11 / 25
第一章 曇った向上心
10
しおりを挟む
二十分ほど遅れて宴会がお開きとなった。カウンターもホワイエも再び喧騒を取り戻す。
舞香は番号札を受け取り、裏に入る。そして左手に二枚揃えた番号札を持ち、左腕にコートとマフラーの入ったビニールバッグを掛けカウンターに戻ってきた。
カウンターは、預けた荷物を待っている人と番号札を渡そうと手を伸ばしてくる人で混み合っていた。
舞香はぐるりと見回すと、その中にコートとマフラーの持ち主がいないことが分かった。
舞香はゆったりとした仕草でがちゃりと扉を開けホワイエに出ると、視線を彷徨わせる。すると、ある一点で視線が止まる。
カウンターから少し離れたところで、シワ加工のシルバーグレーのシャツの上に黒いカーディガンを羽織った女性がスマホを見ていた。黒いカーディガンの記憶がなかった舞香は、一瞬戸惑う。
それでもその女性に近づくと、その戸惑いは確信に変わった。
(シルバーグレーのシャツのボタンが……おしゃれな黒いボタン……!)
シャツと同系色ではないボタンの色が、舞香の記憶を呼び起こす。舞香はゲストに声をかけると、優雅な手つきでコートとマフラーを渡した。
クロークカウンターに戻る舞香の足取りは自信に満ちていた。絨毯の感触を確かめるかのようなその気取った足取りは、歩を進めるたびに舞香の上半身に振動を伝えた。
舞香は勝ち誇った気持ちが暴走しそうなくらい高まっているのを感じていた。その歩き方がそういう気分にさせるのか、それともその気持ちがそういう歩き方をさせるのか。そんなことを思った舞香は、あることを思い出す。
舞香はなぜか茉紀のことが嫌いだった。歩き方も、話し方も、覚えが早いと褒められることも、仕事ができると認められていることも。
それなのに今、舞香はそんな茉紀を凝縮したような歩き方をしていることに気づいて、唖然とした。その気持ちはすぐに苦笑いに変わる。
(……これ、なんて言うんだったかな……確か四字熟語で……)
心理学の用語だというそれを以前にネットで見たような気がするが、舞香は思い出せない。
特に理由がないのに嫌いになる相手は、自分と同じものを持っているらしい。
大人数のOUTは、会場がお開きになってから最後のゲストがエレベーターで降りて行くまでに三十分以上はかかる。
ゲストが誰もいなくなったホワイエとトイレを確認してきた舞香は、カウンターに入る。茉紀を手伝って番号札の片付けに集中していた。散らかった番号札を片っ端から片付けようとする茉紀を見て、舞香は良いことを思いついた。一桁&二桁、100番代、200番代のように、まずは大きく仕分けした後に細かく分けていくのだ。
舞香の思いつきで始めたこの片付け方法は、後にクロークの片付けのやり方として定着することになるのだが、このときの舞香はまだ知らない。
◇◇◇
「茉紀ちゃん、辞めるらしいよ」
「マジですか? なんで……いつ……?」
舞香が親しみをこめて「まゆちゃん」と呼んでいる八木万由子が、噂だよと念を押しながらおっとりした口調で話しかけてきた。
それから一週間ほど過ぎた頃、その噂は噂ではなくなった。
「まだあと一ヶ月はいますが、お世話になりました」
茉紀はにこにこしながらおどけた様子で、少し早いあいさつの言葉を口にした。
舞香は、茉紀から何か温かいオーラのようなものが滲み出ているのを感じた。くすぶった威圧感のような雰囲気は微塵もなかった。
舞香は番号札を受け取り、裏に入る。そして左手に二枚揃えた番号札を持ち、左腕にコートとマフラーの入ったビニールバッグを掛けカウンターに戻ってきた。
カウンターは、預けた荷物を待っている人と番号札を渡そうと手を伸ばしてくる人で混み合っていた。
舞香はぐるりと見回すと、その中にコートとマフラーの持ち主がいないことが分かった。
舞香はゆったりとした仕草でがちゃりと扉を開けホワイエに出ると、視線を彷徨わせる。すると、ある一点で視線が止まる。
カウンターから少し離れたところで、シワ加工のシルバーグレーのシャツの上に黒いカーディガンを羽織った女性がスマホを見ていた。黒いカーディガンの記憶がなかった舞香は、一瞬戸惑う。
それでもその女性に近づくと、その戸惑いは確信に変わった。
(シルバーグレーのシャツのボタンが……おしゃれな黒いボタン……!)
シャツと同系色ではないボタンの色が、舞香の記憶を呼び起こす。舞香はゲストに声をかけると、優雅な手つきでコートとマフラーを渡した。
クロークカウンターに戻る舞香の足取りは自信に満ちていた。絨毯の感触を確かめるかのようなその気取った足取りは、歩を進めるたびに舞香の上半身に振動を伝えた。
舞香は勝ち誇った気持ちが暴走しそうなくらい高まっているのを感じていた。その歩き方がそういう気分にさせるのか、それともその気持ちがそういう歩き方をさせるのか。そんなことを思った舞香は、あることを思い出す。
舞香はなぜか茉紀のことが嫌いだった。歩き方も、話し方も、覚えが早いと褒められることも、仕事ができると認められていることも。
それなのに今、舞香はそんな茉紀を凝縮したような歩き方をしていることに気づいて、唖然とした。その気持ちはすぐに苦笑いに変わる。
(……これ、なんて言うんだったかな……確か四字熟語で……)
心理学の用語だというそれを以前にネットで見たような気がするが、舞香は思い出せない。
特に理由がないのに嫌いになる相手は、自分と同じものを持っているらしい。
大人数のOUTは、会場がお開きになってから最後のゲストがエレベーターで降りて行くまでに三十分以上はかかる。
ゲストが誰もいなくなったホワイエとトイレを確認してきた舞香は、カウンターに入る。茉紀を手伝って番号札の片付けに集中していた。散らかった番号札を片っ端から片付けようとする茉紀を見て、舞香は良いことを思いついた。一桁&二桁、100番代、200番代のように、まずは大きく仕分けした後に細かく分けていくのだ。
舞香の思いつきで始めたこの片付け方法は、後にクロークの片付けのやり方として定着することになるのだが、このときの舞香はまだ知らない。
◇◇◇
「茉紀ちゃん、辞めるらしいよ」
「マジですか? なんで……いつ……?」
舞香が親しみをこめて「まゆちゃん」と呼んでいる八木万由子が、噂だよと念を押しながらおっとりした口調で話しかけてきた。
それから一週間ほど過ぎた頃、その噂は噂ではなくなった。
「まだあと一ヶ月はいますが、お世話になりました」
茉紀はにこにこしながらおどけた様子で、少し早いあいさつの言葉を口にした。
舞香は、茉紀から何か温かいオーラのようなものが滲み出ているのを感じた。くすぶった威圧感のような雰囲気は微塵もなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる