宴会クローク、菱野でございます!

智月 千恵実

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第二章 空虚な人格者

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——スピリットオブアユーラオードパルファム

 舞香はシュッと一吹きしてみた。

 確かにこれが墨の香りかもしれない。舞香は「和の香り」を思い切り吸い込んだ。
 香りを色で表現するのは変かもしれないけれど、森林浴をしているようなグリーンの香りから南国の熟したフルーツのようなピンクの香りに変わっていくのが分かる。
 舞香は満足げな笑みを浮かべると、香水をそっとトートバッグに忍ばせた。


 ◇◇◇


 制服に着替えた舞香は、黄色い柄のリボンを付け同じデザインのチーフを広げて真ん中をつまんでそのまま絞るように握る。
 クローク係の中には、毎日チーフに時間を掛けるのが嫌で、折った状態で下側をガムテープで止めて形を固定している人もいる。舞香はそれを思い浮かべながら、握ったほうが下になるように少し折り上げてチーフをポケットに押し込んだ。
 これはクラッシュドスタイルという折り方。チーフの上を整えて完成。良い感じ。ネットの画像通りの出来に満足し鏡の中の舞香に笑顔を向けると、舞香はクロークに向かった。

 麗奈はすでにインチャージ用のデスクで、いつものようにノートパソコンに向かっていた。髪は完璧な位置でまとめられている。

 組み合わされた足を解いて立ち上がった麗奈の膝裏を見て、舞香は顔を曇らせた。
 精緻せいちなガラス細工の表面に、硬いものが当たってできたスジ状の微細な傷のように、ストッキングの伝線が見えた。
 それは意識しなければ見逃すほどの小さなものだった。

(気のせいかな……)

 麗奈は非の打ち所のない「人格者」だ。身だしなみも完璧なはずだ。もしかしたら、天井の蛍光灯が反射して、そう見えただけかもしれない。

 麗奈は大きく伸びをすると少し顔を上げた。出勤してきた舞香をちらりと見て「おはよう」とだけ言ってすぐにパソコンの画面に視線を戻した。

「あ、そうだ、舞香にもシフト作り教えとくよ」

 思い出したように続ける麗奈の言葉に、舞香はぎくりとして動きを止めた。一瞬にして沢山の感情が舞香の中で駆け巡る。

(麗奈に認められた? それってインチャージの仕事だよね? 何か良くない思惑があってのこと? シフト作りやってみたい……)

 その瞬間だった。舞香の周りだけ香水が揺動した。
 カモミール、ローズマリー、クラリセージなどの爽やかな香りに墨の香りが溶け合ったかのような落ち着いた甘さのトップノートが、時間が経つにつれてフルーティな甘さに変わっていく。それが突然ハーブ独特の青っぽい香りだけが主張して舞香に迫ってきた。

 すると、パピルスを開いたときの乾燥した草木の匂い、神殿の石壁に囲まれたひんやりとした空気の感触が、どこからともなく流れ込んでくる。

(この感じ、前にもどこかで……? あ、昨日の夢の……昨日…あれ、いつだったかな……?)

 舞香は改めて麗奈の背中をつくづくと見る。
 麗奈からは揺るぎない自信ではなく、まるで張り詰めた糸が今にも切れそうな、疲弊した影を感じた。
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