勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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9巻

9-3

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 5


 カシナートの街中に騎士団員募集の触れ書きが貼り出されてから数日後。
 エルレイム城の執務室には、どっさりと応募書類が積まれていた。
 山のようになって雪崩なだれすら起こしそうなそれをさばいているのは、ナリカである。

「これは文字が美しくないわ。こっちは……えー、騎士に任命されたあかつきにはナリカ様のために日夜……気持ち悪いわね。コレは……うん、まあいいわ」

 ナリカは、キャナル王国の王族が持つ「直感」によって書類を仕分けていた。
「直感」は、抜群の精度で真実を見抜ける力のことだ。これをキャナル王国では「光の神ライドルグより授けられた王の証」と位置付け、支配体制の礎としてきた。
 ナリカは今、その能力を活かして書類選考を行っているのだ。

「おや。やっておられますね」
「あら、マゼンダ。もう半分以上終わってるわよ?」
流石さすがです。とはいえ、通過人数が少ないようですね?」

 執務室に入ってきたマゼンダは、床に散乱した書類を眺める。それは、ナリカが不合格と断じた応募書類達だ。通過の箱の中に入っている書類は、ほとんどない。

「そうね。まあ、仕方ないわよ」
「そうですか。とはいえ、多くの者にチャンスを与えるのが王族の務めかと存じます」
「ふうん?」

 マゼンダが杖を振ると風の魔法が発生し、部屋の隅に不合格とされた書類達が集まっていく。
 こんもりと積もったのを確認すると、マゼンダはナリカへと視線を戻した。

「されど、ナリカ様にそれをしていただくには及びません。あの中から適当な者を私が数名選んでもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。好きにしなさいな」
「承りました」

 マゼンダが指を鳴らすと、騎士達が部屋の隅の書類を手早く整理して箱に詰め、運んでいった。

「そういえば、マゼンダ」
「はい。何か?」
「エルトリンデはまだ見つからないの?」

 キャナル王国第二王女のエルトリンデは、獣人の血を色濃く引き宮廷内で孤立していた第三王女セリスの数少ない味方であるが、ナリカの敵というわけでもなかった。
 そのわがままさ故に城内で好かれていなかったナリカが曲がりなりにも王女としてやってこられたのは、エルトリンデの努力によるところが大きい。
 とはいえ、ナリカとセリスを天秤にかけた時、エルトリンデは大抵セリスを選ぶことも確かだった。だから、ナリカはエルトリンデを王都から遠ざけたのだ。
 セリスがエルトリンデに近づこうという気を起こさないよう、しっかりと「けじめ」をつけてから、エルトリンデを呼び戻すつもりだった。
 しかし、セリスが予想以上に根性があった上に父王の事件が起こったことで、結局エルトリンデが城に戻ることはなく、今も何処どこかに行方をくらましている。
 普通に考えれば、自分を遠ざけた相手のもとに戻ろうという気など起きなくて当然なのだが、ナリカはそうは考えていなかった。
 エルトリンデを惑わすセリスさえ排除すれば、きっと自分だけを見てくれるはず。そんな歪んだ姉妹愛をナリカは持っているのだ。「姉妹」の範囲内にセリスが入っていないのも、ナリカの歪みの一つと言える。

「……残念ながら」
「諜報部隊が健在ならエルトリンデを簡単に探せるのに。まさかセリスについてるのかしら」
「さて……」

 すべてを知っていながら、マゼンダはす。
 そう、マゼンダは知っている。
 エルトリンデは諜報部隊と共に、ナリカの敵に近い立場を取っていた。実際にエルトリンデが狙っているのはマゼンダだが、それを成そうとすれば必然的にナリカ陣営と敵対することになる。
 エルトリンデの立ち位置を利用して上手く調整できれば、さらに面白いことになりそうだ。
 そんなことを考え、マゼンダの口が自然と笑みの形を作りそうになり……咳払いをするフリをして、口元を軽く押さえる。

「ゴホッ……失礼しました。エルトリンデ様については、見つけたら真っ先に知らせるように言ってあります」
「エルトリンデはいい子だから、セリスにだまされちゃうかもしれないわ。あの忌々しい混ざり者……いつも不幸ぶって、エルトリンデの気を引いて……」
「ご安心ください。ナリカ様は正統なる第一王女なのでしょう?」

 マゼンダが優しい声色でささやくと、ナリカはハッとしたような顔になる。

「……そうよ。私は正統なるキャナル王国の王位継承者。あんなさんだつしゃに負けるわけがないわ。エルトリンデだって、必ず分かってくれる」
「ええ、そうですとも。その意気です」
「よっし! そうと決まれば全部仕分けるわよ!」

 書類の山に戻ったナリカに一礼して、マゼンダは身をひるがえした。
 執務室の扉に手をかけて開き、そこで振り返らないままマゼンダは問いかける。

「そうそう、ナリカ様」
「何? うーん、これはダメね」
「セリス様のことは、どうされるのですか?」

 マゼンダの問いに、ナリカはキョトンとした顔をする。
 どうするのか。その意味を考えて……ああ、と頷く。

「殺すわよ。決まってるじゃない。アイツが全部の原因なんだから」
「そうですか」
「何、反対なの?」

 不機嫌そうなナリカの声に、マゼンダは首を横に振る。

「いいえ、反対も何も。……全て、ナリカ様の御心のままに」

 そう言って執務室を出ていくマゼンダを、ナリカはいぶかしげな顔で見送り……やがて、書類の処理に戻るのだった。



 6


「気を引き締めろよ。何があるか分からん」

 闘技場に向かいながら、アインは隣を歩くカインにささやいた。
 書類選考通過の報せと、次の選考試験である武闘大会の案内が届いたのが一昨日のこと。
 騎士団員選考会などと銘打たれているが、実際に何があるかは分からない。何らかの罠である可能性もある。
 いずれにせよ、その先にいるのは間違いなくマゼンダだ。
 カシナートに来てもほとんど情報のないマゼンダではあるが、流石さすがにこんなイベントで出てこないということはないはず。ならば、目指すのはマゼンダと接触できる順位である。

「……まあ、問題は山積みだがな」
「そうだね」

 カインは前を見据えたまま、同意を返した。
 マゼンダは、この都市を拠点とする第一王女ナリカの腹心。
 それを倒すということはつまり、この都市を丸ごと敵に回すということでもある。場合によっては、さらに長期の潜入が必要になるだろう。
 それでも、まずは目の前の問題から片付けていかねばならない。
 そんな決意を秘めて、カインとアインは闘技場への道を進む。


 闘技場という人と人が戦う姿を見るためのこの施設は、エルアークにはない。というのも、人同士の戦いを娯楽とすることに抵抗のある者が多いからだ。
 しかしそれは、このカシナートに闘技場があることと矛盾する。
 いや、闘技場だけではない。このカシナートには、エルアークよりも遥かに多くの娯楽……というよりも享楽がある。
 闘技場、娼館、各種の賭博場。首都エルアークよりもそうした施設が多い理由は、このカシナートという街が何故なぜ存在するのかということと関係している。
 副都カシナートは、王が即位した後に残った「次に尊い王族」が治める街である。平たく言えば、王になれなかった王族家が、王の予備としての役割を果たすために存在する街なのだ。
 しかしながら王に息子が誕生すれば、当然次の王はその息子になる。だから、実質は王都から追いやられた王族の行き先と言っていい。
 そんな王族を慰めるために闘技場ができて、戦いで名を上げるために様々な者が集まった。
 彼等を客層とした娼館が建ち、そして闘技場での賭けが容認され規制や抵抗感が緩くなった隙をついて賭博場ができ上がった。そうして完成したのが、今のカシナートである。
 エルアークが光の都であるならば、カシナートは影。光が輝く裏に生まれた、影の都なのだ。
 そのカシナートの象徴ともいえる闘技場には今日、多くの人が集まっていた。騎士団員選考会の一環として行われる、武闘大会を見物するためだ。
 選考会のルールは至ってシンプル。実力勝負の勝ち抜き戦である。
 防具は参加者自身で持ち込めるが、武器は死亡事故回避のために刃を落としたものが使用される。
 また、大魔法を除く魔法も使用可能だ。
 とはいえ、戦闘用の魔法は大魔法でなくともそれなりの殺傷力を持っている。簡単に相手を殺せる技術であり、武器のように刃を落とすといったこともできない。
 だから、魔法に関しては「相手を殺さないように留意する」と規定されている。
 厳格な規定とはほど遠いが、強さのみならず、騎士としてふさわしい振る舞いを見せる場でもあるため、どう戦うかも参加者に委ねられているのであった。
 闘技場にたどり着いたカイン達は、早速自分の武器を選んでいた。
 カインはロングソードを手に取り、握り心地を確かめて軽く振る。

「ん、これかな」

 カインは選び出した剣を持って、武器庫の出口へと向かった。
 アインも同じようにロングソードを手に取り、カインの後に続く。得意とする短剣やとうてき武器を選ばなかったのは、自身が隠密であることを第一王女軍に見抜かれないようにするためだ。
 出口には一人の騎士がいて、そこで選んだ武器を見せることになっている。

「カイン選手とアイン選手……二人ともロングソードですか。了解しました」

 何かをサラサラと書き込むと、騎士はアインとカインへ順番に視線を送る。

「分かっているとは思いますが、これは貸し出し武器です。他人への譲渡、販売は禁止されています。破損については試合中のことであれば、責任を問いません。破損した場合、こちらで破損武器の返却と新たな武器の貸し出しを行うことになります」
「はい」
「ああ」

 カインとアインの返事に満足した表情を浮かべると、騎士は出口の扉を指し示す。

「それでは、健闘をお祈りします」

 試合開始までは、まだ時間がある。
 しかし、闘技場はすでに試合中であるかのような熱気で溢れていた。



 7


 観客で埋まった闘技場の舞台に、一人の騎士が進み出る。
 一見すると軽装にも思えるその姿は、光杖騎士団所属であることを示す装いだ。

「ようこそ、カシナートに集いし民よ! これより第一王女ナリカ様よりお言葉がある! 一言も聞き漏らしのないように努めよ!」

 響き渡る声が闘技場のざわめきを静寂に変える。
 外でも巡回している騎士が呼びかけているらしく、露店の呼び込みの声すら消えていった。
 やがて完全なる静寂が場を包んだのを確認すると、貴賓席と思われる場所に座っていた一人の女が立ち上がる。
 そして、ゆっくりと闘技場の座席を見回した。
 観客で埋まっているさまを満足げに眺めると、女はおうように頷く。

「……空をご覧なさい。この善き日に雲一つない晴天であるという事実は、まさにライドルグ様が私を祝福し、見守ってくださっている証と言えるでしょう」

 拡声魔法を使い会場に声を響かせた女――ナリカは黄金の杖を掲げ、空を指し示した。
 今日の空は快晴。
 信心深いものであれば、「その通りだ」などと思ってしまうかもしれない。
 しかしながら、この台詞せりふにはいくつかのパターンが用意されている。
 例えば曇りだったら「ライドルグ様は現状を憂慮されています。この曇天はまさにライドルグ様のお心そのもの。我等の信仰を捧げ、エルアークを占拠する賊という『雲』を排除せねばなりません」といった具合だ。雨の場合の台本も、当然ある。

「これから闘う勇士達は、私のもとで正義を貫くべく集いました。さあ、さんだつしゃを砕く新たなる騎士達の誕生の瞬間を見届けなさい」

 そして、ナリカは黄金杖で床を叩いて宣言する。

「……騎士団員選考武闘大会、開幕です!」

 響く歓声。その中で、舞台上の騎士が叫ぶ。

「では、第一試合! アインとセルゲイ・カルキノス! 前に出よ!」
「頑張って、アイン」
「誰にものを言ってる。自分の心配でもしてろ」

 カインの頭を小突くと、アインは舞台上に進み出る。
 カイン達がいるのは舞台脇の選手席と呼ばれる場所で、闘技場の高い位置にある貴賓席と違いかんの景色こそないが、最も間近で戦いを見ることのできる場所である。

「では……試合開始!」

 そう言って騎士が舞台から離れていくと、セルゲイは剣を鞘から引き抜いた。

「フン、お前みたいなのが騎士を目指すとはな」

 セルゲイ・カルキノスと呼ばれた青年は、そう言って鼻を鳴らす。
 鋼色の胸部鎧、同色のガントレットにグリーブ。さらにはロングソードに大仰な紋章の入った金属盾。格好だけでいえば、騎士そのものだ。
 アインが黙っていると、セルゲイは大袈裟な仕草で髪をかき上げてみせた。

「僕はこのキャナル王国に代々続くカルキノス子爵家の次男だ。そのまま城にせ参じても充分騎士になれる身分だが、この選考会で僕という逸材が存在することを示そう……というわけさ」

 アインは答えない。
 それをによるものと考えたのか、セルゲイの口調はさらにヒートアップしていく。

「おや、これはすまない! 軽々しく自分の身分など明かすものではなかったね! いや、気にする必要はないとも。何しろ僕は魔法も剣も最高の教師のもとで学んでいる! まだ魔法剣こそ使えないが、近々使えるようになるはずだ! つまり僕こそが最強の騎士になれる存在というわけさ! 負けたって恥じゃあない!」

 アインは答えない。
 セルゲイは一通り自慢して満足したのか、アインを無遠慮な視線で眺め回し始める。

「なあ、アインだったか? 僕の配下に加わらないか? あんな男より僕のほうが……」
「おい」

 いらったようなアインの声が、セルゲイの言葉を中断させる。

「いつになったらかかってくるんだ。お喋りしたいなら、その辺の木に向かって延々としてろ」
「んなっ……!? お、お前……僕を誰だと……」
ざれごとを垂れ流すゴミだ。あまりにくだらんから、新種の呪法かと思ったぞ」

 淡々と答えるアインに、セルゲイは怒りでプルプルと震えだした。

「お、お前……ちょっといい女だから怪我させずに済ませてやろうと思えば、調子に乗りやがって……!」

 セルゲイは魔導の指輪をはめた手をアインに向け、詠唱を始める。

「風よ、荒れ狂い僕の敵を微塵に切り刻め……竜巻トルネイド!」
風の魔法障壁マジックガード・ウインド

 セルゲイの魔法は、アインの魔法障壁マジックガードによってあっさり弾かれる。

「そ、そんな! 僕の魔法が!」
「詠唱が遅い、魔力変換も遅いし集中が浅い。その程度の魔法にこれだけ時間をかけて、防がれないと思うほうが不思議だ」

 魔法は魔法障壁マジックガードで防ぐというのが魔法使いの常識だ。相手の放つ魔法を見極めて、複数種類のある魔法障壁マジックガードを的確に素早く使い分けるのが、良い魔法使いとされる条件である。
 それは攻撃においても同じで、相手が魔法障壁マジックガードを張る前に倒す、あるいは相手の魔法障壁マジックガードを突破できる魔法を構成する魔法使いこそ、優秀といえる。
 セルゲイの魔法は未熟で相手に読まれやすく、威力も弱いが故に簡単に防がれた。ただそれだけの話なのだ。

「あ、ありえない……そ、そうか! お前、あの男のサポート役なんだな、それで!」
風の矢ウインドアロー
「ぎゃあ!」

 足元に撃ち込まれた魔法に驚き、セルゲイはバランスを崩して倒れそうになった。
 何とか体勢を立て直したセルゲイにアインが溜息を吐くと、セルゲイは恥辱で顔を真っ赤にする。

「くそっ……魔法使いだったのか! ロングソードなんか持ってるからだまされてしまった! だが、そうと分かった以上、手加減はなしだ! 僕の剣技の冴えを見るがいい!」

 うおおお、と叫びながら剣を構えて突っ込んでくるセルゲイを、アインは冷たい目で見据える。
 剣を抜くりすらないアイン。
 それを見たセルゲイは、やはりアインは剣の扱いに慣れていない魔法使いだったのだと確信を深めた。ならば物理障壁アタックガードを張る暇すらないほど……いや、張っても打ち抜くほどの一撃で倒せる。
 自分を馬鹿にした女に目に物見せてやろうと、セルゲイは自分の最高の技を繰り出すことを決めた。
 そう、これならば――必勝の予感とともに、セルゲイは叫ぶ。

「いくぞ、奥義ゲボォ!」

 鎧に守られていない腹を狙って、アインの蹴りが放たれた。
 くの字に身体が折れ曲がったセルゲイは、輝く汁を口から吐きながら後方へと吹っ飛ぶ。
 やがて足がもつれて倒れたセルゲイは、そのまま舞台の隅までゴロゴロと転がっていく。
 そして、口をぱかあ、と開けた阿呆面をさらしたまま停止した。
 白目をむいてビクンビクンと震えているセルゲイには目もくれず、アインは舞台に飛び散った刺激臭のする汁を嫌そうな顔で眺める。すんでのところでかわしたが、危うくこの汁がかかってしまうところだった。

「なるほど……奥義ゲボォ、か。意外に恐ろしい技だったな」

 呆然としていた騎士は、ハッとしたような表情になると、アインの勝利を宣言した。
 それと同時に、剣すら抜かずに勝利したアインへの賞賛と歓声が闘技場中に響く。
 結果から見れば、アインが圧倒的な実力差を見せつけての勝利である。
 しかし、あまりにもセルゲイが愚かだったせいで、観客には勘違いした馬鹿を実力者が適当にいなしたように見えていた。
 そして同時に、剣を抜きもしなかったアインの行動が、弱者を傷つけることを良しとしない騎士の精神にかなっていると感じた者もいたのだ。
 実際には剣を抜くまでもなかっただけだが、観客はそこまで理解していない。

「……フン、くだらん」

 響く歓声に背を向けて、アインは一人小さく呟いた。



 8


「へえ、強いじゃない。それとも、あのセルゲイが弱いのかしら」
「一応、セルゲイも将来有望と言われていたのですがね」

 暇そうに果汁ジュースのグラスを傾けていた貴賓席のナリカに、隣に立つ近衛騎士団長が答えた。
 セルゲイ・カルキノスは、武勇に優れたカルキノス子爵家の次男である。
 長男は光盾騎士団の一員としてナリカのもとにいるが、次男も今大会に出場したとなると、カルキノス子爵はナリカに完全につくことを決めたと考えていいだろう。

「そうよねえ。アイツ、自分は強いんだって散々自慢してたし。でもそうなると、庶民に相当強いのが交ざってることになるわ」
「アレは冒険者でございましょう? 普段から実戦に慣れた者です。その経験のないセルゲイではきついでしょうな」

 あくまで経験の差だ、とフォローする近衛騎士団長をナリカはジロリと睨む。

「今必要なのは即戦力よ。私はね、いつまでも混ざり者に王都を好き勝手させておくつもりはないの」
「……分かっております。されど、平定後のこともお考えください」

 そう、強いだけが騎士の条件ではない。
 現代において、騎士の本質的な役割は治安維持だ。そのためには戦う力だけでなく、正しきを見極める知識や教養も必要となる。
 大抵の場合において、それにけているのは貴族だ。一般人――例えば冒険者は「武」に優れていても、「知」では圧倒的に劣ることが多い。
 そして「知」に欠けていることは、すなわち人を導く資質に欠けているということでもある。
 それを言おうとして……しかし、近衛騎士団長は言葉を呑み込んだ。
 言うのは簡単だが、ナリカは理解を示そうとはしまい。それが経験上、分かっていたからだ。

「けど、どうしようかしら。平定後が云々って話をするなら、セルゲイはいずれ何処どこかで採用する必要があるわね?」
「……ハッ」

 そんな会話がされていることとは関係なく、舞台ではすでに次の試合が開始されていた。


「次! ノートゥングとカイン!」

 舞台中央に進み出るカイン達には目もくれず、アインは選手席で思索にふけっていた。
 出場者達が本気で「ナリカの配下の騎士」であることを望むならば、この武闘大会とやらでナリカ王女はそれなりの戦力増強を果たすことができるだろう。
 今大会は一見、愚かなお祭り騒ぎにしか思えないが、成り上がりの野心を持つ者達を実に効率よく集めている。
 仮にこの「武闘大会」を定期的に行ったとしたら、ナリカの本拠地であるカシナートには自身の現在の地位に満足していない「野望に満ちた実力者達」が次々にやって来るに違いない。
 そうなった場合、セリス王女の陣営で対抗しきれるのだろうか?

「勝者、カイン!」

 相手側の旗印がナリカ王女であることは、疑いようもない事実だ。
「アルヴァの襲撃」を裏で操っているとおぼしきマゼンダを討ったとて、それは内乱に混沌で味つけした者を排除しただけにすぎない。一体、ナリカ陣営にどれだけの影響があるというのだろう。
 いや、それだけでも「魔族によるキャナル王国への攻撃」などという噂の火消しにはなるかもしれない。だとすれば、アインにとって――ザダーク王国にとっては利のある話だ。

「アイン、おーい、アイン?」
「……何だ。私は今忙しいんだが」

 アインが思考を打ち切り、声をかけられた方へ振り向くと、そこには不満げな表情でカインが立っていた。

「その顔は何だ?」
「いや、勝ったんだけど。見てなかっただろ」

 そう言われて、アインは不思議そうな顔をする。

「……別にお前が勝つのは当たり前だろう。負けたら蹴りを入れてやったところだが。結果の分かりきっている試合を見る必要が何処どこにある」

 マゼンダに近づかなければならない以上、この大会で上位に食い込むことは必須。つまり、第一試合程度に勝つのはアインとしては当然であった。
 カインの実力であれば第一試合突破など簡単だと考えていたので、全く気にしていなかったのだが……カインはそれが不満なようだ。

「結構頑張ったんだけどなあ」
「そうか。次も頑張れ」

 そう言って視線を外すアインに、カインは軽く頭を掻きながら溜息を吐く。

「いや、そりゃ頑張るけどさ……まあ、いいや」

 その後の試合は、おおむねアインの予想通りに展開した。
 実力者は残り、凡庸な力しか持たない者はほとんど敗退。
 選考会は明日も続くため、今日は一度宿へと帰ることになる。
 敗者だからといって騎士に採用する可能性が残っていないわけではない……などとナリカが言っているのを聞きながら、アインはふうと溜息を吐いた。
 隣では、カインが少しピリピリした雰囲気を漂わせている。

「……ねえ、アイン。これってやっぱり……」
「気を抜くなよ」

 アインはカインに、それだけ答える。
 騎士団員選考会。
 分かりやすく成り上がれるイベントが本性を見せるのは――これからである。

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