアーティアの後になりますが、皆、王族としてのお言葉ではなく、在学生として触れる機会を待っていると思います。ぜひ、いつも通りの姿を見せてください」
では、と小さく一礼して舞台裏から出ようとするイザラ。
誤魔化しただけのような気もするが、まあ上出来と言える対応だったのではないだろうか。少なくとも、「前回」のように睨まれるより、はるかにマシだ。
そう思っていたのだが。
「イザラ様!? イザラ様ですよね!」
新入生らしき女子生徒の一団に呼びとめられた。
代表して声をかけてきた女生徒には、見覚えがある。
「あら、貴女は……ラティアナ?」
「まあ! 覚えていてくださったのですね!」
ラティアナ=アーデル。愛称はラティ。
公爵領の隣に領地をもつ、アーデル家のご令嬢で、イザラの取り巻きの上級貴族の一人である。分かりやすく下級貴族を見下す、分かりやすい小物だが、イザラが失脚しても、最後までイザラの取り巻きを続けようとした、数少ない貴族。「前回」はそれゆえに仲が良かったのだが、「今回」は距離を置いた方がいいかもしれいない。
アーティアとの関係を考えると、ラティの下級貴族への軽視はマイナスに働くだろうし、仮に「今回」も失敗した場合、またラティを巻き込むのも、気が引ける。
そう思ったイザラ、軽く挨拶を交わし通り過ぎようとしたのだが。
「まあ、いけません!
クラウス様はともかく、こんな下級貴族などとっ!」
アーティアを指さして叫びだした!
ああもう、また話がややこしい事に!
だが、そこはやはりこの間のパーティから学習したイザラ。
華麗な足取りで取り巻きの一団とアーティアの間に入る。
「ラティアナ。いけませんよ?
身分の違いなどなく、お互いに手を取れるようにならなければ。クラウス様も、王族としてそのような態度を打ち出したのですから、私達も一緒に支えないと」
そして、にこやかに、やんわり否定。
「い、一緒に……」
何故か、頬を赤らめるラティ。
何故か、後ろから歯ぎしりの音。
次いで、何やら小声で言い争うような声が。
「離してアリス! アイツ○せない!」
「止めなさい! ていうか、さっきまでの緊張と感動はどうしたのっ!?」
振り返ると、アリスに羽交い締めされるアーティア――が見えた気がしたが、そんなことはなく、アーティアとアリスが仲良く二人並んで笑顔を浮かべている。
見間違いだろうか?
……いや、この違和感を無視するのは良くない。
何せ死亡フラグと戦っている最中なのだ。
何がどう悪い方向につながるか分かったものではない。
今度は、アーティアとアリスに笑顔を向ける。
「私のお友達が失礼しました。
まだ、認められるのは時間がかかるかもしれないけど、きっと今まで通り頑張っていれば、いつか受け入れられます。
少なくとも、私は応援していますよ?」
「はぅッ!」
手を取って、エールを送るイザラ。
ボンッと、真っ赤になるアーティア。
ギリギリと、後ろから歯ぎしりの音。
次いで、何やら小声で言い争うような声が。
「離しなさい! あの女を○せません!」
「お待ちください! ここで焦っては相手の思う壷ですっ!」
振り返ると、他の取り巻きに羽交い締めされるラティ――が見えた気がしたが、そんなことはなく、みんなで仲良く笑顔を浮かべている。
……なんだろう、この、終わりの見える平和のごとく不穏な違和感は。
とりあえず、今度はラティ達に笑顔を向け、
「うん、素晴らしい。イザラ、君は愛されているな」
クラウスの声に遮られた。
もちろん社交辞令と受け取ったイザラ、笑顔で礼を言う。
「まあ、ありがとうございます、クラウス様」
「ああ、うん、その笑顔はぜひとも彼女たちに向けて欲しいのだが」
困ったように周囲を見渡すクラウス。
イザラも同じようにアーティアとラティへ目を向ける。
何やら悔しさのあまりハンカチを引きちぎる姿が見えた気がしたが、そんなことはなく、皆、一様に笑顔を浮かべている。
が、クラウスはさして気にした様子もなく、イザラへ告げる。
「さて、みんなの気持ちも一つになったことだし、そろそろ時間だ。この後、アーティア、ラティ、私と挨拶をすることになるから、ぜひ客席で見ていてくれ」
「え、ええ。期待しておりますわ」
クラウスにそう言われてはどうしようもない。
疑問を残しながらも、舞台袖から出て客席へ向かうイザラ。
何やら後ろから叫び声が聞こえて気がするが、きっと気のせいだろう。
さっきと同じく、振り返れば何事もなかったかのように笑顔の会話が繰り広げられるに違いない。
そうですよね?
振り返るイザラ。
予想通り、地獄絵図が一瞬見えた気がしたが、瞬時に天使の笑顔を向けられた。
なんだろうこの疎外感は。
まるで、美辞麗句ばかり伝えられ、都合のいい話しかしない官僚に囲まれた貴族のよう。
あとで、ブルネットにきちんと調べてもらいましょう。
そう心に決めたイザラ。
最後の意地とばかりに、貴族らしく優雅に一礼して、講堂を後にした。
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