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連載
黒翼は蒼天に羽ばたく4
しおりを挟む……その夜。
カシナートの全域で、照明魔法がふっと消失した。
街中を照らす照明魔法が消えるということは当然光が消えるということであり……曇天の今夜の状況では、闇に包まれるということでもあった。
それは光の神ライドルグを崇めるキャナル王国においては、ある意味であってはならない事態だろう。
では、何故そのような事が起こるのか。
それは至極単純であり……誰かがそれを意図的に引き起こしたからである。
「……フン」
部屋で武器の手入れをしていたアインは、その異変に即座に気付いた。
夜道を襲うわけでもあるまいし、照明魔法を消失させることに然程の意味は無い。
それでもそれをやるのは、これからやることに対する警備側の対応を出来る限り分散させようという意図に他ならない。
……では、その目的は何か。
「……」
暗闇から飛んできた針のようなものを、アインは振り返りもしないまま短剣で迎撃する。
チィン、と響く軽い音。
それと同時に、部屋の照明が消され漆黒の闇に包まれる。
開けていた窓から何かが入ってきたらしく、小さな息遣いが部屋の中に生まれる。
「こんな夜更けに女の部屋に侵入とはな……一応聞くが、何か用か?」
アインの冗談めかした問いかけに、相手は無言。
放たれる複数の針は、全てアインの眼前で短剣により弾き落とされる。
それは、闇の中でも光らないように黒塗りされた投げ針。
扱うには熟練の技を必要とする、暗殺の為だけに作られた武器である。
「一応言っておくが、こんなものをどれだけ投げても無駄だぞ?」
挑発するアインに返答代わりに放たれたのは、やはり黒針。
先程よりも数を増したそれを叩き落とすと、アインは背後へと回し蹴りを放つ。
「……っ!」
前方からは動揺の気配。
背後からは確かな感触……ただし、ガードされた気配も伝わってくる。
「二人……違うな、三人か。随分と大盤振る舞いしたものだ」
今の攻防の隙を突くかのように侵入してきた男の気配を感知し、アインは薄く笑う。
「雇い主は、あのセルゲイとかいうクソガキか?」
「……だとしたらどうする。此処で死ぬお前に何が出来る」
ようやく返ってきた返答。
雇い主が昼間のアインの試合相手……セルゲイ・カルキノスであると認めるような発言を、アインは鼻で笑う。
「ふん、なるほど?」
先程の男の発言を文字通りにとれば、セルゲイが依頼主であるということになる。
だが、そうではないととることも出来る。
セルゲイが依頼主であると推測させるような発言をすることで、本来の依頼主をぼかすテクニックだという可能性もあるのだ。
無論、そう見せかけて……という可能性すらある。
どれが正解かは分からない。
どんな答えが返ってこようと、それが真実であると無邪気に信じるほど愚かではない。
拷問をかけた先の死の間際にすら真実の皮を被った虚実を吐くのが暗殺者というモノなのだから。
唯一確実なのは、恐らく依頼者は参加者の誰かであろう……ということくらいだ。
何故ならば、この段階でナリカ王女の陣営が暗殺者を送り込む理由が無い。
アインを邪魔に思った参加者の誰かが送ったという可能性が一番自然である。
……となると、当然カインの部屋にも暗殺者が来ているだろう。
その可能性に思い至ると同時に、カインの部屋のあるあたりから盛大な破壊音が聞こえてくる。
「……あの馬鹿」
魔法を使ったな……とアインは今の音の正体を予想する。
恐らくは暗殺者を吹っ飛ばしたのだろうし、暗殺に来た以上吹っ飛ばされても文句は言えない。
しかし……だ。
「何処で今夜寝るつもりなんだ、アイツは」
ふう、と溜息をつきながらアインは肩を竦めてみせる。
隙だらけにも思えるその様子に、先程黒針を投げてきた男は答えない。
いや、答えられないというのが正しいだろうか。
男の更に背後にいる黒装束の男の一撃を受けて、ぐらりと前のめりに倒れ……鈍い音を立てて顔面から床に突っ込んだからだ。
その鈍い音に、アインは思わず顔を歪める。
「……おい、もう少し倒し方を考えろ。そいつらの薄汚い体液のついた部屋で私を寝かせる気か」
「寝る気もないくせに、よく言う」
そこに居たのは、魔人形態をとったツヴァイである。
アインを実力者とみて三人送り込まれた暗殺者達ではあったが、そのアイン自体が暗殺者と同様の裏の住人であるなどとは予想もしていなかっただろう。
更に、そのアインと同レベルの者がもう一人いたとなれば……すでに、依頼実行は不可能な状況といってもいい。
「……チッ!」
一番窓際に居た一人が身を翻し、しかしアインの投げたナイフに足を貫かれる。
「ぐあっ……くうっ!」
それを無理矢理抜いて投げ返すと、その暗殺者は窓から身を躍らせる。
「おい」
「分かっている。処理はしておく」
それを追ってツヴァイが消えて行き……ほぼ同時に、くぐもった悲鳴が聞こえてくる。
投げ返されたナイフを弾いたアインは、残る一人が短く詠唱するのを察知して手早く黙らせようと……した、その瞬間。
「……アイン!」
カインの声と同時の轟音と共に、扉が蹴破られる。
それに驚いたか残る一人の詠唱が一瞬止まり……アインは手の中の投げナイフを手早く仕舞うと、近くの椅子を投げつける。
「がっ!?」
予想外の攻撃に男の詠唱は完全に止まり……その隙に接近したアインの膝が男へと叩き込まれる。
「かひゅっ……!」
肺の空気を全て強制的に絞り出された男は崩れ落ち、部屋の中へと駆け込んできたカインが男を手際よく拘束する。
「やっぱりアインのところにも来てたのか……!」
「フン。私が殺されてたとでも思ったか?」
アインが不機嫌そうに言うと、カインは困ったような顔で鼻の頭を掻く。
「や、まあ……うーん」
「お前に心配されるほど弱いつもりはなかったが……私をナメてるんじゃないだろうな?」
「え、ええっ!? なんでそうなるの!?」
「なんで、だと? 弱いだろうと気をつかわれるのがどれ程屈辱か分からんとでも……」
そう言いかけて、アインは突然怒りに満ちていた表情を緩める。
「ああ、まあ……分かるはずも無いな。そういえば、お前は人類だった」
そう、魔族と人類では決定的に違う部分がある。
それは強さというものに対する認識だ。
基本的にはどちらでも、「強い」ことは悪いことではない。
だが、魔族は「強さ」の信奉者である。
彼等にとって、「より強くあること」は人類における「より幸せであること」と同義である。
弱いということが時として魅力になりうる人類とは違い、「弱い」と思われることは魔族にとって「不幸だ」と思われているのと同じ意味なのだ。
故に「自分が弱い」と思ったり言ったりする者は魔族には居ない。
基本的な認識は「自分は強いが、より強い奴もいる」であり、「弱さ」という魔族的に後ろ向きな考えは存在しないのだ。
「……アイン、僕は」
「すまんな、私の認識不足だ。お前の純粋な仲間意識によるものであるということくらいは理解している……感謝する」
話はそれで全て終わりだ、とでもいうようなアインにカインは思わず黙り込む。
この件についてここでカインが何を語ろうと、それが上滑りするであろうことはカインにも分かる。
しかし、しかしそれでも。
アインに嫌われようとも、言わなければならないことはあった。
「アインが弱いと思ったから飛び込んだわけじゃない」
「そうか」
「むしろアインは、今の僕より強いと思ってる。それでも……たとえアインが僕の百倍強かったとしても、僕はやっぱり飛び込んだよ」
「……そうか」
「仲間だから。アインがどう思ってくれてるか分からないけど、僕はそう考えてる」
それだけ言うと、カインは部屋の入り口へと向けて身を翻す。
「じゃあ、おやすみアイン。また明日」
「待て」
そのカインの背中に、アインの声がかけられる。
「お前、部屋を魔法で壊したろう。どこで寝る気だ」
「うっ。い、居間かな?」
それに露骨に舌打ちすると、アインはカインの尻を軽く蹴り飛ばす。
「おあっ!?」
「少しは後先というものを考えろ。私のベッドを貸してやるから、今夜はそこで寝ろ」
「え、ええっ!? でもアインは?」
「私の事はどうでもいい。どの道ツヴァイにそこのゴミ二つを引き渡さねばならん」
アインが部屋に転がっている暗殺者二人を指差すと、カインは納得したように頷く。
「そっか。なら僕もそれまで起きて」
「……もう一度尻を蹴り飛ばされたくなかったら三秒以内に寝ろ。一、二……」
「おやすみっ!」
飛び込むようにカインがベッドに潜り込んだのを確認すると、アインはふうと溜息をつく。
夜はまだ長い。
少なくともあと一、二回は同じような連中が来るだろうな……と。
アインは、そんなことを考えていた。
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