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アインの監視レポート35
しおりを挟む副都カシナート。
今では第一王女ナリカが「仮首都カシナート」と呼ぶ街である。
エルアーク程ではないが美しい街並みを誇る街についた一行に向けて、先頭を歩いていた騎士達が振り返る。
「よく今までついてきてくれた……カシナートに到着だ!」
彼等の目の前にあるのは堅牢な街壁と、立派な門。
エルアークのあちこち壊れた風景に慣れていた人々は、一斉に歓声を上げる。
今にも走り出しそうな彼等を手を振ってとどめると、騎士は門の上の見張り台に立つ騎士へと声をかける。
「避難民を連れてきた! 開門願う!」
「了解した! ようこそ、希望の都へ!」
見張り台の騎士の合図と共に開かれる門の先にあるのは、まるで内乱が始まる前のエルアークのような美しい街並。
響く歓声は、まさに歓喜の声だろうか。
彼等はこれから、騎士達に連れられて役所へと向かい住居を割り当てられることになる。
勿論、持っている技能によって場所の良し悪しはあるわけだが。
「僕達の場合は何かあったら戦えってことなんだろうねえ」
「だろうな」
正門から駆け込んできた民衆を見下ろしながら、カインはぼうっと窓から顔を出している。
カイン達がカシナートに到着してから、すでに一週間。
今のところ、第一王女どころかマゼンダにも会えるチャンスはない。
まあ、当然といえば当然なのだが……レイナの予想では、向こうから接触してくるはずとのことだった。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかない。
そろそろ何らかの手段で接触するべきかとアインは考えていたのだが……。
「あ、やっぱり暇してる」
「ん……」
外から聞こえてくる声に、カインが視線をそちらへと向ける。
そこには、薄い笑顔を浮かべて手を振る白い少女……リースの姿があった。
「ねえねえカイン、鍵開けて?」
アインがカインの頭を手で押してどけながら外を見ると、玄関前にリースと名乗る……毎日のようにカインに会いに来る少女がいるのが見える。
「またお前か。暇なのか?」
「あら、アイン。違うわよ、私だって忙しいもの……今日はちゃんと用事があって来たのよ?」
リースの挑戦的な笑みに、アインは冷笑で返す。
「ふん、どうだかな。ちゃんと、の意味を調べなおした方がいいんじゃないか?」
「別にいいんじゃないアイン、入れてあげれば」
「あらカイン、話が分かるわね!」
嬉しそうに笑うカインに、アインは頷き……カインも、窓際から体を離す。
「おい、カイン」
「何?」
階下へ向かおうとするカインに、アインは小声で囁く。
「……お前、目的を忘れてはいないだろうな」
「勿論。忘れちゃいないよ」
「なら、いい。私は出かけて……」
言いかけたアインの腕を、カインが掴む。
掴まれた手を慣れた動きで払うと、アインはカインを軽く睨む。
「待って、アインも居た方がいいと思う」
「……またか。どうして私を同席させたがる」
そう、ここ数日。
リースが来る時、アインは必ずアインを同席させていた。
それが何故かカインは語らないのでアインには分からないのだが……。
「ん……なんとなく、その方がいいかなって」
「わけがわからんぞ」
曖昧なカインの台詞に顔をしかめながらも、アインは渋々とカインに従うことにする。
こういう時のカインの勘……といってよいのかは分からないが、ともかくよく当たる。
ならば、カインの言うとおりにしてみようと考えたのだ。
カインの後について階下へと降り、ドアの鍵を開ける。
そうすると、待っていたかのように扉が開かれリースが飛び込んでくる。
「遅いじゃない、カイン。待ちくたびれたわ!」
「おっと」
抱きついてこようとしたリースの額をカインが手で押さえると、リースが不満そうに頬を膨らませる。
「あら、ひどいわ。挨拶を拒否するなんて!」
「ハハ。で、何の用事?」
「笑って誤魔化すのは悪い癖だと思うけど……まあ、いいわ」
リースはカインからパッと離れると、その横をスルリと通り抜けて家の中へと入ってくる。
「お邪魔するわ……あら、相変わらず何も無い家ね」
「おい、勝手に入るな」
「いたの、アイン。お客様のお越しよ、お茶出しなさいな?」
勝手に椅子に座ったリースに舌打ちすると、アインはテーブルを挟んだ向かい側にドカッと音を立てて座る。
「勝手に来た客に出す茶は無い。何の用事だ」
「……いっつも貴女とカインは一緒にいるわよねえ」
「何の用事だと聞いている」
口元に指をあてて首を傾げてみせるリースに、アインは机を指でトントンと叩いて苛立ちを表現する。
「恋人じゃないって話だけど、どんな関係なのかしら。冒険者だったかしら? 長く旅を一緒にしてると似て非なる関係になるらしいわ?」
「用事は無いんだな?」
「あー、アイン。落ち着いて」
扉を閉めたカインが苦笑しながら二人のところへとやってきて……アインとリースは、同時に自分の隣の椅子をトンと叩く。
そしてカインがアインの隣の椅子を引いて座ると、アインは満足いったように頷き……リースは不満気に頬を膨らませる。
「えーと……で、リース。何の用事なの?」
「カインが冷たいんだけど、どうしたらいいのかしら」
「そ、そんな事言われてもなあ」
カインが困ったように頬を掻くと、リースは机にだらんと体を投げ出す。
「もうー。カインの為にいい話を持ってきてあげたのに」
「いい話?」
「うん。私がお城で働いてるのは知ってるでしょ?」
「あ、うん。そう言ってたね」
カインが答えると、リースはごろごろしながら視線だけカインへと向ける。
「で、カインもお城行きたいなーって言ってたじゃない」
「うん」
「行けるチャンス、あるよ?」
その言葉に、カインとアインが同時に反応する。
それを見て、リースがクスクスと笑う。
「あ、いい反応。面白いわー」
「おい、そんな事より今の話は……」
「つーん」
思わず立ち上がろうとするアインを、カインが押し留める。
「えっと、チャンスって?」
「騎士団員募集。避難民の人で腕の立つ人を採用するんだって」
騎士団。
現在第一王女ナリカに従っている騎士団は近衛騎士団、光盾騎士団、そして騎士団長を含む一部ではあるが、光杖騎士団となる。
この中で募集するとなれば、人数の少ない光杖騎士団と考えるのが妥当ではある。
あるが……それで遠征に行かされでもしたら、ますますチャンスが遠くなる。
成り上がりのチャンスをじっくりと狙っている場合ではないのだ。
「騎士団かあ……どの騎士団なの?」
「全部。近衛騎士団も含め、適正を鑑みて……ってことらしいわ?」
「随分な話だな。傭兵や兵士として雇うならともかく、騎士として避難民を雇おうとするとはな」
アインの言葉に、カインも頷く。
これは聖アルトリス王国でもそうだが、「騎士」とは特別な身分だ。
兵士との違いは、色々あるが……まずは指揮権の有無だ。
騎士は有事に己の判断で兵士や自警団などの戦える者を徴用して指揮し、事態にあたる権限を有している。
これは騎士が軍事に関する教育を修了しているからであると同時に、国に属する者だからである。
対する兵士は国が雇っている場合もあるが、基本的には「騎士の下にある者達」として定義されている。
古くは国同士の戦争の際に用いられたとされているが、勇者戦争を経て団結した人類国家が「兵士」を積極的に所持する理由は消滅した。
故に、現在「兵士」とはエリートである騎士の部下として地方都市に配備されたり、下働きのようなことをする者達として現地採用されるのが基本である。
傭兵もこれと似たようなものだが、兵士と違い「戦闘専門」なのが大きな差だ。
たとえばゴブリンの大集落を潰す際などに騎士が雇ったりするのが常である。
給料制の兵士と違い報酬制で、根無し草であるのも大きな特徴だろうか。
まあ、ともかく避難民を雇うのであればそうしたモノとするのが基本である。
しかし、リースは「騎士団員募集」だと言ったのだ。
しかも、王族に近い「近衛騎士団をも含む」のだ。
「何故、そんなことが?」
「さあ、私は知らないわ? でも、どうでもいいことじゃない。そうでしょう?」
くすくすと笑うリースに、アインは考え込む。
騎士団員募集。
うまく近衛騎士団に潜り込むことが出来れば、マゼンダに一気に近づくことが出来る。
いや、もしかすると……その募集会場とやらに姿を現すかもしれない。
ならば、とりあえず受けてみるべきだろうか。
そう考えているアインの横で、カインが口を開く。
「そっか。じゃあ、応募しないとね」
アッサリと答えるカインに、アインもリースも少し驚いたような顔をする。
「カイン……?」
「あら、意外ね。ちょっと考えるとか言うのと思ってたわ?」
二人にカインは笑いかけると、机をトンと叩いてみせる。
「考えるまでも無いよ。こういうのはいつだって突然だし、決断に必要な時間は一瞬だ。そういうものだろ?」
「面白い考えね。そういうの、好きよ?」
リースはそう言って笑うと、懐から一枚の紙を取り出して置く。
新規騎士団員選考会。
そう書かれた紙を見るカインの瞳には……真剣な輝きが、宿っていた。
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