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33話
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仮定する。
否定する。
あの槍が赤マントの手にない光景を仮定して、赤マントの槍を否定する。
想像する。
赤マントの手に、あの槍が無い風景を今……ここにあるこの場所に幻視する。
そう。
瑞貴が弾き飛ばすべきは、この槍。
これがあるから、茜の槍が届かない。
これがあるから、茜の……二人の恋が、阻まれる。
だから、こんな槍なんて、この世界にいらない。
こんなものは、ここには無い。
瑞貴は否定する。
瑞貴は幻視する。
消えろ。
こんな槍は、この世界から無くなってしまえ、と。
……そして、世界は混ざり合う。
それは、一瞬の感覚で。
成功を確信した瑞貴は、転がるように赤マントから距離をとる。
「今だ、茜!」
赤マントの手から、槍が消える。
手の中の感覚に驚く赤マント。
次の槍が出てくるまで数秒すらかからないだろう。
だが、それでいい。
例え数秒でも、槍が無いなら。
もう茜の攻撃を弾く手立ては無い。
そして、今の赤マントは避ける事も許されない。
「……終わりだね」
茜の放った槍の一撃が、赤い閃光となって赤マントの胸を貫く。
それは人間であれば、確実に致命傷となる一撃。
「ご……ぁっ」
赤マントは、苦悶の声をあげる。
深く貫く茜の槍からも、赤マントの体からも……一滴の血すらも出てはいない。
ただ、黒い霧のようなものだけが貫かれた赤マントの胸から、背から溢れ出て。
茜の槍が引き抜かれると同時に、赤マントは膝から崩れ落ちる。
溢れ出る黒い霧は、赤マントの胸に空いた穴を少しずつ広げていく。
「残念だったな。お前、もう助からねぇよ」
再び人の姿になった六花が、膝をついた赤マントを見下ろす。
「無茶してこっちに来た代償なの。こっちには何も残さず消えるが定めなの」
メリーさんも、鎌を背負いなおして呟く。
「何故だ……。なんで恋なんていう訳わかんないものがあんなに……」
「当然だよ」
茜は赤マントに正面から槍を向けたまま、そう語る。
「赤マントの始まりは瞬間の殺意。それ故に武器は槍を形作る」
「ああ。だが、何故、恋が槍を形作る? 恋は、秘めて守るものじゃないのか?」
赤マントは、困惑した目で茜の槍を見つめる。
秘めて守るもの。
それもまた、恋の形には違いない。
だが、恋の形は一つではない。
「私の始まりは、瞬間の殺意と、瞬間の恋。殺意も恋も、一瞬にして一撃必殺。落ちる場所は違えど、そこは同じ。だから、私の武器は槍の形を取る」
未だ困惑した顔の赤マントを、茜は見下ろす。
「それに、お前の中にある古沢夕の恋心とは違う。それは古沢夕のもので、お前にはそれを理解しきれなかった。私は、恋が何か理解してるし……守りに入るつもりもないもの」
その言葉を、瑞貴は静かに聞いていた。
何度聞いてもまだ、瑞貴には信じられなかった。
だが、そうすると……赤マントが瑞貴に執着したのもあるいは、その心の影響だったのかもしれない。
「……君は、違うというのかい?」
赤マントは、そう言って茜を見上げる。
その身体は黒い霧となって、少しずつ溶けるように消えていく。
「違う。私も始まりは借り物だった。でも、今なら分かる。私はミズキが好きで、ミズキも私が好き。だから、私の恋は無敵。負ける要素は何処にも無いもの」
茜は瑞貴の方をチラリと見て……そして、宣言する。
「無敵な私の恋は槍となって、必殺の一撃を放つ。だから、私は誰にも負けない。狙った以上、必ず貫いてみせるから」
赤マントは、それを聞いて笑いだす。
今までで一番の、豪快な笑い方で。
「……やっぱり、理解できないな。でも、何故だろうな。君が少し、羨ましく感じるんだ」
赤マントの身体は、すでに肩の辺りまで消えている。
「だが、敵は多そうだぞ? 君の槍が貫く前に、他の奴に撃ち落とされるかもな?」
その言葉に、茜はニヤニヤと笑ってみせる。
「心配いらないよ。誰にも負けやしない。琴葉にも、六花にも。綾香にだって、譲らない」
「そうかい。君の健闘を祈るよ、同族」
「次は、もうちょいマシなものになるんだね、同族」
茜の言葉に、赤マントはニヤリと笑う。
そして、その全てが消えていく。
あとには、何も残らない。
静かになった屋上に影法師のコロコロという声が響き始める。
「さて、と。そろそろ逃げましょうか」
「え?」
琴葉の言葉に、全員が琴葉の方を振り向く。
「いや、あれだけ派手に狐火出しましたし。茜さんはピカピカ光ってましたし。そろそろ火事か爆弾騒ぎで通報いくんじゃないかなー、と」
……そういえば随分派手な光景だったな、と瑞貴は思い出す。
呆れる瑞貴の耳に、サイレン音が聞こえてきて。
「よし、逃げるか遠竹!」
六花が瑞貴を抱えて、屋上から跳ぶ。
「待て鉄屑! ミズキをどこに持ってく気だ!」
「オイオイ、さっきみてぇに名前で呼んでくれねえのかよ!」
「うるさい! ミズキを置いてけ!」
六花と、六花に抱えられる瑞貴の後を追うように茜も跳んで。
「ボク達も行きますか」
「置いて行かれると面倒なの」
琴葉とメリーさんも、屋上から跳ぶ。
そのまま瑞貴達は、屋根の上を幾つも跳び移っていく。
何度かボールのように奪い、奪われながら。
家に到着する頃には、瑞貴はグッタリと気を失ってしまったのだった。
否定する。
あの槍が赤マントの手にない光景を仮定して、赤マントの槍を否定する。
想像する。
赤マントの手に、あの槍が無い風景を今……ここにあるこの場所に幻視する。
そう。
瑞貴が弾き飛ばすべきは、この槍。
これがあるから、茜の槍が届かない。
これがあるから、茜の……二人の恋が、阻まれる。
だから、こんな槍なんて、この世界にいらない。
こんなものは、ここには無い。
瑞貴は否定する。
瑞貴は幻視する。
消えろ。
こんな槍は、この世界から無くなってしまえ、と。
……そして、世界は混ざり合う。
それは、一瞬の感覚で。
成功を確信した瑞貴は、転がるように赤マントから距離をとる。
「今だ、茜!」
赤マントの手から、槍が消える。
手の中の感覚に驚く赤マント。
次の槍が出てくるまで数秒すらかからないだろう。
だが、それでいい。
例え数秒でも、槍が無いなら。
もう茜の攻撃を弾く手立ては無い。
そして、今の赤マントは避ける事も許されない。
「……終わりだね」
茜の放った槍の一撃が、赤い閃光となって赤マントの胸を貫く。
それは人間であれば、確実に致命傷となる一撃。
「ご……ぁっ」
赤マントは、苦悶の声をあげる。
深く貫く茜の槍からも、赤マントの体からも……一滴の血すらも出てはいない。
ただ、黒い霧のようなものだけが貫かれた赤マントの胸から、背から溢れ出て。
茜の槍が引き抜かれると同時に、赤マントは膝から崩れ落ちる。
溢れ出る黒い霧は、赤マントの胸に空いた穴を少しずつ広げていく。
「残念だったな。お前、もう助からねぇよ」
再び人の姿になった六花が、膝をついた赤マントを見下ろす。
「無茶してこっちに来た代償なの。こっちには何も残さず消えるが定めなの」
メリーさんも、鎌を背負いなおして呟く。
「何故だ……。なんで恋なんていう訳わかんないものがあんなに……」
「当然だよ」
茜は赤マントに正面から槍を向けたまま、そう語る。
「赤マントの始まりは瞬間の殺意。それ故に武器は槍を形作る」
「ああ。だが、何故、恋が槍を形作る? 恋は、秘めて守るものじゃないのか?」
赤マントは、困惑した目で茜の槍を見つめる。
秘めて守るもの。
それもまた、恋の形には違いない。
だが、恋の形は一つではない。
「私の始まりは、瞬間の殺意と、瞬間の恋。殺意も恋も、一瞬にして一撃必殺。落ちる場所は違えど、そこは同じ。だから、私の武器は槍の形を取る」
未だ困惑した顔の赤マントを、茜は見下ろす。
「それに、お前の中にある古沢夕の恋心とは違う。それは古沢夕のもので、お前にはそれを理解しきれなかった。私は、恋が何か理解してるし……守りに入るつもりもないもの」
その言葉を、瑞貴は静かに聞いていた。
何度聞いてもまだ、瑞貴には信じられなかった。
だが、そうすると……赤マントが瑞貴に執着したのもあるいは、その心の影響だったのかもしれない。
「……君は、違うというのかい?」
赤マントは、そう言って茜を見上げる。
その身体は黒い霧となって、少しずつ溶けるように消えていく。
「違う。私も始まりは借り物だった。でも、今なら分かる。私はミズキが好きで、ミズキも私が好き。だから、私の恋は無敵。負ける要素は何処にも無いもの」
茜は瑞貴の方をチラリと見て……そして、宣言する。
「無敵な私の恋は槍となって、必殺の一撃を放つ。だから、私は誰にも負けない。狙った以上、必ず貫いてみせるから」
赤マントは、それを聞いて笑いだす。
今までで一番の、豪快な笑い方で。
「……やっぱり、理解できないな。でも、何故だろうな。君が少し、羨ましく感じるんだ」
赤マントの身体は、すでに肩の辺りまで消えている。
「だが、敵は多そうだぞ? 君の槍が貫く前に、他の奴に撃ち落とされるかもな?」
その言葉に、茜はニヤニヤと笑ってみせる。
「心配いらないよ。誰にも負けやしない。琴葉にも、六花にも。綾香にだって、譲らない」
「そうかい。君の健闘を祈るよ、同族」
「次は、もうちょいマシなものになるんだね、同族」
茜の言葉に、赤マントはニヤリと笑う。
そして、その全てが消えていく。
あとには、何も残らない。
静かになった屋上に影法師のコロコロという声が響き始める。
「さて、と。そろそろ逃げましょうか」
「え?」
琴葉の言葉に、全員が琴葉の方を振り向く。
「いや、あれだけ派手に狐火出しましたし。茜さんはピカピカ光ってましたし。そろそろ火事か爆弾騒ぎで通報いくんじゃないかなー、と」
……そういえば随分派手な光景だったな、と瑞貴は思い出す。
呆れる瑞貴の耳に、サイレン音が聞こえてきて。
「よし、逃げるか遠竹!」
六花が瑞貴を抱えて、屋上から跳ぶ。
「待て鉄屑! ミズキをどこに持ってく気だ!」
「オイオイ、さっきみてぇに名前で呼んでくれねえのかよ!」
「うるさい! ミズキを置いてけ!」
六花と、六花に抱えられる瑞貴の後を追うように茜も跳んで。
「ボク達も行きますか」
「置いて行かれると面倒なの」
琴葉とメリーさんも、屋上から跳ぶ。
そのまま瑞貴達は、屋根の上を幾つも跳び移っていく。
何度かボールのように奪い、奪われながら。
家に到着する頃には、瑞貴はグッタリと気を失ってしまったのだった。
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