宴会クローク、菱野でございます!

智月 千恵実

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第一章 曇った向上心

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 四階のホワイエにあるソファでは、先ほどのゲストと宴会課支配人の西村が話をしている。西村が名刺を渡しているのが見えた。舞香はその様子を四階クロークカウンターからひっそりと見守っていた。
 しばらくすると二人が席を立った。一緒にエレベーター前まで来ると、最後に西村が一礼しゲストを見送っていた。
 
 舞香の頭の中は、大失態という文字がぐるぐると駆け巡っていた。

 裏からは西村と麗奈の話す声が聞こえてきたが、内容まではよく分からない。舞香は裏とカウンターエリアとの境にある扉に限りなく近づいて聞こうとした途端に、麗奈がデスクを立ってこちらに歩いて来た。
 舞香はさっとカウンターに戻り、ずっとここにいましたという風を装った。

「もし取り違えたジャケットを持ち帰ったもう一人のゲストから連絡あったら、連絡先だけ聞いて。あとは私か茉紀が対応するから」

それだけ言うと麗奈は赤のサインペンを取り、カウンターにある宴席一覧表の下に書かれている「菱野 舞香」の欄に赤線をすーっと引き、その右に「16:00」と記入した。

「舞香は十六時上がりで」


 ◇◇◇


「失敗ノート……ですか……?」

舞香は安曇あずみの言葉をそのまま繰り返す。

「そうそう、仕事ってのは失敗しながら覚えていくんだから、失敗するのは悪いことじゃないの。でもね、同じ失敗をするのは愚か者だからねー。だから作るの、失敗ノート」

 そこまで言ったところで安曇のスマホが鳴った。

 安曇はホテルで働く前は美容師をしていたらしい。そのせいなのか、とにかく物腰が柔らかい。
 九〇年代のアイドル似の顔も相まって、ホテル ドゥ マリー横浜で働き始めた頃、彼に惹かれない人はいなかった。デスクの上には彼がポーズを取った自撮り写真が飾られていた。最近入ってきたクローク係の八木 万由子やぎ まゆこが言うには「安曇さんには魔法がかかっている」らしい。
 安曇は今年四十三歳になると言っていたが、どう見ても舞香と同じ二十八歳か少し年上にしか見えない。それがホテル ドゥ マリーの七不思議でもあるのだ。

「まず失敗したことを書くの。次にねーどうしてその失敗をしたかを書いて……」

 舞香は安曇の言葉を思い出しながら、百円ショップで買ったばかりのメモ帳を開いていた。これなら制服のポケットに入ると思って買ったシンプルな黒いメモ帳。


【失敗したこと】
 正しい持ち主にジャケットを渡せなかった。

【失敗をした理由】
 番号札を受け取ったときに、ゲストの特徴を
 しっかり見なかったから。


 考えては書き、書いては消し、ああでもないこうでもないと白紙のメモ帳の前で考えてやっと完成した。
 たったこれだけ書くのに舞香は一時間もかかった。
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