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プロローグ
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目の前にメキシコ館が見えてきた。どうやらレストランも併設されているらしい。舞香と由紀は迷うことなくレストランに入り込んだ。
どこでも良かったのだ。ランチタイムというには少し早い。それでも、照りつける日差しと喉の乾きから逃れるための場所が欲しかった。
木製のテーブルとイスは深みのある茶色で統一されていた。同じく木製の床に響く靴音は、天井のシーリングファンからのそよ風と共に心地良い空間を演出していた。
「支配人、こっち見てるよ」
早々とメニューを決めた由紀が、合図を送ろうとして舞香を見た。
私は支配人という言い回しに、違和感があったが、次の瞬間ああそうかとひとり心の中で納得していた。レストランの責任者だから、支配人と呼ぶのは当然のことなのだ。
一八〇センチ以上はあると思えるほどの長身に、ラテン系の顔によく似合う口髭と整えられた黒髪につい目がいってしまう。しばらくすると支配人は礼儀正しい仕草で注文を取りに来た。
「鶏肉のタコスと、それからビール」
「私は、シーフードのタコスと、それと……私もビールで」
由紀につられて頼んでしまったビールは瓶のまま飲むものだった。
なんでもメキシコ発祥のプレミアムビールらしい。飲みやすさにこだわって仕上げたと言われるだけあって、ごくごく喉を通っていく。
いつのまにか舞香と由紀の周りもメキシコ特有のスパイシーなタコスの香りと、ひんやりとしたビールの爽やかな香りに染まっていた。
もともと由紀とは、少し早めに万博会場を出ようと約束していた。来たときとは逆で、私鉄からJR線に乗り換えて名古屋から新幹線にも乗らなければならない。
追加でオーダーしたコーヒーを飲み終えると、レストランを後にした。
「ここ寄ってみない?」
由紀の声に背中を押されて入ったのはイスラエル館。そこは香水の計り売りの行列が出来ていた。
真ん中に香水が入った大きな瓶があり、小さな柄杓を使ってボトルに注がれていく。
吹きガラスで作ったような親指ほどのボトルは下側がふっくらとした形で、クリスタルのような透明感がある。その上に載せられた蓋は、雨の雫を逆さにしたような装飾のもの。
ボトルに収まった香りは、エキゾチックなイスラエル館の空気そのもので、舞香を魅了した。
魅了されたというよりも、それは懐かしさに近い気がする。
あのときの感覚とも似ている。雑貨屋で初めて小さな香水を手にしたときの、置き忘れていたものをやっと見つけたような感覚。
その香りは、遠い記憶の扉を再び静かに開けていた。
どこでも良かったのだ。ランチタイムというには少し早い。それでも、照りつける日差しと喉の乾きから逃れるための場所が欲しかった。
木製のテーブルとイスは深みのある茶色で統一されていた。同じく木製の床に響く靴音は、天井のシーリングファンからのそよ風と共に心地良い空間を演出していた。
「支配人、こっち見てるよ」
早々とメニューを決めた由紀が、合図を送ろうとして舞香を見た。
私は支配人という言い回しに、違和感があったが、次の瞬間ああそうかとひとり心の中で納得していた。レストランの責任者だから、支配人と呼ぶのは当然のことなのだ。
一八〇センチ以上はあると思えるほどの長身に、ラテン系の顔によく似合う口髭と整えられた黒髪につい目がいってしまう。しばらくすると支配人は礼儀正しい仕草で注文を取りに来た。
「鶏肉のタコスと、それからビール」
「私は、シーフードのタコスと、それと……私もビールで」
由紀につられて頼んでしまったビールは瓶のまま飲むものだった。
なんでもメキシコ発祥のプレミアムビールらしい。飲みやすさにこだわって仕上げたと言われるだけあって、ごくごく喉を通っていく。
いつのまにか舞香と由紀の周りもメキシコ特有のスパイシーなタコスの香りと、ひんやりとしたビールの爽やかな香りに染まっていた。
もともと由紀とは、少し早めに万博会場を出ようと約束していた。来たときとは逆で、私鉄からJR線に乗り換えて名古屋から新幹線にも乗らなければならない。
追加でオーダーしたコーヒーを飲み終えると、レストランを後にした。
「ここ寄ってみない?」
由紀の声に背中を押されて入ったのはイスラエル館。そこは香水の計り売りの行列が出来ていた。
真ん中に香水が入った大きな瓶があり、小さな柄杓を使ってボトルに注がれていく。
吹きガラスで作ったような親指ほどのボトルは下側がふっくらとした形で、クリスタルのような透明感がある。その上に載せられた蓋は、雨の雫を逆さにしたような装飾のもの。
ボトルに収まった香りは、エキゾチックなイスラエル館の空気そのもので、舞香を魅了した。
魅了されたというよりも、それは懐かしさに近い気がする。
あのときの感覚とも似ている。雑貨屋で初めて小さな香水を手にしたときの、置き忘れていたものをやっと見つけたような感覚。
その香りは、遠い記憶の扉を再び静かに開けていた。
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
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