果ての光~軍人侯爵の秘密と強制結婚の幸福~

百花

文字の大きさ
11 / 45
第四章

第十一話

しおりを挟む
 表面上どのように接してこようが、軍の内部において私が気を許す事は出来ない。一人になって漸く張り詰めていた空気を緩ませ、溜息を吐く。

 今日は少し早く帰りますか。

 やる事は山積みだが、根を詰めて行った所で長期間に及ぶ仕事においては非効率だ。
 参謀本部前に止められた迎えの馬車に乗り込めば、一族のニールが私を出迎えた。

「お疲れ様です」

「ええ」

 馬の声と共に馬車が進む。軍人の姿が全く見えなくなった所で、ニールが口を開いた。

「今日は随分責められましたね」

「バリエ少佐ですね。聞いていたのですか?」

「はい。まあ」

 人間であれば侵入不可能な場所も、天来衆が本気を出せば潜り込む事が出来る。ニールであれば、そう危険な橋を渡っていないだろうと長年の付き合いから考え、黙認した。

「しかし、彼は面倒そうですね。なんでオールポート大将も彼を連れて来たんだか」

「仕方ないでしょう。我々を知る事の出来る貴族階級で、軍の要職であり、才覚のありそうな人間は限られる。他に選択肢が無かったとも言えます」

「厄介、厄介。これだから人間は。まともな人間が来たと思ったら、直ぐに次が来る」

 彼の言わんとしている事も分かるので、苦笑するに留めた。人間というものは、余りに早く入れ替わる。
 ふとニールが真面目な顔をして言った。

「長。我々は、長さえ号令をかければいつでも身を隠しますよ。何なら、獣のように暮らしたっていいんです。人間は、いつだって勝手だ。長が割を食わなければならない謂れはない」

 実際、それはそう難しい事ではないだろう。現に今でさえ人間に紛れて暮らしているのだから。

 私が一言言えば、嬉々として動くのでしょうね。

 それが想像できてしまい、少し笑う。ニールは冗談に受け止められたと思ったらしく、不満げに口を尖らせた。

「すみません。ニールの気持ちは理解しているつもりです。同じように思っている他の者もいるでしょう。しかし、それでも人間に協力しておいた方が良いと思っています」

「そうでしょうか?」

「我々が此処に来た時と比べて、今の人間達の発展ぶりはどうですか。海では帆船しかなかったあの頃など忘れたかのように、蒸気船に大砲を積んで浮かべている。陸では鉄道を敷設し、空には偵察機が飛ぶ。我々と人間の時間は余りに違う」

 それは生き急ぐ事のない一族にとって、目まぐるしい程の変化である。しかし、この地において異物は我々の方なのだから仕方ない。

「いつか庶民ですら、我々の存在に気付く時が来るでしょう。その時までに態勢を整えておかねば」

 それこそ、獣のように狩られるだけだろう。

 ニールは過去を思い出したのか顔色を悪くし、小さく首を横に振った。

「失礼しました。私の浅慮でした」

 彼が黙ってしまったので、今度は私が口を開く。

「彼女の様子はどうですか?」

「クラリスさんは、新しく彼女についたザラと相性がいいみたいですよ」

「そうですか」

 問われた事に答えながら、ニールは私の様子を注意深く窺う。
 心配されているのは分かっているが、この件に関しては折れるつもりは無かった。自分の不注意が原因の一端であると、そう思っているからだ。

 私が足繁くあの喫茶店に通わなければ。いや彼女が私に気付くと分かった時に直ぐに対応していれば。一族の不安を煽らずに済んだのではないか。

 私が彼女を守ろうと思ったのは、そんな罪悪感がきっかけだったのは間違いない。
 しかし、クラリスが本当の意味で傍にいようと思っていたのを知り、どうにも『あの方』の面影が過るようになってしまっていた。
 今にして思えば、喫茶店に通っていた時もその片鱗を感じ取っていたように思う。
 彼女の素朴な優しさを、我々と向き合う姿勢を、目の当たりにする度に思い出す。人間とはこういう生き物であったと。

 これでは、皆の不安を杞憂だと笑ってやる事は出来ませんね。

 しかしだからどうだと言うのだ。我々は人間の中で暮らしているのだから。人間と共に暮らすのをいくら防ごうとしても、限界というものがあるのを理解していた。

「ニール。アレンビー菓子店へ。土産を買って帰ります」

「……はい」

 不承不承の声に気付かないふりをする。
 甘いケーキでも持って帰れば、きっと彼女は頬を子供の様に赤らめて目を輝かせるに違いない。それがありありと想像出来てしまい、自然と口元が緩んでいく。
 私が彼女に仕事を任せたからか、少しずつではあるが家の者と距離を縮めてきているようだった。
特に庭師のコリンは彼女に一方的に慕われたらしく、何かと新しい植物を強請られているらしい。
最近では倉庫から埃の被った花瓶を見つけたようで、毎日クラリスが見繕った花々が家の中を飾るのを見るのが密かな楽しみとなっていた。

 彼女は変化だった。

 我々が長く生きてきた中で失った、好奇心や驚きといった感情をそのままに体現する。
 クラリスを通して、生の鮮やかさが蘇っていく気がした。
 ポーラの件は随分申し訳のない事をしたと思う。人間の女性について一番詳しい者を選んだつもりだったが、完全に裏目に出てしまった。
 私を思うあまり虚偽の報告をし、クラリスの手紙を全て破棄していたようだ。
 しかしこの件で最も責められるべきは私だろう。一言自らの口でクラリスと話していれば、長い間寂しい思いをさせる事も無かったのだから。
 埋め合わせのつもりで彼女に土産を買って帰るようにしていたのが、あまりに喜ぶものだからすっかり習慣になってしまっていた。

 やはり私は、人間が嫌いにはなれません。

 機嫌がいい私とは対照的に、ニールは物憂げな瞳をこちらに向けている。
 彼の心配を知りつつも、私は彼女が最後を迎えるその時まで庇護者であるのを辞めるつもりはなかった。

 『今度』は必ず守り抜く。同じ轍を二度は踏まない。

 静かな決意を胸に、浮かび上がった過去の忌まわしい記憶を拭おうと、私はそっと瞼を閉じるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

処理中です...