召喚世界のアリス

天野ハザマ

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異界の国のアリス

私、巻き込まれました

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「よくぞ、ここまで余に抗った……だが此処までだ。死ぬがよい!」
「ここまできて、誰が死ぬもんですかあ!」

 放たれる極太の光線を横ステップで回避し、続けてやってくる光弾の弾幕を前へと走る事で回避していく。
 うん、大丈夫。この時に備えて整えた体調は完璧、私の目は攻撃を追えているし、反応速度も問題ない。

「でやあああ!」

 弾幕の唯一の範囲外である足元に入り込み、スペードソードでの連撃を繰り出す。
 3、4、5、6……まだまだ! もっと腕の限界まで振るえ私!
 此処での削り具合が後々響いてくるんだから!

「あ、やば!」

 弾幕が終わっていた事に気付き、私は慌てて後方へと跳ぶ。
 連続でバク転を極めるかのような高速移動する私を、地中から生えてくる触手がワンテンポ遅れて追う。よし、大丈夫。このパターンはもう覚えてる。問題は……次!

「さあ……終幕の時だ!」
「貴方のね!」

 放たれる視界いっぱいの弾幕を、私は何度も研究し練習した動きで避けて進む。
 初見殺しと言われる此処からのコンボは廃人扱いされる連中でも匙を投げた極悪難易度。
 発売から七か月たって「クリア不能のクソゲー」扱いされたこのゲームを、私はずっとやりこみ続けていた。

 VR……バーチャルリアリティのゲームが技術的革新を迎えた第2黎明期と呼ばれた時期に発売された有象無象のゲームの中の1つ「破滅世界のファンタジア」。
 1人用アクションRPGとして発売されたこのゲームは、プレイヤーに豊富な体力と注意力を要求し、尚且つ初見殺しを豊富に盛り込み、各種スキルには音声入力必須のものがあり、トドメにストーリーに救いが全くないという……まあ、クソゲー要件を進んで満たしにいってるんじゃないかというゲームだったりする。
 VRゲームならではの三次元戦闘の概念、つまり前後左右に加え空中からの敵の攻撃、そして水中や地中からも敵の不意打ち攻撃が来る始末。
 砂漠ステージでアリジゴクの罠に引っかかったタイミングで空から絨毯爆撃が来た時には、本気で開発メーカーに殺意が湧いた。

 ともかく、世の中がRPGや農園ゲームなどのVRの利点を活かしたゲームを中心に移行していく中、私がこのゲームをやりこんでいたのには理由がある。
 この「破滅世界のファンタジア」で選択できる主人公は3人。
 パッケージの正面に映るメイン主人公でイケメンの魔法剣士。眼鏡で知的クールな印象の魔導士。そして最後に、今私が使っている近接オンリーの剣士の少女、アリス。

 青いドレスのような服に、胸元に赤いダイヤの輝く銀色の胸部鎧、トランプのスペードをモチーフにしたと思わしき剣。
 たなびくロングの金髪が可愛らしく、開発メーカーがせめて多少の萌え要素をと放り込んだ唯一の良心なんじゃないかと勘違いする風貌だ。
 私がこのゲームをやりこんでいるのは、このアリスに惚れ込んだという単純な理由に尽きる。

 誰に言っても「馬鹿みたい」と言われる自信はある。
 でも、愛ってそんなもんじゃないかなって思う。
 惚れ込んだアリスの為に、この「破滅世界」を救いたい。
 そんな「愛」が私を突き動かし続けてきた。

 しかしながら、この極悪難易度のゲームにおいて近接オンリーはそれだけで縛りプレイであり……正直、めちゃくちゃキツかった。
 何しろ、爆撃機を落とすのに敵を利用して2段ジャンプを活用して……といったような裏技じみたテクを使わなきゃいけないのだ。

 フィールド全体に効果を及ぼす超範囲攻撃「ボム」もあるにはあるが、回数限定のコレを安易に使うわけにもいかない。
 ボムを気楽に使う奴は死ぬというのは、この手のゲームの鉄則だ。

 ともかく、温存したボムも此処に至っては選択肢の1つに入る。たとえば……相手の触手を足場にジャンプした瞬間を狙って撃ってくるような、この極悪弾幕。
 どうやっても回避不能なソレはしかし、敵弾を全て消し去るボムの前には無意味!
 私は手の中に黒いクローバー型の「ボムマテリアル」を顕現させる。

「クローバー……ボム!」

 視界が光で染まり、ボムが弾幕を消し去っていく音が聞こえる。
 その光が消えたその瞬間……ボスへ向かって跳んでいた私の目の前に、ボスのどでかい顔面が見える。
 猶予は3秒、それ以上たてば対空ビームが私を撃ち落とす。でも、大丈夫。ここまでの間に、必殺ゲージはMAXまで溜まりきっている。輝くスペードソードを構え、叫ぶ。

「ジョーカースラアアアッシュ!」

 斬り上げるような軌道でスペードソードを振るい、全てのエネルギーをボスへと叩きこむ。

「ぐ、ぐああああああああああああ!」

 発射されようとしていた対空ビームがキャンセルされ、私はボスの眼前の地面へと降り立つ。
 よし、倒した! そんな確信を得る私の前で、動きを止めたボスが静かに語り出す。

「ふ、ふふ……まさか余を滅ぼすとは、な。ヒトの執念とはかくも凄まじき、か」
「まあ、私ってば努力出来る天才だしね!」
 
 七か月かけるのを天才と言っていいかはさておこう。些細なことだ。

「喜ぶがいい、人間。この世界は滅ぶが、余も滅ぶ。貴様は、全世界を救ったのだ……」
「は、はあ!? そういうオチ!?」

 破滅に抗えって謳い文句じゃなかったっけ、このゲーム! 今どきそんなオチ流行らないんですけど!
 
 ドゴゴゴゴ、と凄まじい音と共に地面が揺れ始め……私がメーカーへの文句を叫ぼうかと思った矢先、空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
 え、あれ。まさか此処で何か救いがある的な……?
 そんな事を思う私の視線の先で、魔法陣から1人の男がゆっくりと落ちてくる。
 ……なんかどう見ても現代日本人ぽいけど、これってそういうゲームじゃないよね……?

「え、あれ!? 何だコレ……ってうわ、バケモノ……って死んでる!?」

 うーわ、騒がしっ! ここにきて要素詰め込みすぎでしょ。このエンディング他人に見られたらクソゲーベスト10くらいに入りそう。とはいえ、ここで放り投げるのももったいない。
 私が無言で見下ろしていると、座り込んでいた男は私を見て驚いたような表情になる。

「君は……」

 その言葉が終わるより前に、空中に残っていた魔法陣が更に強い輝きを放ち地面に新たな魔法陣を作り出す。そう、丁度……この男と私を囲むように。まるで、これ以上邪魔するなと叫ぶかのように。

「え、何?」

 突如、何かを引き剥がされるような感覚が私を襲う。それが何かを意識で理解するその前に、私達は何処かへと落ちていく。

 ……けれど、たぶん。この時の私の魂は気付いていた。
「私」が死んで。私が、生まれたのだと。
 もう戻るなんて、出来ないのだと。

 そして私は……同時に思っていた。
 私の一生懸命の結果がこれなら。努力への報酬がこれであるならば。
 ……もう私は「世界」なんて救わないぞ、と。
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