僕の患者に迫られています 年下バスケ選手のファストブレイク(速攻)

羽多奈緒

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19. 恋を賭けた試合の行方

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 かたきを取ってやると言われたようで、
 樹生の元カレに嫉妬してくれたようで、
 翔琉の言葉や態度に、くすぐったいような反面、まだ怪我からの回復が万全とは言えない彼が無茶しないだろうか。それが気掛かりだった。
 因縁のウォリアーズ対サンダーズ戦当日。樹生がコートサイドに出張でばると、三芳やウォリアーズ選手の目にも留まるだろう。下手に彼らを刺激したくない。それに、いかにも翔琉の応援に来たみたいで気恥ずかしい。結局、樹生は開始時間ギリギリに観客席後方へと滑り込んだ。
 背番号3を付けた翔琉はベンチスタートだ。主治医がまだフルタイム出場を許可していない。序盤は、翔琉の所属チーム・サンダーズがやや劣勢だ。翔琉の替わりにスモールフォワードのポジションに入っている選手の動きが固い。シュートを続けて外し、焦って余計フェイントにめられているように見える。かたやウォリアーズのプレイは冴えている。シューティングガードの三芳は、きびきびした動きで、立て続けにシュートを決めている。スリーポイントを決めた後、チームメイトとハイタッチし、得意げな表情だ。
 このタイミングで翔琉がコートに入った。淡々とチームメイトの背を叩き、一言二言交わしてプレイに加わる。表情は全く平静だ。
 問題は、前回のラフプレイの恨みを相手が忘れていないことだった。三芳以外も含めウォリアーズ選手の翔琉への当たりは明らかにきつい。反則スレスレの猛チャージに、観客席もざわついている。樹生の前にいる男性二人は前回試合も見ているらしく、興奮気味に語っている。
「うわー。岡田、削られてるなぁ」
「これ絶対、前回の意趣いしゅ返しでしょ」
「だろうね。岡田、親のかたき殺しそうな勢いで殴りかかってたもんなぁ」
「三芳、喧嘩としては完全に負けてたもんな。……にしても、試合中に岡田があんな感情的になるの初めて見たわ」
「三芳が挑発したんでしょ? 一昨年、去年と続けて岡田に得点王獲られたもんな。今年も怪我さえなければ岡田だったろうし。三芳、焦ってんのか?」
(ただでさえ慎は体裁を気にするのに。人前でコテンパンにされたら絶対根に持つよなぁ)
 今更ながら、樹生の背を冷や汗が伝う。
 複数の選手がジャンプしてボールを取り合い、着地した。その中にいた翔琉は、他の選手と脚が絡まり転倒した。樹生は反射的に立ち上がり、身を乗り出す。膝を押さえて苦しげに身体を丸めている翔琉の姿を見るや否や、思わずコートサイドに飛び出していた。スタッフに両脇を支えられてコートの外に運び出された翔琉は、樹生の顔を見つけ驚いたが、樹生は意に介さず、プロらしく彼の膝をチェックする。
「……うん。靭帯じんたい半月はんげつばんも問題ないと思う。だけど、あんまり無茶するな。また手術になったらどうするんだ。他の場所から腱を持ってこなきゃいけないから、やればやるほど全身のバランスが悪くなるんだぞ⁉」
 険しい表情で叱りながら丁寧にテーピングする樹生に、翔琉が押し殺した声で訴える。
「止めないでください! ……男には、やらなきゃいけない時がある。俺にとっては、それが今なんです」
「止めないよ。僕が何を言ったって、どうせ試合に出るつもりなんだろ?」
 共犯者のようにニヤリと樹生が笑い掛けると、翔琉も頬を緩めた。背中を叩いてコートへ送り返す。彼は両手を叩き、大きな声をあげてチームメイトの輪の中に戻っていく。
 サンダーズの選手同士がサインを送り合い、それを契機に攻撃のやり方が変わった。ゴール下の長身の選手がペナルティエリアの外へ動くと同時に、翔琉はトップにいる選手にパスを出す。自分はゴールに向かって走り、相手チーム選手をひきつけながら味方選手のスクリーンになる。同時に外から走り込んでくるガードが手薄になった他の選手がパスを貰ってシュートを決める。
「よし!」
 マネージャーや控え選手がガッツポーズする。手品を見せられたようにポカンとしている樹生に、マネージャーが嬉しそうに耳打ちして教えてくれた。
「フレックス・オフェンスっていう連係プレイです。怪我の功名じゃないですが、得点王の翔琉が試合に出られない間に練習したんですわ。これまでのプレイだと、どうしても翔琉の負荷が高くなってしまうので」
 ウォリアーズの選手が唖然あぜんとしている間にボールをカットし、同じ構図で攻撃に入る。
「さすがに同じ手は二度通じないんじゃないですか?」
 樹生がマネージャーに囁くと、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「見ててください。次は、横スクリーンに加えて縦スクリーンが掛かりますから」
 マネージャーの宣言通り、ウォリアーズの選手はさっきと同じプレイにはきっちり守備を固めてきたが、更に翔琉からパスを貰った選手が縦に走り込み、ペナルティエリアの外にいた長身の選手がスリーポイントを放つ。
「すごい! スルスルとパスが通る!」
「でしょう? 縦に横にとスクリーンを作るので、ディフェンスするほうはすごく守りづらいんです。でも、選手の息が揃わないと決まらないので、かなり練習がいるんですよ」
 興奮する樹生に、マネージャーは満足げに解説してくれた。
 シュートの起点が読みづらくなり、ウォリアーズの選手が戸惑っているのが見て取れた。両チームの点差がじわじわと詰まっていく。四点差まで追い上げた。ラスト一分。サンダーズの選手が見事なレイアップシュートを決める。あと二点、ワンゴールで同点だ。

 たやすく追い上げているようにも見えるが、サンダーズの運動量が甚大なことは、選手たちの身体から噴き出す汗で分かる。翔琉は、ぐいとユニフォームのシャツを引っ張り上げ、汗が滴り落ちる顔を拭った。引き締まった腹筋と背筋が覗き、樹生は一瞬視線を泳がせる。
(僕のバカ! 変なこと考えてる場合じゃないだろ! ……それにしても、良い表情だ。やっぱりトレーニング中とは全然違う)
 真剣勝負に挑む表情や躍動する肉体の美しさに、改めて目を引き寄せられる。そんな選手たちの中でも、翔琉はひときわ輝いている。
(ん? ……いやいや、それはないっしょ。まさか『惚れた欲目』なんて。……でも、確かに試合中の翔琉はいつもにも増して格好良いなあ)
 飛び散る汗の一粒一粒までもが光って見える。樹生は、うっとりと翔琉を眺めながら、彼が三芳よりも多く得点したら改めて樹生に告白すると言っていたことを思い出した。

 他の誰でもない自分自身の、今の本当の気持ちは――?
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