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第二章 空虚な人格者
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クロークインチャージの一人だった藤堂茉紀が辞めてからというもの、舞香は「覚えが早い」とか「しっかりしている」と言われるようになっていた。
それはもともと茉紀が言われていたことであり、舞香自身にも自覚があった。
(茉紀が持っていた資質を私が もらっちゃったみたいじゃない?)
舞香は無意識に自分に話しかけていた。
五階の宴会のOUTが落ち着きクローズすると、舞香は四階に降りてきた。
四階も最後のゲストが帰って行ったところで、あとはクローズするだけになっていた。
「舞香は万由子に鍵の返し方を教えてあげて」
後ろから麗奈の声がかかる。麗奈は、日報を両手で胸に抱えてそのまま宴会事務所に続く階段を降りていった。舞香は万由子と一緒に鍵を返しに警備室に向かった。
外に出ると、空はすでに夜の色に染まっていた。舞香は、駅の北側にあるデパートに行ってみようと思い立った。
(確か、前に由紀の買い物につき合ったときに、あのコスメカウンターの向こう側にスキンケアに混じって香水を見たような気がする……)
由紀とはよく一緒に買い物に行く。もちろん旅行も。先月には、仕事が終わった後にサンライズ出雲を使って出雲大社に向かい、翌日に飛行機で戻ってくるような強行スケジュールをこなしたことを舞香は思い出した。
由紀からのお誘いで愛知万博に行ったときも、舞香以上に目を輝かせていたのは由紀だった。
(店の名前は覚えていないけど、場所は分かる)
急がないと、あと一時間で閉店だ。舞香は足早に駅を通り抜けてデパートに向かった。
デパートの一階のコスメフロアは閉店時間が迫っていることを感じさせないほど、ゆったりとした空気が流れていた。
舞香は花の蕾を象ったような香水のボトルを見つけ、その香りの説明書きを食い入るように見ていた。ピンクから淡いグリーンのグラデーションのボトルは、満開の桜から葉桜に変わっていく様子を表しているかのような色みで、舞香の口からは自然と「綺麗……」と言葉がこぼれた。
その囁きがビューティーアドバイザーにも届いてしまったようだ。
「綺麗ですよね……。そちらは墨の香りがベースになっておりまして、ハーブや緑茶や匂い撫子といったような香りが融合して、全体的に和の香りとなっております」
その言葉に促されるように舞香は「炭?」と聞き返していた。
「あ……『炭』ではなくて、書道で使う『墨』です」
やさしい口調でゆっくりと言葉を紡ぐと、試香紙に香水を吹きかけて、それを舞香に渡した。
深みのある甘さを含んだ香りが舞香の全身を巡った。
その瞬間だった。舞香の脳裏に、古びたパピルスを広げたときの、乾燥した草木の匂いと、石壁に囲まれたひんやりとした空気の感触が、舞香の頭の中で一瞬だけ蘇り、懐かしく感じた。
(私、いま懐かしいって思った? いまの何……?)
それはもともと茉紀が言われていたことであり、舞香自身にも自覚があった。
(茉紀が持っていた資質を私が もらっちゃったみたいじゃない?)
舞香は無意識に自分に話しかけていた。
五階の宴会のOUTが落ち着きクローズすると、舞香は四階に降りてきた。
四階も最後のゲストが帰って行ったところで、あとはクローズするだけになっていた。
「舞香は万由子に鍵の返し方を教えてあげて」
後ろから麗奈の声がかかる。麗奈は、日報を両手で胸に抱えてそのまま宴会事務所に続く階段を降りていった。舞香は万由子と一緒に鍵を返しに警備室に向かった。
外に出ると、空はすでに夜の色に染まっていた。舞香は、駅の北側にあるデパートに行ってみようと思い立った。
(確か、前に由紀の買い物につき合ったときに、あのコスメカウンターの向こう側にスキンケアに混じって香水を見たような気がする……)
由紀とはよく一緒に買い物に行く。もちろん旅行も。先月には、仕事が終わった後にサンライズ出雲を使って出雲大社に向かい、翌日に飛行機で戻ってくるような強行スケジュールをこなしたことを舞香は思い出した。
由紀からのお誘いで愛知万博に行ったときも、舞香以上に目を輝かせていたのは由紀だった。
(店の名前は覚えていないけど、場所は分かる)
急がないと、あと一時間で閉店だ。舞香は足早に駅を通り抜けてデパートに向かった。
デパートの一階のコスメフロアは閉店時間が迫っていることを感じさせないほど、ゆったりとした空気が流れていた。
舞香は花の蕾を象ったような香水のボトルを見つけ、その香りの説明書きを食い入るように見ていた。ピンクから淡いグリーンのグラデーションのボトルは、満開の桜から葉桜に変わっていく様子を表しているかのような色みで、舞香の口からは自然と「綺麗……」と言葉がこぼれた。
その囁きがビューティーアドバイザーにも届いてしまったようだ。
「綺麗ですよね……。そちらは墨の香りがベースになっておりまして、ハーブや緑茶や匂い撫子といったような香りが融合して、全体的に和の香りとなっております」
その言葉に促されるように舞香は「炭?」と聞き返していた。
「あ……『炭』ではなくて、書道で使う『墨』です」
やさしい口調でゆっくりと言葉を紡ぐと、試香紙に香水を吹きかけて、それを舞香に渡した。
深みのある甘さを含んだ香りが舞香の全身を巡った。
その瞬間だった。舞香の脳裏に、古びたパピルスを広げたときの、乾燥した草木の匂いと、石壁に囲まれたひんやりとした空気の感触が、舞香の頭の中で一瞬だけ蘇り、懐かしく感じた。
(私、いま懐かしいって思った? いまの何……?)
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作家 蔵屋日唱
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