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連載
始まりの物語9
しおりを挟むアグナムと黒カブトムシのイゼクティアの会話から数日。
闇の国ヴァンクリーフには、誰もいなかった。
この国に居たはずの影人達は……誰も、居ない。
ただ一人、闇の塔の屋上に立つ闇の神クラシェルを除いては、誰一人。
……いや、塔の屋上に集まる転移光の中から、黒髪の男が現れる。
以前会った時よりは幾分か落ち着いた雰囲気の男にしかし、クラシェルは反応を見せない。
ただ、その手の中にある大きな宝玉をじっと見つめ……静かに目を伏せている。
「恐ろしいものだ」
黒髪の男……魔王ダグラスはそう呟くと、背中を向けたままのクラシェルへと声をかける。
「何をしたかは知らんが、ここを襲撃した魔族共は皆殺しか……何故今までやらなかった?」
「……理由は幾つかある。まず、僕達の振るう力は大きすぎる。使えば何もかも壊してしまう。そして、君達と分かり合える可能性を最後まで捨てたくなかった。だが……こんな状況でも君達は殺し合いをやめなかった。何故だい?」
静かなクラシェルの問いに、ダグラスは考えるように空を見上げる。
何処までも澄んだ空は青く……しかし、寒々しい。
心まで冷え込むような空から視線を戻すと、ダグラスはクラシェルの側へと歩き出す。
「言っただろう。そうすると充実するからだ。まるでそうする事が俺達の存在理由であるかのように……な」
「単純に戦いへの本能ということであれば、歪神共だけにその力を向けてもよかったはずだ。人類なんかより、余程強敵なんだからね」
「ああ、そうだな」
ダグラスは頷いて剣を振り下ろし……しかし、クラシェルの物理障壁に弾かれ剣はへし折れる。
「ハッ……所詮拾い物か」
「君もそうだ。この状況になっても尚僕に執着してる。何が君をそうさせる?」
「教えてあげようか」
二人しか居ないはずの屋上に、突如響く声。
闇の神と魔王というこの世界でも最強の位置にいる二人に全く気付かせずに彼女達とは反対側の端に居たのは、赤く燃えるようなショートカットの髪の少女。
可愛らしいという表現がぴったりくる顔の少女はぞっとするような笑みを浮かべて、口を開く。
「魔族は、人の望みの具現化した姿さ。だから人を襲うし神も襲う。簡単だろ?」
「……誰だ貴様は」
「僕? 僕は……今はエストって名乗ってるよ。まあ、もう名乗る人もあんまり居ないみたいだけど」
からかうような口調の「エスト」にダグラスは分かりやすく青筋をたて……しかし、前に進み出て手を伸ばしたクラシェルに遮られる。
「君の言う事はおかしい。人の望みがどうして人を襲う? そんな望みはありえない」
「そんな事は無いさ。過ぎた望みはいつだって自身を滅ぼす。まあ、でも簡単な話だよ。そこの彼を見れば分かるだろう?」
そう言って、エストはダグラスを指差してみせる。
「強い身体と、豊富な魔力。更には凄まじい学習力と成長スピード。魔族の身体は、まさに人類誰もが望む理想だ」
そして、その心の在り様。
「誰よりも強くありたい。あらゆる人類よりも、神よりも。分かるかい? 人間は……おっとぉ!?」
自身に向けて放たれた闇の弾を、エストは大げさな動きでひょいと避ける。
まるで投げられた石を避けただけとでもいうような様子に、イラッとした雰囲気のダグラスが吼える。
「グダグダと分かったような口を……!」
「おお、怖い怖い。逃げちゃおっと」
そう言うが早いか、エストは塔の下へと飛び降りていき……ダグラスが追いかけ塔の下を覗いても、其処には何もいない。
「くそ……っ、なんだ今の女は。あれは本当に人か!?」
「分からないで喧嘩売ったのかい? アレは僕より余程恐ろしい相手だよ」
クラシェルの台詞に驚いたようにダグラスが振り返ると、クラシェルはいつも以上に陰気な表情でエストの消えた方向を眺める。
「僕以外じゃ、気付いてるのはフィリアくらい……いや、彼女の方が詳しく掴んでるかな?」
「何の話だ」
「……さあね。それより、もう帰れよ。死ぬぜ?」
「ハッ、ついに俺と決着をつける気に」
ダグラスが獰猛な笑顔を浮かべると同時に、クラシェルの持つ宝玉から空へと光が伸びる。
空気が震えるほどの凄まじい魔力を放つ光にダグラスは驚愕の表情を浮かべ、クラシェルの手の中の宝玉へと視線を移す。
「悪いけど、君と僕との決着はもう有り得ない。僕は愛し子達に託された者として……神として、最後の務めを果たさなきゃならない」
クラシェルの手の中に在るのは、闇の魔力の凝縮した宝玉。
影人達がその身を魔力へと変換し凝縮した、力の塊。
それを今、クラシェルの力で増幅し……放出しているのだ。
魂までビリビリと震えるような力にダグラスは圧倒され、動くこともせずにその光景を見つめていた。
だが、その視線の先……現れた歪神達の影を見て、ダグラスははっとしたように動く。
「何が最後の務めだ……! 俺との戦いを放棄して、あんなものと相打ちでもする気か!?」
「ああ、そうだ。アレ等は此処に自分達の最大の「敵」がいると知ってる。それに応えてやるんだよ」
クラシェルは宝玉を抱えているのとは反対側の手をダグラスの胸元にあてる。
そして、その手をぎゅっと拳の形に握り服を強く掴む。
「ダグラス。君が人類が望んだ理想の姿だというなら、僕は君に方向性を残そうと思う」
クラシェルはダグラスを力尽くで引き寄せ、その頬に口付けをする。
ダグラスがそれに反応する前にクラシェルはダグラスを弾き飛ばし……やはり陰気な顔で、ニヤリと笑う。
「君達魔族には、もう誰も期待していない。あのお人好しのフィリアでさえだ。でも、僕は信じよう。人の善を信じるように、人の理想たる君の善を信じよう」
そう言うと、クラシェルはいつも背負っていた大剣を外しダグラスへと投げる。
「おい、何を言って……!」
「愛の意味を知れよ、魔王ダグラス。それでも変わらないなら、その時こそ君に幻滅してやるからさ」
直後の転送魔法で何処かへと飛ばされたダグラスは、遠く……恐らくは闇の国ヴァンクリーフと思われる方向から立ち上る、黒い光の壁を見た。
それが本当に壁かどうか……それは、ダグラスには分からない。
だが、世界を分断するかのように高く、そして長く伸びるソレを他にどう評すればいいのか。
その光景をダグラスは手の中の大剣を握り締めながら、ただ静かに見つめていた。
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