果ての光~軍人侯爵の秘密と強制結婚の幸福~

百花

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第九章

第三十一話

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 リビングで暇つぶしに刺繍をしていると、誰かが扉を開ける音がした。

「クラリス。此処に居ましたか」

 ロードリックは軍服姿のまま、とても嬉しそうに私に近寄ってくる。
 何か良い事でもあったのだろうかと首を傾げていると、その手に小さな小箱がある事に気が付く。
 見覚えのあるその小箱に、先日注文していた指輪が完成したのだと気が付いた。

「つい先程、届けられたみたいです」
「思ったより早かったですね」
「ええ。急いでくれたようです」

 折角両親とロードリックが作ってくれた指輪である。実の所、私も内心気になってしまっていた。刺繍を机の上に置くと、ロードリックはその手を取り指輪を私の指に嵌めた。
 繊細な蔦がぐるりと一周し、細い部分が華奢過ぎて心配になるぐらいなのに、どれほどの技術力なのか力を込めても微動だにしない。
 花のようにあしらわれた小さな宝石は一見ささやかだが、見る角度によって赤や青に色を変え、それが貴重なアドラテリアと呼ばれる超希少鉱物の魅力を知らしめていた。

「……凄い」

 流石に私も魅入ってしまう。宝石店の娘として店頭に並ぶ品々を見てきたが、これほどの物は危険すぎて店先に置けない。何年かに一回、店で出るかどうかの最高級品だった。

「良かった。これは、受け取ってくれるのですね」

 ほっとしたロードリックの顔に、申し訳なくなって俯いて床を見た。

「分かっています。クラリスは無理矢理此処に連れてこられ、仕方なく私の妻になったのだと。貴女が身を寄せてくれるのは、私を守護者として認めてくれているからに他ならないと」

 否定するだけの意気地は無かった。だから黙って、傷が混じった彼の言葉を聞く。

「けれど私は、貴女を愛してしまった」

 そこには天来衆も、貴族も、軍人も、誰もいなかった。
 ただの一人の男として、厄介な女の気を引こうとしている。
 私は床から徐に視線を上げ、彼の顔を見た。
 他には何も目に入らない程の至近距離に、ロードリックの顔があった。
 眉間に少し力を込め、物憂げに睫毛を揺らし、口元は緊張しているのか引き締まっている。
 想いを返せれば、どれだけ良いだろう。

「私は、」

 愛していると言ってしまいたい。けれど、けれど、どうしても。

「私は……」

 ロードリックの寂しい姿が脳裏から離れなかった。
 いっそ彼が人の死など何とも思わない淡白な人であればいいのに。私の死後顔も忘れて、亡骸など塵芥と同じように扱ってくれればいいのに。
 その時こそ私は喜んで彼の胸に飛び込むだろう。
 けれど現実は真逆で、誰よりも命の重さを知る人だった。そしてそれだからこそ愛おしく思うのだと、儘ならない現実が私を打ちのめしていく。
 言葉さえ上手く紡げない私を、彼は只管に待っていた。
 それでも答える事が出来なくて二人の間に落ちた痛いほどの沈黙を、誰かが扉を叩く音が破壊した。

「……どうぞ」

 ロードリックは近すぎた私との距離を遠ざけて、人目に見られても問題のないように体裁を整える。
 私もなるべく普段通りの顔を取り繕い、入ってくる人を出迎えた。

「失礼します」

 入って来たのは以前私を尋問したブルーノだった。思ってもみなかった人物の登場に、当時の事を思い出して体が固まってしまう。
 ブルーノも私の事を理解しているようで、気まずそうな顔をしながらもロードリックに一礼した。

「何の用ですか?」
「ハーヴィー様の血統の調査が終わりました。急ぎ報告した方がいいと思いまして、出向いた次第です」

 部屋の空気が一気に緊迫したものへと変わる。

「分かりました。報告書を机の上に置いて、直ぐに退出してください。ご苦労でした」

 ロードリックの命を受け、ブルーノは指示通りに厚い書類を机の上に置き、ロードリックに一礼して部屋を出て行こうとする。
 扉を締め切る寸前、私に向かって僅かに目礼したのは気のせいだろうか。

「すみません。彼と顔を合わせないようにしていたのですが、この報告書だけは急ぎ持ってくるように言っていたので……」
「大丈夫です」

 私にとっては恐怖を思い起こさせる人だが、ロードリックにとっては大事な同胞だろう。それに、以前の冷たい視線ではなかった。
 それよりもロードリックが気を配ってくれていた事が、じわりと胸を温めた。
 ロードリックは緊張した面持ちで、厚い書類をその手に取ると私の隣に深く座る。
 余りに真剣な表情に声をかける事が出来ず、ロードリックが一枚、また一枚と紙を捲るその様をただ静かに見守った。
 どうか、ハーヴィーの子孫が見つかりますように。
 この人のこれから先の縁となりますように。
 そんな切なる願いを胸に抱きながら、只管待つ。
 彫刻のように物静かな二人の人影の前で、暖炉の炎だけが淡く揺らめく。
 使用人達の足音も聞こえず、窓の外も息を飲むかのように風が止まっていた。
 世界の全てが彼の邪魔をしないようにと努め、悲願の結末を静かに見守る。
 やがて最後まで見きったロードリックが、難しい顔をして大きく息を吐いた。
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