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魔神の見た風景9

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 それは、無限の暗闇。
 何処まで行こうと果ては無く。
 何時まで待とうと明けは無い。
 光が在るのは、ただ一点。
 闇の玉座に座す者のいる、この場のみ。
 その玉座に座すのは、黒髪の少女。
 赤く輝く目が、それがただの人間では無い事を自己主張している。
 しかし、それがその真の姿というわけではない。
 だが、真の姿があるというわけでもない。
 1人の人間の嗜好に合うように姿を成したらこうなったという、ただそれだけ。
 名すら放棄したそれは……魔神、と呼ばれるモノだ。

 魔神。
 あらゆる魔の原型。
 あらゆる魔の果て。
 あらゆる善の一因。
 あらゆる悪の結果。
 あらゆる善の種子。
 あらゆる悪の残滓。
 あらゆる矛盾の内包者。
 あらゆる理論の肯定者。

 あらゆる全てが集い別れるこの場所で、魔神は一人踊る。
 くるくると可愛らしく踊る魔神が虚空に手を差し伸べると、闇の中から正装を纏った木の人形が現れる。
 木の人形は差し出された魔神の手をとり、そのまま二人は優雅な動きでステップを踏む。
 それにあわせるかのように空中に現れた楽器達が情熱的な音楽を奏で、魔神と木の人形のステップも激しくなり……やがて、音楽もステップも最高潮へと達していく。
 そして、いよいよクライマックスというその瞬間。

「……うん、飽きた」

 木の人形と楽器達は一瞬にして崩れ去り、闇へと溶けていく。
 
「ふー……やっぱり一人遊びはダメだね。思いつく大抵の事はやり尽くしちゃったよ」

 そう言いながら、魔神は玉座に腰掛ける。

「……かくして過去の英雄と現在いまの魔王は手を取り合った。その行く先にあるものは果たしてっ……てね」

 魔王グリードリース。
 アルヴァクイーンとも呼ばれるソレは、ヴェルムドールが予想している通りに「魔王イクスラース」が持っているはずだった力を注ぎ込まれた存在だ。
 それは、ヴェルムドールがフィリアの計画を邪魔した事による影響であるが……つまり、「噛ませ犬」としての「魔王」の存在をフィリアが良しとしなくなったということである。
 そして同時に、「勇者」であるカインの動きが思ったよりずっと鈍かったというのもあるだろう。
 人類社会の歪みは座視できぬところまで来ており、それでもフィリアは自ら降臨するという手段はとれなかった。
 それによる世界のバランスへの影響もそうだが、人間に与えてしまう影響も無視できなかったのだ。

「まあ、気持ちは分かるさ。今フィリアが降臨すれば人間は「やはり我々は神に一番近い、愛される種族なのだ」とか言い出しかねないからね。今回の「歪み」を考えれば、それはまさに最終手段ってやつだ」

 だからこそ、魔王グリードリースは生まれたのだ。
 人類社会への荒療治と、魔王ヴェルムドールの打倒という二つを為し得る存在として……だ。
 ……だが、魔王グリードリースはフィリアの予想を超えた。
 アルヴァ達を多種多様な方向へと導き、自身も進化した。
 そしてついには、フィリアの制御を跳ね除ける域まで達してしまった。
 故に投入されたのが、聖アルトリス王国のアルトリス大神殿が秘密裏に行った「召喚の儀式」に力を貸す形で投入した、「魔王グリードリース」に対する措置である「勇者トール」というわけだ。

「……とはいえ、少々「勇者」としては心配な部分も多いねえ。まさかフィリアも、神殿内でこっそり安全な勇者育成計画やるとは思わなかっただろうし」

 歴史、常識、戦闘の講義。
 異界人である「勇者トール」には必要な事であっただろうが、「勇者」の育成方法としては少々間違っている。
 騎士ならばそれでいいのだが、勇者はそれでは充分に育たない。
 とはいえ、過干渉は神殿の暴走を加速させることになる。
 結果として現在の「勇者トール」が出来上がったわけだが……まあ、それはさておこう。
 魔神としては、そちらは結構どうでもいいからだ。
 そんな勇者が見たければ、何処かランダムで世界を覗けば高確率で転がっているだろう。
 魔神が今興味があるのは、ヴェルムドールのことだけなのだ。

「さて、と。えー……闇の巫女だったか。それを探しにいくんだっけ?」

 闇の巫女レルスアレナ。
 彼女については、魔神とて顔を知らない。
 如何に万物を見渡せるとて、知っているわけが無い。
 それは魔神にとって、砂漠の砂粒の形を覚えるのと同じくらい無駄な事であるからだ。
 とはいえ、ヴェルムドールに関わることで魔神にとって、レルスアレナの価値は物語の端役くらいには上昇した。
 そうでなければ、その名前すら魔神の口から出る事は永劫に無かったであろう。

「さて……と、何処にいるのかな?」

 そう言いながら魔神がパチンと指を鳴らすと虚空に何処かの風景が浮かぶ。
 それは、何処かの村のようだったが……あちこちで上がっている黒煙を見て魔神はほう、と声を漏らす。

「なるほどなるほど。こういう奴なのか。あはは、ははは! ちょっとだけ興味出てきたよ? さてさてヴェルムドール、君はどうするのかな? 勇者じゃない君には、運命は味方しない。精々、持っている手札を有効に使うといいさ!」

 その声が、ヴェルムドールに届くはずは無い。
 何故ならば、此処は何処でもない場所。
 そしてこれは、魔神のみの見た風景であるが故に。
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