果ての光~軍人侯爵の秘密と強制結婚の幸福~

百花

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第八章

第二十六話

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「わぁ」

 積み上げられた本の山に目を輝かせる。此処は久しぶりに足を運ぶことが出来た、街中の大型書店だった。
 真面目に大人しくしていたお陰で、遂に自由な外出許可を得られたのである。思い返せば随分長かった。
 不審者が来た時の私の行動を見て、天来衆の皆が信用してくれるようになったのかもしれない。その点だけは、あの不審者に感謝しなければならないだろう。
 ついて来てくれたザラさんは私を微笑ましそうに見る。長い間、退屈な時間と戦っていたのを見ていたからか、共に喜んでくれた。

「それでは、私は此処でお待ちしておりますね。久しぶりですし、ごゆっくりお楽しみください」

 店の入り口付近で丁寧に腰を折り、私を見送ってくれる。久々の外出なので、一人でゆっくり楽しめるように気を使ってくれたのだ。
 その好意に素直に甘える事にする。本屋の中だけなので、そう危険もないだろう。
 いつも通りに好きな作家達の小説が積まれた場所を見に行き、籠っていた間に出版されていた新刊を数冊手に取る。
 思っていたよりも多い数に、閉じこもっていた期間の長さを実感させられた。
それから最近の趣味である手芸や園芸の本も見回ると、本の数はそれなりの数になってしまう。

 後は……一応軍関係の本も見ておこうかしら。

 夫の事を少しでも理解しようと、軍事関係の書物が置かれた本棚へと足を運ぶ。
 周辺には軍服を着た人が数人いるばかりで、私のような女性が近づくような場所ではなさそうだった。
 何となく気後れしてしまって周囲をうろついていると、何者かに背後から肩に手を置かれ、驚いて後ろを振り向く。

「失礼。驚かせるつもりはありませんでした」
「貴方は……バリエ少佐、でしたでしょうか」

 軍服姿の見覚えのある顔に、記憶を頼りに名前を呟くと彼は如何にもといった風に微笑んで頷いた。

「今日はお一人ですか?」
「ええ。そうです」

 とても好意的な笑みを浮かべて接して来てくれるのだが、夫へのあの態度を思い返すと額面通りに受け取って良いのかとても迷ってしまう。
 ここは自然に離れて距離を取るべきかと思い、社交辞令の笑顔と言葉を彼に向けた。

「偶然ですね。あの時はご心配いただいてありがとうございました。では、これにて……」

 失礼します。と言いかけた私の手首を、バリエ少佐はがしりと掴む。思わず少し振ってみるが、掴まれた手が離される気配がない。
 彼の顔に視線を向けると、彼は変わらずの笑みを浮かべたまま口を開いた。

「良ければ少しお話しませんか?」

 丁寧に聞いているような口調だが、掴まれた腕が離れないのはそう言う意味だ。
 騒げば直ぐに人が来るような場所なので、変な事もされないだろうと諦めて頷けば漸く手首から手が離された。

「ありがとうございます。屋上で休憩できる場所がありますので、そちらに行きませんか?」
「分かりました」

 彼の言う通りに屋上へと出ると、確かに数脚のベンチが設置してあるが他には観葉植物が幾らか置いてあるだけなので他には誰も居なかった。
 ベンチに隣り合って座り、バリエ少佐が口火を切るのを待っていたが、繁々と観察されるばかりで困ってしまう。

「あの……何か私に聞きたい事でも?」
「ああ、すみません。あの時の事が本当だったのか一度お聞きしたかったのです。まさかあの屋敷に人間がいるとは思ってもいませんでしたので」
「その事でしたら、事実です。私は彼の妻です」
「どのように知り合ったのか、お聞きしても?」

 ロードリックの不都合にならないようにはどう答えるべきか。私の両親に言った設定ならば問題ないだろうか。

「喫茶店の従業員と、常連客でした」
「……普通なんですね」
「嘘だと思いますか?」
「分かりません。奴らは……ああ、いえ、彼らはいつも嘘を身に纏っていますから」

 さらりと言われた言葉が針のように鋭く私を突き刺す。バリエ少佐が天来衆を嫌いである事がひしひしと伝わってきて、その妻である私は非常に居心地が悪かった。
 けれど少し分かる気もするのだ。人間の振りを出来る生き物が、すぐ傍にいる事への嫌悪感。それは最早生物としての本能的な拒否反応に近いものなのかもしれない。

「天来衆の事はいつお聞きしたのでしょうか」
「結婚する前ですね」
「隣にいるのは本物の夫では無いのかもしれないと、疑ったりはしないのですか?」

 本当は見分けがつくが、そんな事を迂闊に話すわけにはいかないので暫し考えて言葉を選ぶ。

「私を騙す利益がありませんから。それに天来衆の皆さんは確かに特殊な能力を持っていますが、心は人間と驚くほど変わりません。夫を信頼しています」

 そう答えると、バリエ少佐は顎に手を当てて何かを考えているようだった。
 これで偏見が少しでも改善されればと思うが、望みすぎかもしれない。

「色々お答えいただいてありがとうございました。……けれどやはり私は、彼から離れた方が良いと思います」

 予想通り、バリエ少佐は考えを変える気はないらしかった。私への気遣いはあるが、天来衆への敵視は相変わらずである。

「何故でしょうか?」

 彼なりの理由があるのだろうと首を傾げて問えば、彼の顔に暗い影が差していく。天来衆への不審がそんな表情にさせるのだろう。

「ムーアクラフト家は、六百年続く由緒ある名家です。私は彼の家を調べました。家系図、逸話、領地の歴史など。少なくとも五百年前まではただの人間だった事に間違いありません」

 バリエ少佐は天来衆への不審から、過去を調べていたらしい。確か彼等がこの場所に来たのが四百年前なので、それ以前のムーアクラフト家は確かに人間だったはずだ。

「明らかに優遇された条件で領地と侯爵位を与えられたのが三百年前。この頃にはもう天来衆へと成り代わっていたと推測されます」

 バリエ少佐の懸念が見えて来た。彼らは人間に成り代われる。それこそ『誰にでも』。

「同じように。……もしも天来衆が王家に成り代わっていたとしたら?」

 彼は私が天来衆であるか確かめるように、目をすがめて私を見た。

「一体誰がそれを見破る事が出来るのですか。私は今でさえ恐ろしい。自らの上に仰ぎ立つ者が、奴らかもしれないと思わぬ日はない」

 この人の天来衆嫌いは、高い忠誠心故だったのか。私は納得して、しかし天来衆側の日常を見過ぎている為に胸が苦しくなる。
 あれほど心身ともにこの国の為に天来衆の人々は尽くしているのに、バリエ少佐のような人は必ず一定数いる筈だ。
 守るべき人から。共に戦う同僚から。天来衆はどれだけ尽くしても決して本当の意味で仲間に受け入れられる事は無い。
 だから彼らは人間を避けるように同胞だけで寄り集まっているのか。それに気が付いてしまい、胸の中が締め付けられたように苦しくなる。
 でも、私なら彼らの仲立ちをする事が出来るのではないだろうか?
 誰が天来衆で、誰が人間かを保証すれば、彼らの功績が正しく評価されるのでは?
 そこまで考えた所で、ロードリックの許し無くそんな事を勝手に言える筈もないと思いなおした。
 それは劇薬だ。下手をすれば天来衆を全員殺そうとする人に利用されるだろう。
 だからバリエ少佐に向かって、こう言うしかなかった。

「それでもあの方達は……この国の為に粉骨砕身して下さっています」

 私は立ち上がり、バリエ少佐へと一礼する。

「いつかバリエ少佐にもそれが伝わりますように」

 これ以上言葉を尽くしても、彼には伝わらないだろう。だから踵を返し、その場を後にする。
 その背中をじっと彼が見つめている事に、気が付く事は無かった。





 立ち去っていくムーアクラフト夫人の後ろ姿を見て、バリエ少佐は首を傾げる。
 何故そこまで、彼らを信じられるのか全く理解出来ない。
 そしてムーアクラフト少佐が只の恋愛感情から、自らの正体を一般人だった彼女に伝えたのだとは到底思えなかった。
 何かが、彼女にはあるのだ。
 去って行った扉を暫く眺めながら考えを纏め……それは唐突に彼の頭に閃いた。

「……見分けられるのか?」

 彼の問いに返事をする者は誰も居なかったが、バリエ少佐の口元には堪えきれない歪んだ笑みが浮かんでいた。

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