毒婦と呼ばれた令嬢は、謎と恋を嗅ぎ分ける

赤紫

文字の大きさ
7 / 12

第六章:解毒の旅路へ

しおりを挟む
 王宮は、ひとときの静寂を取り戻していた。
 リリーナ・ベルサリエとその父・ハーヴェイ侯爵は拘束され、背後にいた魔術省内の一派も洗い出されつつある。
  毒の恐怖に怯えていた貴族たちも、ようやく平穏を取り戻しつつあった。

 だが──

「事件は、まだ終わっていないわ」

 クラリス・エルステッドは、王宮の塔の上で地図を広げながら、静かに呟いた。
 傍らにはルーク・ヴァルハルトの姿。回復したばかりとは思えないほど精悍な顔つきで、彼女の言葉に耳を傾けていた。

「“赤の記録”には、まだ記載されていた。“黒の蛇毒”──服用者の感情を消し去り、完全な傀儡に変える毒。今までの毒は、すべてその前哨にすぎない」
「……そんな毒が、まだ残っているのか」
「それも、写本の形で“国外”に流出した形跡がある。王宮の腐敗は摘み取った。でも、“根”はまだ地下に這っているの」

 クラリスは、地図の一角を指でなぞった。
  そこは、王国の南端、かつて賢者たちの塔があったという廃都──“アスファナ遺跡”。

「文献の記録に残る“毒の起源”の一部。禁術が掘り起こされたのは、おそらくこの遺跡」
「王国の手が届かない場所だな。……だが行くしかないんだな?」

 クラリスは頷いた。

「このまま黙って見過ごせば、また別の“リリーナ”が現れるわ。今度はもっと巧妙に、もっと冷たく──そして、誰かがまた命を落とす」

 ルークは黙って彼女の手元の地図を見つめ、ふっと笑った。

「なら決まりだ。俺も行こう」
「えっ……でも、貴方は近衛騎士団の副隊長で……」
「もう王宮に、俺の務めはないさ。君がこの国を守ろうとしている限り、俺の“戦場”は君の隣にある」

 クラリスは、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「……ありがとう。貴方のような人が隣にいるなら、どんな毒でも怖くない」

 そう言って、彼女は手袋を外し、そっとルークの手に自分の手を重ねた。
「これは、お願いじゃなくて、“契約”よ。これから始まるのは、もう誰の命令でもない。私たち自身の選択」
「望むところだ」
 
 * * *
 
 その日の午後。王太子アルヴィンが、彼らの旅立ちを見送るために城門へ現れた。

「クラリス。君がいなくなると分かっていたはずなのに……やはり、寂しいものだな」
「殿下……いえ、アルヴィン様。私は、あの頃の私ではありません。もう、貴方に選ばれるのを待つだけの令嬢ではなくなったの」

 アルヴィンは微笑んだ。

「分かっている。だからこそ、今は心から君の幸運を祈れる」

 そう言って、彼はクラリスの手を取り、王族の礼をもってその額に口づけた。

「私の代わりに、どうかこの国を“解毒”してくれ。王子としてではなく、一人の男として……君の勇気を誇りに思う」

 クラリスは、深く礼をして応えた。
 
 * * *
 
 王宮の石門が開く。ルークが手綱を引く馬に、クラリスが軽やかに乗る。
 旅の荷は最小限。彼女の背には資料の詰まった鞄、腰には調合用の革製具。そして胸には、誰にも見せなかった決意の炎が灯っていた。

「行こうか。毒の根を断つ、旅へ」
「ええ。解毒の旅路へ──私たちの意志で」

 春風が、旅人の髪をそっと撫でる。王宮を背にし、クラリスとルークは新たな道へと踏み出した。
  その先に待つのは、まだ誰も知らない“毒の本質”と、“真実の顔”だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

転生令嬢は学園で全員にざまぁします!~婚約破棄されたけど、前世チートで笑顔です~

由香
恋愛
王立学園の断罪の夜、侯爵令嬢レティシアは王太子に婚約破棄を告げられる。 「レティシア・アルヴェール! 君は聖女を陥れた罪で――」 群衆の中で嘲笑が響く中、彼女は静かに微笑んだ。 ――前の人生で学んだわ。信じる価値のない人に涙はあげない。 前世は異世界の研究者。理不尽な陰謀により処刑された記憶を持つ転生令嬢は、 今度こそ、自分の知恵で真実を暴く。 偽聖女の涙、王太子の裏切り、王国の隠された罪――。 冷徹な宰相補佐官との出会いが、彼女の運命を変えていく。 復讐か、赦しか。 そして、愛という名の再生の物語。

断罪された悪役令息は、悪役令嬢に拾われる

由香
恋愛
断罪された“悪役令息”と、“悪女”と呼ばれた令嬢。 滅びを背負った二人が出会うとき、運命は静かに書き換えられる。 ――これは、罪と誤解に満ちた世界で、真実と愛を選んだ者たちの物語。

婚約破棄された悪役令嬢、なぜか第二王子にさらわれる

ほーみ
恋愛
「ヴィオレット・エルステン、お前との婚約を破棄する!」  王宮の大広間に響き渡る、婚約者である第一王子アルベルトの冷たい声。  私は目を伏せ、静かに息を吐いた。 (……ああ、やっぱりこの展開ね)  内心では呆れる気持ちでいっぱいだった。アルベルト王子は、まるで劇の主人公にでもなったかのように私を睨みつけ、その隣には金髪碧眼の可憐な少女——男爵令嬢エミリアが寄り添っている。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜

万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

婚約破棄? 致しません!

水江 蓮
恋愛
隣国との親善パーティの日、ライラロック王国の第1王子が婚約破棄を発表した。 ……あれ? 私の婚約破棄を宣言しているけれど…何故? 私、婚約破棄致しません!

処理中です...