勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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カインとアイン2

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「あ」

 そこで、カインは何かに気付いたかのようにアインを凝視する。

「どうした?」

 英雄譚を本の山に戻したアインが怪訝そうな目をすると、カインはツヴァイに何かを問うように視線を送り……舌打ちされると、溜息をつきつつもアインへと振り返る。

「いや、その、さ。僕、これから聖アルトリス王国に帰るだろ?」
「そうだな」
「アインは……なんていうか、大丈夫なの?」

 カインが言っているのは、あの「トール」という男のことだ。
 その男のことは、アインもよく覚えている。
 多少珍しくはあるが、然程特別というわけではない黒髪。
 顔は仮面で隠れ分からないが、恐らくはアルトリス大神殿の関係者。
 並々ならぬ実力の片鱗を見せながらも、戦い方は荒く……まるで、戦い慣れしていないかのようだった。
 それは一見矛盾しているかのように見えるが、たとえば「初めての実戦」という緊張感で身体が上手く動いていなかった……とすれば、一応の説明はつく。
 かなり若いようにも見えたし、恐らくは大きく外れてはいないだろうとアインは思う。
 何しろ、人類の例外的存在である「勇者」は此処にいるカインなのだ。
 あのトールとかいう男が勇者である可能性は無い。
 だが、恐らくはそれに準じた役割を担うべく存在しているはずだ。
 現時点で聖アルトリス王国に潜伏している諜報員からは「トール」に関する報告は無い。
 何しろ、特徴が「黒髪の若い男」というだけではどうしようもない。
 王城付近も張ってはいるが、引っかかってはこないのが現状だ。
 ……まあ、普通に考えて警戒されているのだろう。
 変装の可能性もあるが、それを看破するには手段が少なすぎるのが現状だ。
 不確定要素は出来るだけ無くしておきたい中で、これはそれなりのリスクに分類される。

「……ああ、問題ない」

 だが、そうした心情は一切出さずにアインはそう答える。

「流石にエディウスを堂々と出歩くのは拙いだろうが、いくらでも偽装の手段はある」
「でも……さ。万が一っていうことも」
「問題ない。ツヴァイを見ていれば理解できるだろう」

 そう、アインとツヴァイは「ブラックバード」という鳥の魔獣だ。
 無害そうな小さい黒鳥の姿に自らを偽装するブラックバードは生まれながらの隠密であり、諜報向きだ。
 問題があるとすれば、アインが怪我のせいか変身できなかったところにあるのだが……それも先日、能力を取り戻したところだ。
 重い怪我を負った魔獣にはたまにある事例の為、然程気にしてはいないが……ロクナからは念の為警戒しておくようにという言葉は賜っている。

「問題があるとすればお前だ、カイン」
「へ? 僕?」

 きょとんとした顔をするカインの胸元に、アインは指を突き付ける。

「そうだ。聖アルトリス王国とザダーク王国は現時点で敵対こそしてはいないが、友好関係には無い。加えて私は当時隠密行動中……つまり不法入国者だった。いくら諜報活動が人類国家における公然の秘密とはいえ、敵対する理由には事欠かない」

 そう、人類領域の各国家には様々な国の諜報員が入り込んでいる。
 それは友好国同士の秘密の連絡網であったり、友好国をも出し抜く為の工作であったり……とにかく、様々である。
 そんな中で「秘密の連絡網」という形で活動する諜報員は互いに顔合わせをしてはいるが、公式には「そんなものはない」ことになっている。
 あくまで影から影へ。
 秘密の連絡網自体も書類を交わしたわけでもなく、単なる「現場の協力と独自判断」に過ぎないというわけである。
 そしてそんな「水面下の握手」の更に下で諜報活動という名の殴り合いもしているのだ。
 そうした面々は顔合わせなどしているはずもなく、何食わぬ顔で街中に潜り込んでいたりする。
「長い友好関係にあるといってもこんなものか」と言ってしまえばそれまでだが、これもまた互いを憂いなく信用するための儀式のようなものなのだ。

「ここで問題になるのは、私を襲ったのが兵士ではなく、神殿の連中だということだ」

 そもそもの問題になるのだが、アルトリス大神殿のは他の「神殿」とは大きく異なる。
 そもそも「神殿」とは人々が崇める神へと祈る為の場であり、神官達が世界の安定を祈り願う場でもある。
 神の加護を持つ神官の集う「神殿」は聖なる場と看做され、一定の敬意を払うべき場であるとどの国でも規定されている。
 しかし残念ながら何処にでも愚か者はいるもので、神殿に寄進された金品を狙う盗賊が各地で現れたことがあった。
 これにより神殿を守護する「神殿守護騎士」を各神殿が採用するようになったのだが……それはあくまで、「神殿の守護」を目的としていたはずだった。
 しかし、命の流れを管理する「命の神フィリア」を崇める神殿に仕える神殿守護騎士達をアルトリス大神殿が「聖なる任務を負う者達は当然厳しい規律の元に統率され神の名を穢さぬ者であり続けなければならない。また神官達だけがその庇護下にあろうとしてはならず、その神を崇める全ての者を守護すべきである」と主張し、「神殿守護騎士団」という形を作り出した。
 この神殿守護騎士団は積極的にモンスターの討伐などにも向かったことから人々から称賛を受け、「王黙認」の騎士団として機能し始めた。
 通常の騎士団と違い「治安維持」に責任を持たぬ彼等は積極的に「討伐」を行うことが出来、やがて王にも認めさせ社会的地位をも確固たるものとした。

 ……そして、決定的となったのが「勇者召喚」である。
 世界を救う切っ掛けとなったアルトリス大神殿を賞賛しない者などおらず、その神殿を守護する「神殿守護騎士団」の必要性をも不動のものとした。
 正規の騎士団ほどの人数を抱えているわけではないし許されてはいないが、それでも「神殿」とは一定の戦力を抱える集団なのである。
 
「神の意思を体現するとか息巻いてる連中だ。それを邪魔したお前に絡んでくるのは必然だと思うが」
「んー……それは、たぶん大丈夫……だと思う」
「根拠でもあるのか」

 鋭い目で睨みつけてくるツヴァイに、カインは頷く。

「シャロンとセイラが向こうにはいるから。それに、エリア王女にも多少事情は説明してるんで……まあ、なんとかなるかな、って」

 カインの言葉にアインとツヴァイが顔を見合わせたその時、部屋の扉が軽快に叩かれる音が聞こえてきた。
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