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第七章:蛇の巣へ
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廃都アスファナ──それはかつて賢者たちの塔が建ち並び、数百年のあいだ「魔術と知識の中心」と呼ばれた場所だった。
しかし今、その街に人の気配はない。
砕けた尖塔。苔むした石の壁。瓦礫に埋もれた小径。
そして、かすかに漂う、錆びと薬品の混ざったような臭気──
「……ここが、毒の“根”」
クラリスはマントの裾をかき寄せながら、廃墟の中心へと足を踏み入れた。傍らのルークが、剣の柄に手をかける。
「足元に気をつけろ。ここはもう、王国の法が届かない」
遺跡の石段を降りると、地下へ続く暗い通路が現れた。古い魔法の結界がかすかに脈動しており、侵入者を拒むように冷たい気配を放っている。
「解錠呪式を使うわ」
クラリスは香草の粉末を指にまぶし、小さく詠唱を唱えた。すると、石の扉が鈍く震え、ゆっくりと開いていく。
その先にあったのは、半ば崩れかけた研究室跡。床には割れた瓶、散らばった写本、壁には異様な記号──。そしてその中央に、ぽつんと一冊の分厚い本が置かれていた。
「これは……“黒の記録”」
クラリスが手を伸ばしかけたそのとき、背後から響いた声が空気を裂いた。
「それ以上は進ませない」
洞窟の奥に、数人の黒衣の人影が現れる。顔を仮面で隠し、指には蛇を模した銀の指輪。
──魔導結社〈蛇の書〉。
「やはり……ここにいたのね」
クラリスは本に手を伸ばすのをやめ、静かに向き直った。
「“毒の正体”を探る者は、排除する。それが我らの使命」
「毒で世界を操ることが、“使命”? 滑稽ね」
クラリスが言い終えるより早く、結社の一人が手を掲げた。空気がねじれ、濃厚な気が洞窟に満ちる。
「くる……!」
クラリスが咄嗟に香袋を割り、霧の防壁を展開した瞬間、黒衣の者が投擲した何かが爆ぜた。
紫色の煙が広がる――“黒の蛇毒”。
「吸わないで! ルーク!」
叫ぶと同時に、クラリスはルークを突き飛ばすようにして盾の内側に引き入れる。毒の霧は強烈な幻覚作用をもたらし、呼吸とともに精神の奥底を侵してくる。
(落ち着いて……幻覚に負けないで……!)
クラリスは懐の短剣を取り出し、己の指先をわずかに切った。疼痛によって意識を引き戻すためだ。
「……ルーク……あなた、見えてる? 私の声が……届く?」
彼女の隣で倒れかけていたルークの肩が、ゆっくりと震えた。
「……ああ。大丈夫だ。君の声は……はっきり聞こえる」
ルークの剣が、地を擦って持ち上げられる。
「俺たちを……“毒”になんか、屈せさせてたまるか!」
次の瞬間、彼の剣が結社の術者の足元に閃き、煙幕を切り裂くように地を走った。黒衣の一人が倒れ、残りの影が一斉に後退する。
「……撤退だ。“蛇の尾”に報告を」
彼らが闇の中へと姿を消したあとも、洞窟にはしばらく毒の残響が渦巻いていた。
* * *
沈黙のなか、二人はようやく洞窟の中央に残された“黒の記録”を手に取る。その表紙は蛇の皮を模した革装でできており、中心には一本の黒い線が走っていた。
「これは……“人の意志”を奪う毒……まるで、魂そのものを封じるような理論」
クラリスの声がかすかに震える。
「こんなものが完成していたら、王国だけじゃない。世界そのものが毒される……!」
だが、そのとき、ページの裏に、奇妙な文字列が書かれているのをクラリスは見つけた。
「……座標? 違う、“転送呪式の鍵”……?」
それは、まだ先があることを示す暗号だった。
* * *
遺跡の外。夜の空に満月が浮かび、遠く狼の遠吠えが響いている。クラリスは焚火の前で、重たい本を膝に抱えたまま、静かに言った。
「ルーク……私は、もっと遠くまで行くことになると思う。毒の起源を辿る先には、人の理を越えた領域がある」
「なら、なおさら行かせるわけにはいかない」
ルークは迷いなく答える。
「俺はもう、君を守ると誓ったんだ。魂に刻むほど、深く」
クラリスは、焚火に照らされたルークの横顔を見つめた。
「ありがとう。……でも、これはもう、守られるだけの旅じゃない。二人で進む旅路よ」
「分かってる。だから、君の隣にいる」
二人の影が、炎に照らされてゆっくりと重なった。それはまるで、毒に満ちた世界の中で――たったひとつの、清らかな誓いだった。
しかし今、その街に人の気配はない。
砕けた尖塔。苔むした石の壁。瓦礫に埋もれた小径。
そして、かすかに漂う、錆びと薬品の混ざったような臭気──
「……ここが、毒の“根”」
クラリスはマントの裾をかき寄せながら、廃墟の中心へと足を踏み入れた。傍らのルークが、剣の柄に手をかける。
「足元に気をつけろ。ここはもう、王国の法が届かない」
遺跡の石段を降りると、地下へ続く暗い通路が現れた。古い魔法の結界がかすかに脈動しており、侵入者を拒むように冷たい気配を放っている。
「解錠呪式を使うわ」
クラリスは香草の粉末を指にまぶし、小さく詠唱を唱えた。すると、石の扉が鈍く震え、ゆっくりと開いていく。
その先にあったのは、半ば崩れかけた研究室跡。床には割れた瓶、散らばった写本、壁には異様な記号──。そしてその中央に、ぽつんと一冊の分厚い本が置かれていた。
「これは……“黒の記録”」
クラリスが手を伸ばしかけたそのとき、背後から響いた声が空気を裂いた。
「それ以上は進ませない」
洞窟の奥に、数人の黒衣の人影が現れる。顔を仮面で隠し、指には蛇を模した銀の指輪。
──魔導結社〈蛇の書〉。
「やはり……ここにいたのね」
クラリスは本に手を伸ばすのをやめ、静かに向き直った。
「“毒の正体”を探る者は、排除する。それが我らの使命」
「毒で世界を操ることが、“使命”? 滑稽ね」
クラリスが言い終えるより早く、結社の一人が手を掲げた。空気がねじれ、濃厚な気が洞窟に満ちる。
「くる……!」
クラリスが咄嗟に香袋を割り、霧の防壁を展開した瞬間、黒衣の者が投擲した何かが爆ぜた。
紫色の煙が広がる――“黒の蛇毒”。
「吸わないで! ルーク!」
叫ぶと同時に、クラリスはルークを突き飛ばすようにして盾の内側に引き入れる。毒の霧は強烈な幻覚作用をもたらし、呼吸とともに精神の奥底を侵してくる。
(落ち着いて……幻覚に負けないで……!)
クラリスは懐の短剣を取り出し、己の指先をわずかに切った。疼痛によって意識を引き戻すためだ。
「……ルーク……あなた、見えてる? 私の声が……届く?」
彼女の隣で倒れかけていたルークの肩が、ゆっくりと震えた。
「……ああ。大丈夫だ。君の声は……はっきり聞こえる」
ルークの剣が、地を擦って持ち上げられる。
「俺たちを……“毒”になんか、屈せさせてたまるか!」
次の瞬間、彼の剣が結社の術者の足元に閃き、煙幕を切り裂くように地を走った。黒衣の一人が倒れ、残りの影が一斉に後退する。
「……撤退だ。“蛇の尾”に報告を」
彼らが闇の中へと姿を消したあとも、洞窟にはしばらく毒の残響が渦巻いていた。
* * *
沈黙のなか、二人はようやく洞窟の中央に残された“黒の記録”を手に取る。その表紙は蛇の皮を模した革装でできており、中心には一本の黒い線が走っていた。
「これは……“人の意志”を奪う毒……まるで、魂そのものを封じるような理論」
クラリスの声がかすかに震える。
「こんなものが完成していたら、王国だけじゃない。世界そのものが毒される……!」
だが、そのとき、ページの裏に、奇妙な文字列が書かれているのをクラリスは見つけた。
「……座標? 違う、“転送呪式の鍵”……?」
それは、まだ先があることを示す暗号だった。
* * *
遺跡の外。夜の空に満月が浮かび、遠く狼の遠吠えが響いている。クラリスは焚火の前で、重たい本を膝に抱えたまま、静かに言った。
「ルーク……私は、もっと遠くまで行くことになると思う。毒の起源を辿る先には、人の理を越えた領域がある」
「なら、なおさら行かせるわけにはいかない」
ルークは迷いなく答える。
「俺はもう、君を守ると誓ったんだ。魂に刻むほど、深く」
クラリスは、焚火に照らされたルークの横顔を見つめた。
「ありがとう。……でも、これはもう、守られるだけの旅じゃない。二人で進む旅路よ」
「分かってる。だから、君の隣にいる」
二人の影が、炎に照らされてゆっくりと重なった。それはまるで、毒に満ちた世界の中で――たったひとつの、清らかな誓いだった。
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