16 / 25
第二章 空虚な人格者
5
しおりを挟む
十一月に入っても、麗奈のインチャージ用デスクに置かれたカレンダーは十月のままだった。
麗奈はここ数日、体調が芳しくないという理由で休んでいる。
舞香は、クローク係のリストを私物ロッカーの前のホワイトボードに貼り出した。
「休み希望は10日まで受付中」と赤字で大きく書いておいた用紙には、続々と斜線が増えていく。
(麗奈は何か予感があってシフト作りを教えたのかな……)
麗奈の体調不良とシフト作り。あまりにもタイミングが合いすぎている。
まるで麗奈は自分が体調を崩すのが分かっていたかのようだ。舞香は、浮かんできたそんな考えを急いで振り払うと小さく身震いした。
麗奈は数日どころか数週間経っても回復する様子はなく、原因不明と診断されたようで今だに休みを取ったままだ。
(あの強い香りは、このことだった? 私の失敗の予兆じゃなくて、何か良くないことが起こるってこと?)
少し前に、クローク裏にかかってきた電話で麗奈と話したばかりだ。
「熱があって倦怠感もあって風邪みたいなんだけど……。ずいぶん昔のことなんだけど……バリ島行ったときに湖があって、すごく濁って汚かったんだけど、友達と泳いじゃおうって、湖で泳いだんだよ、でその後、調子悪くなって……髄膜炎になっちゃって……なんか、そのときの症状と似てるんだよ」
麗奈の弱々しい声に、舞香は「クロークは大丈夫だから、ゆっくり休んで」と言うのが精一杯だった。
舞香にはいつのまにか、自分が麗奈に変わってクロークを支えているという自覚が備わっていた。麗奈が不在という困難な状況がそうさせているのかもしれない。
舞香は自分の中にある空っぽの容器が澄んだ水で満たされていくような感覚に浸った。それは貸していたものが返ってくるような不思議な感覚。
その感覚とともに、舞香の脳裏には、十二月の複雑な宴席スケジュールと、書き込まれた休み希望の斜線、クローク係の仕事レベルに合わせた出勤メンバーの編成が、三次元的な配置図のようにクリアに組み上がった。
「……舞香はスキル『仲間を導く知恵』を手に入れました、正しい判断を下す力を発動できるようになりましたっと……」
舞香はRPGの画面に表示される文字に倣って、ぶつぶつと唱えるように呟いた。午前中は宴会がない日ということもあり、クロークの空間はしんと静まり返っている。シフトはほぼ完成していた。
舞香は最終確認するために、十二月のオーダーシートの束に手を伸ばす。たった一日で完璧に作り上げることに満足していた。
麗奈はここ数日、体調が芳しくないという理由で休んでいる。
舞香は、クローク係のリストを私物ロッカーの前のホワイトボードに貼り出した。
「休み希望は10日まで受付中」と赤字で大きく書いておいた用紙には、続々と斜線が増えていく。
(麗奈は何か予感があってシフト作りを教えたのかな……)
麗奈の体調不良とシフト作り。あまりにもタイミングが合いすぎている。
まるで麗奈は自分が体調を崩すのが分かっていたかのようだ。舞香は、浮かんできたそんな考えを急いで振り払うと小さく身震いした。
麗奈は数日どころか数週間経っても回復する様子はなく、原因不明と診断されたようで今だに休みを取ったままだ。
(あの強い香りは、このことだった? 私の失敗の予兆じゃなくて、何か良くないことが起こるってこと?)
少し前に、クローク裏にかかってきた電話で麗奈と話したばかりだ。
「熱があって倦怠感もあって風邪みたいなんだけど……。ずいぶん昔のことなんだけど……バリ島行ったときに湖があって、すごく濁って汚かったんだけど、友達と泳いじゃおうって、湖で泳いだんだよ、でその後、調子悪くなって……髄膜炎になっちゃって……なんか、そのときの症状と似てるんだよ」
麗奈の弱々しい声に、舞香は「クロークは大丈夫だから、ゆっくり休んで」と言うのが精一杯だった。
舞香にはいつのまにか、自分が麗奈に変わってクロークを支えているという自覚が備わっていた。麗奈が不在という困難な状況がそうさせているのかもしれない。
舞香は自分の中にある空っぽの容器が澄んだ水で満たされていくような感覚に浸った。それは貸していたものが返ってくるような不思議な感覚。
その感覚とともに、舞香の脳裏には、十二月の複雑な宴席スケジュールと、書き込まれた休み希望の斜線、クローク係の仕事レベルに合わせた出勤メンバーの編成が、三次元的な配置図のようにクリアに組み上がった。
「……舞香はスキル『仲間を導く知恵』を手に入れました、正しい判断を下す力を発動できるようになりましたっと……」
舞香はRPGの画面に表示される文字に倣って、ぶつぶつと唱えるように呟いた。午前中は宴会がない日ということもあり、クロークの空間はしんと静まり返っている。シフトはほぼ完成していた。
舞香は最終確認するために、十二月のオーダーシートの束に手を伸ばす。たった一日で完璧に作り上げることに満足していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる