毒婦と呼ばれた令嬢は、謎と恋を嗅ぎ分ける

赤紫

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第六章:解毒の旅路へ

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 王宮は、ひとときの静寂を取り戻していた。
 リリーナ・ベルサリエとその父・ハーヴェイ侯爵は拘束され、背後にいた魔術省内の一派も洗い出されつつある。
  毒の恐怖に怯えていた貴族たちも、ようやく平穏を取り戻しつつあった。

 だが──

「事件は、まだ終わっていないわ」

 クラリス・エルステッドは、王宮の塔の上で地図を広げながら、静かに呟いた。
 傍らにはルーク・ヴァルハルトの姿。回復したばかりとは思えないほど精悍な顔つきで、彼女の言葉に耳を傾けていた。

「“赤の記録”には、まだ記載されていた。“黒の蛇毒”──服用者の感情を消し去り、完全な傀儡に変える毒。今までの毒は、すべてその前哨にすぎない」
「……そんな毒が、まだ残っているのか」
「それも、写本の形で“国外”に流出した形跡がある。王宮の腐敗は摘み取った。でも、“根”はまだ地下に這っているの」

 クラリスは、地図の一角を指でなぞった。
  そこは、王国の南端、かつて賢者たちの塔があったという廃都──“アスファナ遺跡”。

「文献の記録に残る“毒の起源”の一部。禁術が掘り起こされたのは、おそらくこの遺跡」
「王国の手が届かない場所だな。……だが行くしかないんだな?」

 クラリスは頷いた。

「このまま黙って見過ごせば、また別の“リリーナ”が現れるわ。今度はもっと巧妙に、もっと冷たく──そして、誰かがまた命を落とす」

 ルークは黙って彼女の手元の地図を見つめ、ふっと笑った。

「なら決まりだ。俺も行こう」
「えっ……でも、貴方は近衛騎士団の副隊長で……」
「もう王宮に、俺の務めはないさ。君がこの国を守ろうとしている限り、俺の“戦場”は君の隣にある」

 クラリスは、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「……ありがとう。貴方のような人が隣にいるなら、どんな毒でも怖くない」

 そう言って、彼女は手袋を外し、そっとルークの手に自分の手を重ねた。
「これは、お願いじゃなくて、“契約”よ。これから始まるのは、もう誰の命令でもない。私たち自身の選択」
「望むところだ」
 
 * * *
 
 その日の午後。王太子アルヴィンが、彼らの旅立ちを見送るために城門へ現れた。

「クラリス。君がいなくなると分かっていたはずなのに……やはり、寂しいものだな」
「殿下……いえ、アルヴィン様。私は、あの頃の私ではありません。もう、貴方に選ばれるのを待つだけの令嬢ではなくなったの」

 アルヴィンは微笑んだ。

「分かっている。だからこそ、今は心から君の幸運を祈れる」

 そう言って、彼はクラリスの手を取り、王族の礼をもってその額に口づけた。

「私の代わりに、どうかこの国を“解毒”してくれ。王子としてではなく、一人の男として……君の勇気を誇りに思う」

 クラリスは、深く礼をして応えた。
 
 * * *
 
 王宮の石門が開く。ルークが手綱を引く馬に、クラリスが軽やかに乗る。
 旅の荷は最小限。彼女の背には資料の詰まった鞄、腰には調合用の革製具。そして胸には、誰にも見せなかった決意の炎が灯っていた。

「行こうか。毒の根を断つ、旅へ」
「ええ。解毒の旅路へ──私たちの意志で」

 春風が、旅人の髪をそっと撫でる。王宮を背にし、クラリスとルークは新たな道へと踏み出した。
  その先に待つのは、まだ誰も知らない“毒の本質”と、“真実の顔”だった。
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