毒婦と呼ばれた令嬢は、謎と恋を嗅ぎ分ける

赤紫

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序章:婚約破棄の午後

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 それは、まるで予定された芝居のようだった。
 春の終わりを告げる風が、王都フィルミリアの大広間を吹き抜ける。陽光は高窓から降り注ぎ、磨き抜かれた床を黄金色に染めていた。


 社交界の華とも称される侯爵家の舞踏会は、豪奢と虚飾に満ちていた。貴族の若者たちは笑い、さざ波のように音楽と香水が混ざり合う。
 その中央で、少女は立っていた。

 ──クラリス・エルステッド。子爵家の令嬢。


 知性と沈黙を纏いながらも、どこか周囲と馴染まぬ存在。
 その美貌は氷の彫像のように整っていながら、近づく者を遠ざける冷たい気配をまとっている。

「クラリス・エルステッド嬢」

 声が、場を裂いた。
 王太子・アルヴィンの姿が、彼女の正面に立つ。
 黄金の髪に蒼玉の瞳、誰もが称える若き王国の後継者。だが、その顔に浮かぶのは、決して柔らかい笑みではなかった。

「我が婚約者としての立場を、本日をもって破棄する」

 息を呑む音が、会場中に走った。
 音楽が止まり、貴族たちがさざ波のようにざわめく。


  クラリスは、何も言わなかった。ただその場で、まっすぐにアルヴィンを見つめていた。

「……理由を、伺ってもよろしいですか?」
「君の噂は、耳に届いている。毒と陰謀を好み、王族をも害しかねぬ──そのような女を、未来の妃とは認められぬ」

 明らかに周囲に仕組まれた言葉だった。だが、彼女は顔色ひとつ変えず、ただ静かに頭を下げる。

「──では、どうかお気をつけて」

 その声は、まるで春風のように柔らかく、それでいてどこか氷のような切れ味を持っていた。

「次に毒を口にするのは、貴方かもしれませんよ。殿下」

 一瞬、王太子の顔が引きつった。
  周囲の令嬢たちが顔を強張らせ、笑みを引きつらせる。
 クラリスはくるりと背を向けた。その背中は、敗北した令嬢のものではなかった。王太子に捨てられた女ではなく、真実を知る者の背だった。
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