果ての光~軍人侯爵の秘密と強制結婚の幸福~

百花

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第七章

第二十四話 ロードリック視点

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「聖人像の事なんですけど……」

 守護聖人像は今まで安置されていた部屋から移動し、書庫室の一角に移動していた。

「あれがどうしましたか?」
「一緒に見ていただけますか? 確かめたい事があって」

 勿論構わないので頷く。共に部屋を出て書庫室に移動すると、本棚に囲まれた隅に聖人像が置かれていた。
 前に比べると粗雑な扱いになってしまっているが、元々この像に美術品的価値はない。仰々しくし過ぎた為に、不審者の目に留まったに違いなかった。
 この聖人像はハーヴィー様が大事にしていた品である。彼は聖人像に祈りを捧げる事を日課としていた。
 一人あの部屋で聖人像に向き合えば、まるであの時に戻れたような気持ちになったものだ。ハーヴィー様の所持品は殆どが燃えてしまったので、唯一残った形見というのも聖人像に執着する理由である。
 けれど今の私にはクラリスがいる。だから当面の間、只の調度品の顔をしてこの場所にいてもらうつもりだった。
 クラリスはそっとその聖人像を両手で持ち上げる。手入れは彼女に任せているので、クラリスが聖人像に触れたりするのは構わない。
 そしてそれを抱えたまま、小首を傾げて私に聞いた。

「少し、力を込めて構いませんか? 不審者ともみ合いになった時、ここが動いた気がしたんです」

 そう言い、台座の部分をそっと指でなぞった。自分で手入れしていた時、壊さないようにとなるべく優しく扱っていた。だからその部分が動くなど気づきもしなかった。
 僅かな間、迷う。聖人像が破損でもしたら、彼女を責めはしないが自分が酷く落ち込むのは間違いない。
 だからこそ、クラリスも態々私に確認を取ったのだろう。
 そして考えた結果、彼女に任せる事にした。

「構いません」

 動いたからといって、手入れの手段が増えるだけでそう大した事は起きない筈だ。そう思いながらも、長い間見過ごしていた謎に気が付けたような気がしたのだ。
 功労者たる彼女の好奇心を満たすぐらい、許してもいいだろう。

「ありがとうございます!」

 クラリスは笑顔を浮かべ、早速少しずつ台座に力を込める。すると鈍い音を立てながらも、ゆっくりと台座は回転し始めた。
 どうやら本当に動くように出来ていたようである。しかし金属のそれは長い間に錆が出来ており、途中で彼女の力では動かなくなってしまった。

「代わります」

 聖人像を受け取り、ゆっくりと力を込めていく。やがて聖人像の台座が外れ、中から丸められた紙が出てきて床に落ちた。

「紙?」

 クラリスが出てきたものを見て首を傾げる。私も全く心当たりはない。
 さては祈りの聖句でも入っていたのだろうか。聖人像を台の上に置き、床に落ちたその紙を拾い上げてみる。
 そして書かれていた余りにも懐かしい文字に、言葉を失った。

 隠し子がいる。どうか、守ってやってほしい。目印に宝珠を持たせた。

 端的なその文字の後に、母と子供の名前が書かれている。
 第三者に見られる事を恐れたのか、書いた者の名前は書かれていない。けれど私にはその文字がハーヴィー様であるのをすぐに確信した。

 あの時の口約束を、果たしてくれていたのですね。

 恩に報いる為の命令をくれと、懇願した事をハーヴィー様は覚えていたのだ。
 四百年の時を超えて、彼に言葉をかけられた気がした。感情が、追いつかない。
 ハーヴィー様の命令を知った喜びと、今更知った後悔と。
 胸が苦しい。どうして私は直ぐにこの事に気が付かなかったのだろう。

「ロードリック?」

 苦しくてどうしようもなくて、溺れる者が藁にも縋るように、目の前で何が起きたのか分からず見上げてくる人間の娘をかき抱く。
 驚いて息を飲む音が聞こえたが、放してやる訳にはいかなかった。

 ハーヴィー様。残される私の事を、思ってくれていたのですね。
 ハーヴィー様。どうしてこんな分かり辛い方法を選んだのですか。
 ハーヴィー様。貴方自身も、あれほど早く亡くなるとは思っていなかったのでしょうね。
 ハーヴィー様。こんなにも遅くなってしまって申し訳ございません。
 ハーヴィー様。今からでも、間に合いますか。

 唯々、目の前からいなくなってしまった彼に胸中で語り掛ける。答えが無いのを知りながらも、自分が止められない。
 抱きしめたクラリスの肩が涙で濡れていく。支えを求めるようにクラリスに寄りかかったせいで、立っていられなくなった彼女が床にへたり込んでしまった。
 それでも両手を放さずに、私自身も床に座り込んでクラリスを抱きしめ続ける。
 私の中に、大きな穴がある。そしてその穴は、クラリスにしか埋められない気がした。
 だから私は必死で彼女に縋りつくしかなかった。驚き硬直していたクラリスが、何かを察したのか力を抜いて私に身を預けてくれる。
 それをいい事に私は彼女を腕に閉じ込めたまま、胸の中を荒れ狂う嵐を耐え忍んだ。
 柔らかな小さい手が、そっと私の背中に触れる。泣きじゃくる子供をあやす様に、ゆっくりと。
 その温かさにひれ伏したように、嵐が少しずつ収まりだした。私はクラリスのその手の動きに合わせるように息を吸って、吐く。
 吸って……吐く。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 漸く少し理性を取り戻し顔を上げてクラリスの表情を確かめれば、心配そうに見上げていた。

「……どうしたんですか?」
「ハーヴィー様の遺言でした」

 両腕の力を緩めつつ、それでもクラリスを放さないまま彼女の質問に答えた。

「隠し子がいたようです。そして私に守れと。あの方は立場上、結婚を許されていなかった。だから密かに恋をして、子供まで儲けたのに誰にも言えなかったのでしょう」

 遺言に興味を惹かれたのか、クラリスが私の手の中にある紙をそっと取り、開いて中を確認した。

「宝珠?」
「私が彼に渡した、我々の宝です。命の塊。大きさはこれぐらいの、暗闇で淡く光る白い玉です」

 指で真珠程の大きさを作る。そしてそれを見て、クラリスの顔が陰った。
 そんな小さな物を目印に、数百年前の人物を探すのがどれほど難しい事か分かったのだろう。
 私は漸く彼の死後も守り続ける事が出来る命令を手に入れたというのに、その困難さに眩暈がする。
 けれどクラリスは気持ちを切り替え、明るく言ってくれた。

「大丈夫です。天来衆は諜報部隊なんでしょう? きっと見つかります」

 確かに、今の立場は情報を集める上で最適の立場である。彼女の言葉に、僅かに気分が向上した。

「……そうですね。皆を信じます」

 クラリスの存在に慰められる。彼女は私の福音である。後の嘆きの代わりに得た、幸福の塊のようだった。

「クラリス。ありがとうございます。貴女がいなければ、いつまでも私は彼の遺言に気付けなかった」

 いつかこの人も私を置いて逝ってしまうのを知っている。ハーヴィー様と同じように。
 しかし彼女が気付かせてくれた彼の血統は、見つけ出しさえできれば今後長い時を生きていく中での支えとなるに違いない。
 それをどれほど私が欲していたか、クラリスは知らないだろう。
 座り込んだ私の足の上にクラリスを乗せ、私の様子を心配そうに見つめる彼女に微笑みを返した。
 短い時間しか共にいられないからこそ、一分一秒さえ惜しんで傍にいたい。
 華奢な体に惑わされ、強かな心に尊敬の念を抱き、寄り添う優しさに救われる。

「クラリス」

 募る思いの丈を口に出そうとした。
 けれど見上げてくるクラリスの寂しそうな微笑を見て、私は何も言えなくなってしまったのだった。

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