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連載
傷痕8
しおりを挟むエルアークに存在する復興計画本部。
ザダーク王国の主導で造られた其処は段階的にキャナル王国に移管する予定……になっていたが、なんだかんだでザダーク王国の外交官の館的な扱いにもなり、そのまま何となくザダーク王国の管理となっている。
このあたりの「なんだかんだ」とか「何となく」は言ってみれば政治的なアレコレであり、具体的に言えばあえて時期やら手続きやらをぼかす事でザダーク王国との強力な繋がりを保っておきたいキャナル王国の文官側と「まあ、別にいいか」的なザダーク王国側の思惑によるものである。
そういった政治的な事情もあるものの、本部で働く職員には魔族以外の人類……具体的にはキャナル王国に戻ってきた獣人達もいた。
その中にあって外見上は変わらず、しかし全く違う女が入り口のドアを開けてパタパタとロビーを駆けていく。
見た目には、灰色ウサギの獣人。
しかし、その実は魔人。
それがマーロゥの「今」のプロフィールだ。
彼女を「灰色の子」と呼んだ者達はほとんどこの街には残っておらず、今のマーロゥを化け物呼ばわりすれば恩あるザダーク王国の魔族を馬鹿にしたと同じ人類からも睨まれる。
そんな者達がどれだけ「マーロゥは呪われた灰色の子だ」と叫んでもマーロゥ自身そんな記憶は無く、現しの水晶で「魔族である」と示されてしまえば「このほら吹き野郎が」と罵られるしか道は残っていない。
そもそも、その灰色の子にしたところで「なんとか保護できないか」と声が上がっている最中であり……未だにそうした事を言える者達は、今この街でもっとも肩身が狭い者達であるだろう。
……とはいえ灰色の子に問題があることも事実であり、実際に共存するとなると色々と問題は出るだろうが……それも全ては、始めてみなければ何も見えては来ない。
ともかく、そんな灰色ウサギの少女マーロゥは何かが入った袋を抱えて元気よくロビーを駆け、そこに暖かい声がかけられる。
「よう、マーロゥちゃん! 元気そうだね!」
「マーロゥちゃん、俺と付き合おうぜ!」
「はい、ノルグさんもお元気そうで! ジェリクさんはごめんなさい!」
茶猫の獣人と熊の獣人にそう答えながらマーロゥはロビーをヒラリと乗り越えて、カウンターの内側に居た白猫のビスティアに肩を掴まれる。
「マーロゥさん。カウンターを乗り越えちゃダメと言ったでしょう」
「ご、ごめんなさい! でも急いでるんです!」
「ふむ」
言われて白猫のビスティアは鼻をひくつかせる。
「なるほど、なるほど。白銀のタテガミ亭の肉饅頭ですか。最近こっちに来た店だと聞きましたが……中々いい匂いですね。これはあったかいうちが美味しいんですよ」
じゅるりと涎をたらしそうになる白猫のビスティアをマーロゥはぐいと押しのけ、まるでウサギそのもののようにポンポンと棚や机を飛び越えていく。
「もう、分かってるなら邪魔しないでください! どうせ入ってきた時から匂いで気付いてたくせに……いじわるっ!」
「なはは、ご明察。行ってらっしゃい、マーロゥさん」
白猫のビスティアが手をひらひらと振るが、もうマーロゥは見てもいない。
階段を駆け上がっていき、そのままアウロックの執務室の扉を開ける。
いつの間にか妙な装飾が追加されたり撤去されたりと内装の変化が忙しい部屋だが、マーロゥはその変化を全て言える。
何故だか分からないが黒狼のビスティア……の魔人であるアウロックの側にいると安らぎ、気分が高揚する。
その気持ちの中身にマーロゥは気付きかけてはいるのだが、実際に単語として自覚するまではもう一歩というところだろうか。
その理由としては毎日ニノニノと魔法の詠唱のように唱えるアウロックの残念さもあるのだろうが……ともかく、今街で人気の肉饅頭の入った袋を抱えてマーロゥは扉を開けた。
「アウロックさん! 偶然、たまたま……ちっとも並んでなんかいないんですけど、ほんとたまたま白銀のタテガミ亭の肉饅頭を買いすぎちゃいまして! 一緒に食べませ……」
「おお、ニノ! 俺の女神! 俺に会いに来てくれるなんてこれはもう番になるしかごはっ!」
「ウザい」
そんなマーロゥの目の前で展開されているのは、緑色のメイドナイトの少女に殴り倒される黒髪の男の姿。
どう見ても美形に分類されるその男こそがアウロックの魔人形態であり……「クールでカッコいい」と最近人気の人物でもある。
幸せな表情で床に沈んだりグリグリと踏まれているアウロックの姿にマーロゥは笑顔のまま静止し……すぐにハッとした表情になってニノに詰め寄る。
「あ、アウロックさーん!? ていうか、ニノ様!? な、何してるんですかっ」
「ウザいから殴った。あと踏んだ」
「おうふ、幸せだ……」
「アウロックさん、しっかりしてください! 幸せはそんなところにはないです!」
肉饅頭の袋を投げ捨ててアウロックを助け起こそうとマーロゥが駆け寄ると……その袋をガサリと拾い上げる音が背後から聞こえてきた。
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