勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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魔神の見た風景8

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 それは、無限の暗闇。
 何処まで行こうと果ては無く。
 何時まで待とうと明けは無い。
 光が在るのは、ただ一点。
 闇の玉座に座す者のいる、この場のみ。
 その玉座に座すのは、黒髪の少女。
 赤く輝く目が、それがただの人間では無い事を自己主張している。
 しかし、それがその真の姿というわけではない。
 だが、真の姿があるというわけでもない。
 1人の人間の嗜好に合うように姿を成したらこうなったという、ただそれだけ。
 名すら放棄したそれは……魔神、と呼ばれるモノだ。

 魔神。
 あらゆる魔の理由。
 あらゆる魔の根源。
 あらゆる善の理由。
 あらゆる悪の対象。
 あらゆる善の因子。
 あらゆる悪の因子。
 あらゆる矛盾の保有者。
 あらゆる理論の実現者。

 あらゆる全てが混然とするこの場所で、魔神は波に揺られる。
 
「うーん、なるほど。こうなったかあ」

 何の冗談か、この黒い部屋だったはずの場所はまるで嵐の海であるかのような風景と化している。
 いつもの玉座もこれでは何処にあるのか分からず、魔神は波間に浮かぶ丸太に掴まるようにして荒れ狂う波の中を漂っている。

「まあ、僕からじゃなくて向こうからの接触だったしなあ……ていうか、久々すぎて僕の加減も甘かったのかなあ?」

 魔神の掴まっている丸太が一際大きな波で打ち上げられると、魔神の小さな身体も高く打ち上げられる。
 そしてその瞬間、海も嵐も何もかもが消え……この場所には、いつも通りの静寂が戻ってくる。
 丸太であったはずのものはふわふわのクッションへと姿を変え、自由落下してくる魔神の身体を優しく受け止めて床にふわりと下りる。

「とはいえ、生まれたものは仕方ないか。アクリアのお手並拝見ってところかな?」

 魔神の視線の先にあるのは空中に浮かび上がるように映る、一隻の巨大な船の風景。
 荒れ狂う波と嵐の中で揉まれる船の甲板では、無数の人々が行き交っているのが見える。
 嵐の中でよく見えないが、鎧でもつけているようなシルエットばかりである。
 とはいえ、虫を模した鎧というのが趣味がいいかどうかは評価の分かれるところだろう。
 まあ、とにかく……虫を模した鎧を着た人に見える何者か達、ということだ。
 指示を出しているのか、時折怒号も混じりながら走り回るその姿は……必死に生にしがみ付こうとする者達のそれだ。

「畜生、ようやくクソッタレの軍の連中から逃れたってえのに……!」
「船長、ダメです! アイツ、また海に……!」
「ちっとは自分で考えろや阿呆が! こういう時の為の魔導杖だろがよ!」
「へ、へい!」

 船長と呼ばれた男に殴られ、一人の男が船倉に向けて走って行き……その途中で、船底を貫いて現れた巨大な触手に殴られて海へと投げ出されていく。

「う、うわああ! もうダメだあ!」
「おい馬鹿、飛ぶんじゃねえ! 狙い撃ちに……!」

 大混乱に陥っている船の風景を見ながら、魔神はふむふむと頷く。

「んー……なるほどなあ。ということは、どれどれ」

 魔神が手を振ると、映る風景がスイと切り替わり……先程船長と呼ばれていた男が映し出される。
 丁度海へと投げ飛ばされている最中の男の手から離れてクルクルと空中を回る杖をじっと見つめて、魔神は納得したように呟く。

「ああ、やっぱりか。俗に言う悪党ってやつなんだな……まさに天罰覿面ってやつだ。どうでもいいけど」

 荒れ狂う海から伸びる無数の触手に砕かれる船にはもう目もくれず、魔神の視線は今まさに波間に投げ出された一本の杖へと向けられる。
 大きな宝玉らしきもののついた木の杖は沈むことも無く波間を漂い、時折波に飲み込まれては浮かび上がるといったような事を繰り返す。
 このまま放っておけば、いずれは海底で朽ちるか何処かに流れ着くだろうが……それを見て、魔神は面白い悪戯を考え付いた子供の顔で笑う。

「……ふふっ、君は幸運だね」

 魔神がパチンと指を鳴らすと、ただ行ったり来たりするだけであった杖は波に上手く揉まれながら少しずつ……あるいは大胆に何処かへと運ばれていく。
 それはあくまで自然な動きであるが故に、何処かの誰かがそれを見ていたとしても偶然としか判じないようなものだ。
 しかし確実に「何処か」に流れ着くであろうそれを眺めながら、魔神は満足そうに笑う。

「さてさて、んー……海の方はアクリアが絶賛調整中ってところかな? まあ、僕としては多少問題があったほうが面白いと思うんだけど」

 魔神が指を鳴らし……その度に、映る風景は切り替わっていく。

「目立った影響が出たのは最果ての海だけかあ。まあ、あそこが一番おかしいから仕方ないのかな?」

 魔神の言葉の意味は、分からない。
 今分かることはただ、最果ての海で何処かの誰かが船と共に沈んで。
 一本の杖が、何処かへ向けて漂流しているというだけの事実。

「しかし、ヴェルムドールにはちょっとばかり悪いことしたかもなあ。うっかり半端な形で僕に接触しなきゃ、今頃アクリアに会えてたかもしれないのに」

 うーん、と魔神は可愛らしく首を傾げて。
 しかし、すぐにパッと笑顔を浮かべる。

「ま、いいか。それもまた彼の選択の結果だ。僕が口を出すことじゃあないよね」

 魔神の言葉は、何処にも届かない。
 魔神の見たものも、誰かに伝わることも無い。
 これはただ、魔神の見た風景であるが故に。
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