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第一章 曇った向上心
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二十分ほど遅れて宴会がお開きとなった。カウンターもホワイエも再び喧騒を取り戻す。
舞香は番号札を受け取り、裏に入る。そして左手に二枚揃えた番号札を持ち、左腕にコートとマフラーの入ったビニールバッグを掛けカウンターに戻ってきた。
カウンターは、預けた荷物を待っている人と番号札を渡そうと手を伸ばしてくる人で混み合っていた。
舞香はぐるりと見回すと、その中にコートとマフラーの持ち主がいないことが分かった。
舞香はゆったりとした仕草でがちゃりと扉を開けホワイエに出ると、視線を彷徨わせる。すると、ある一点で視線が止まる。
カウンターから少し離れたところで、シワ加工のシルバーグレーのシャツの上に黒いカーディガンを羽織った女性がスマホを見ていた。黒いカーディガンの記憶がなかった舞香は、一瞬戸惑う。
それでもその女性に近づくと、その戸惑いは確信に変わった。
(シルバーグレーのシャツのボタンが……おしゃれな黒いボタン……!)
シャツと同系色ではないボタンの色が、舞香の記憶を呼び起こす。舞香はゲストに声をかけると、優雅な手つきでコートとマフラーを渡した。
クロークカウンターに戻る舞香の足取りは自信に満ちていた。絨毯の感触を確かめるかのようなその気取った足取りは、歩を進めるたびに舞香の上半身に振動を伝えた。
舞香は勝ち誇った気持ちが暴走しそうなくらい高まっているのを感じていた。その歩き方がそういう気分にさせるのか、それともその気持ちがそういう歩き方をさせるのか。そんなことを思った舞香は、あることを思い出す。
舞香はなぜか茉紀のことが嫌いだった。歩き方も、話し方も、覚えが早いと褒められることも、仕事ができると認められていることも。
それなのに今、舞香はそんな茉紀を凝縮したような歩き方をしていることに気づいて、唖然とした。その気持ちはすぐに苦笑いに変わる。
(……これ、なんて言うんだったかな……確か四字熟語で……)
心理学の用語だというそれを以前にネットで見たような気がするが、舞香は思い出せない。
特に理由がないのに嫌いになる相手は、自分と同じものを持っているらしい。
大人数のOUTは、会場がお開きになってから最後のゲストがエレベーターで降りて行くまでに三十分以上はかかる。
ゲストが誰もいなくなったホワイエとトイレを確認してきた舞香は、カウンターに入る。茉紀を手伝って番号札の片付けに集中していた。散らかった番号札を片っ端から片付けようとする茉紀を見て、舞香は良いことを思いついた。一桁&二桁、100番代、200番代のように、まずは大きく仕分けした後に細かく分けていくのだ。
舞香の思いつきで始めたこの片付け方法は、後にクロークの片付けのやり方として定着することになるのだが、このときの舞香はまだ知らない。
◇◇◇
「茉紀ちゃん、辞めるらしいよ」
「マジですか? なんで……いつ……?」
舞香が親しみをこめて「まゆちゃん」と呼んでいる八木万由子が、噂だよと念を押しながらおっとりした口調で話しかけてきた。
それから一週間ほど過ぎた頃、その噂は噂ではなくなった。
「まだあと一ヶ月はいますが、お世話になりました」
茉紀はにこにこしながらおどけた様子で、少し早いあいさつの言葉を口にした。
舞香は、茉紀から何か温かいオーラのようなものが滲み出ているのを感じた。くすぶった威圧感のような雰囲気は微塵もなかった。
舞香は番号札を受け取り、裏に入る。そして左手に二枚揃えた番号札を持ち、左腕にコートとマフラーの入ったビニールバッグを掛けカウンターに戻ってきた。
カウンターは、預けた荷物を待っている人と番号札を渡そうと手を伸ばしてくる人で混み合っていた。
舞香はぐるりと見回すと、その中にコートとマフラーの持ち主がいないことが分かった。
舞香はゆったりとした仕草でがちゃりと扉を開けホワイエに出ると、視線を彷徨わせる。すると、ある一点で視線が止まる。
カウンターから少し離れたところで、シワ加工のシルバーグレーのシャツの上に黒いカーディガンを羽織った女性がスマホを見ていた。黒いカーディガンの記憶がなかった舞香は、一瞬戸惑う。
それでもその女性に近づくと、その戸惑いは確信に変わった。
(シルバーグレーのシャツのボタンが……おしゃれな黒いボタン……!)
シャツと同系色ではないボタンの色が、舞香の記憶を呼び起こす。舞香はゲストに声をかけると、優雅な手つきでコートとマフラーを渡した。
クロークカウンターに戻る舞香の足取りは自信に満ちていた。絨毯の感触を確かめるかのようなその気取った足取りは、歩を進めるたびに舞香の上半身に振動を伝えた。
舞香は勝ち誇った気持ちが暴走しそうなくらい高まっているのを感じていた。その歩き方がそういう気分にさせるのか、それともその気持ちがそういう歩き方をさせるのか。そんなことを思った舞香は、あることを思い出す。
舞香はなぜか茉紀のことが嫌いだった。歩き方も、話し方も、覚えが早いと褒められることも、仕事ができると認められていることも。
それなのに今、舞香はそんな茉紀を凝縮したような歩き方をしていることに気づいて、唖然とした。その気持ちはすぐに苦笑いに変わる。
(……これ、なんて言うんだったかな……確か四字熟語で……)
心理学の用語だというそれを以前にネットで見たような気がするが、舞香は思い出せない。
特に理由がないのに嫌いになる相手は、自分と同じものを持っているらしい。
大人数のOUTは、会場がお開きになってから最後のゲストがエレベーターで降りて行くまでに三十分以上はかかる。
ゲストが誰もいなくなったホワイエとトイレを確認してきた舞香は、カウンターに入る。茉紀を手伝って番号札の片付けに集中していた。散らかった番号札を片っ端から片付けようとする茉紀を見て、舞香は良いことを思いついた。一桁&二桁、100番代、200番代のように、まずは大きく仕分けした後に細かく分けていくのだ。
舞香の思いつきで始めたこの片付け方法は、後にクロークの片付けのやり方として定着することになるのだが、このときの舞香はまだ知らない。
◇◇◇
「茉紀ちゃん、辞めるらしいよ」
「マジですか? なんで……いつ……?」
舞香が親しみをこめて「まゆちゃん」と呼んでいる八木万由子が、噂だよと念を押しながらおっとりした口調で話しかけてきた。
それから一週間ほど過ぎた頃、その噂は噂ではなくなった。
「まだあと一ヶ月はいますが、お世話になりました」
茉紀はにこにこしながらおどけた様子で、少し早いあいさつの言葉を口にした。
舞香は、茉紀から何か温かいオーラのようなものが滲み出ているのを感じた。くすぶった威圧感のような雰囲気は微塵もなかった。
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