うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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万智と静絵のふたり酒

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とても美味しかったスッポン鍋、そしてとても驚いた仁菜さんの住まい。今、そんな想いを胸に、オレはひとり帰途へとついていた。

「(ぽいっぽいっ…、ぼちゃちゃちゃ…!)美味しかったよスッポンくん、また来世でも美味しいスッポンに育ってね…」

まだ風邪で身体が思うようにならない仁菜さんの為に、生ゴミになるスッポンくんの内臓類は持ち帰り故郷の川に返した。

するとすぐにボラのような魚が集まって来たので、スッポンくんの内臓はあっという間に綺麗に消えた。おかしいな、あれはブラックバスとかブルーギルとかいう外来魚だったのかも。やたらとバシャバシャいってたし、そうかもしれない。

『ファァ~ン!…ガタタン…ゴトトン…』

下町の景色に、電車の音が遠く響く。

なんともノスタルジックな光景。オレが写真家なら、パシャリと一枚夕陽に染まる街並みを撮るところだな。

( しかし仁菜さんのうちは、スゴイ部屋だったなぁ…)

鮮烈にノスタルジック。平たく言うと物凄いオンボロアパート。

でも、それに触れてはいけない。人には触れられたくない部分というモノがあるものだ。きっと家庭の経済事情とか、色々とあるのだろう。オレも彼女たちに、自分がオタでボッチで虐められていた事は、決して触れられたくはない。

食事を終えた後、トイレに行きたいという仁菜さんに肩を貸した。それで布団の匂いと混じり合った仁菜さんの香りと温もりを間近に感じ、ドギマギもした。だって仁菜さんて、どこかアンニュイなフェロモン系美女なんだもん。

そしてそんなフェロモン系美女の仁菜さんが和式トイレで用を足しているのを想像して、なんだかムラムラモヤモヤしてしまったが、それはまぁ男の子なので勘弁してほしい。

「(ピロン…!)ん?ああ、瀬来さんからか。なになに…『師匠、シズんち行ったんだって?驚いたでしょ!?』…か。ハハハ、確かにビックリしたな」

瑠羽から情報が回ったんだな。ほんとこの三人は仲が良い。

なので『お見舞いに、仁菜さんにはスッポン鍋を作って食べさせた』と返すと、『いいなぁ~!私には!?』と瀬来さんから返って来た。そこで、『食材は仁菜さんちの冷蔵庫のなか』と返すと、『なら明日は私がお見舞いに行くよッ!』と返事が返ってきた。うん、では明日は二人でスッポン鍋を堪能してくれたまえ。

美女二人に『美味しい美味しい』と舌鼓を打たれれば、スッポンくんも浮かばれることだろう。

…。

とまぁ…それはそれとして、オレはある悩みを抱えていた。

それは『性欲を持てあます』という、辛い悩みだ。

夕陽を背に、ハードボイルドにオレは悩む。きっと夕陽を浴びたオレの背中には、哀愁が漂っているに違いない。

瀬来さんを保護している間、ひたすらに禁欲を続けていた。そして瀬来さんが自宅に帰った今、それは解禁されている訳であった。が、彼女のいるオレが、今更薄い本やエッチな動画のお世話になるのは如何なものかという、ジレンマに陥ってしまっていたのだ。

オレは健康な男。よって、エッチなことは当然本能が必然的に欲するところ。

そんな苦悩の暗闇のなかにいるオレに、光を齎してくれる存在は彼女である瑠羽をおいて他にない。オレが瀬来さんや仁菜さんという美人に接していても辛うじて揺らがずにいられるのは、瑠羽という可愛い可愛い彼女がいればこそなのだ。

だが、そんなオレも限界に達しようとしていた。

激しく性欲を持てあましている。ぶっちゃけ、すごく瑠羽とエッチがしたい。薄い本とか、エッチな動画で観たような事を、瑠羽とイチャコラしたいのだ。

「(ピロン…!)ん…?ああ、今度は仁菜さんからか。なになに…『コォチ、おおきに。スッポンすごくおいしかったわぁ♪』…か。」

うん、はじめは酷く驚いたようだけど、喜んでくれてなによりだ。あ…そうだ。ここはひとつ、恋愛関係に詳しい仁菜さんに、瑠羽との関係を進めるヒントを貰おう!え~とそうだな…(ぽちぽち)。

『どうしたら瑠羽がエッチに応じてくれますか?』

…ってバカ!そうじゃない!これじゃ親しくなった女の子にエッチなメッセージ送りつけるヘンタイじゃないか!

如何したものかと考えることしばし。結局『女の子に訊ねる質問ではない』という結論に至った。そこで妥協案として『ところで瑠羽をデートに誘うなら、どんな場所がいいかな?』という、極めてマイナーダウンされた内容に変わってしまった。

(くぅ~ッ!オレの意気地なし!)

するとしばらくして、『コォチが誘えばどこでも喜ぶと思うけど、瑠羽ちゃんはテーマパークとかコォチと行ってみたいらしいでぇ』という返事が返ってきた。

うおおお!仁菜さんナイス!

そうかテーマパークか!オタでボッチなオレには全く縁のない所だったので、全く視野外の盲点だった!そうだよ、ダンジョンばっか行ってる場合じゃないよな!もっと瑠羽とデートしたりして関係を深めないと!

エッチはそういうことの、もっともっと後じゃないか!


……。


江月が仁菜静絵の風邪のお見舞いに自宅を訪問した翌日。

『江月が風邪のお見舞いの為にスッポン鍋を振る舞った』という情報を入手した万智もまた、静絵の風邪のお見舞いに自宅を訪れていた。

もちろん『ゴハン作ってあげるね』と称し、ちゃっかりとスッポン鍋の御相伴に与るためだ。

「はふっ!ほふっ!…はむむっ!んぅ~ほひひぃ~~ッ♪」
「そない慌てて食べると火傷するでぇ…万智」

「はむっ…!だって、なにコレ!?こんなにあっさりなのにッ!はむはむ…、コクとか味わいが、こんなに!それにとろんとろんが半端ないよ~ッ!!」
「だから大きな声出すのやめぇ~や。ここ壁スカスカなんやから…」

ふたりが食べているスッポン鍋。

それは昨日江月が小分けに冷蔵庫に保管したモノに万智が食材を買い足し、白菜や舞茸などもふんだんに投入されたアップグレード版スッポン鍋であった。

「いいなぁシズ、師匠に手作り料理を振る舞ってもらって。私なんて何日もいっしょに暮してたのに、ずっと外食ばっかだったよ…」
「そらコォチのうちの冷蔵庫が壊れとったからやろ?朝晩外食のほうがよっぽど贅沢やわぁ…」

「でもシズ、顔色もだいぶいいね。咳もぜんぜんないし」
「これでも昨日まではホンマにしんどかったんやでぇ。コォチが来てくれて、ホンマ助かったわぁ…」

…。

一時間後。美味しいスッポン鍋に舌鼓を打ち、万智が半分以上自分で飲み干したお見舞い品の赤ワインの瓶が空になり、冷蔵庫から静絵秘蔵の赤ワインが出されシメのスッポン雑炊を食べる頃には、ふたりはすっかり酔っぱらっていた。

「…でも師匠もさ、ホントよく解らない人だよねぇ~。無骨な感じかと思ったら、こうしてちゃんと料理なんかも出来るし。それに妙に私たちにも優しいし」
「う~ん、それは…元々ええ人やったんとちゃう?」

「またまたぁ~、師匠の事いちばん警戒してたのシズじゃ~ん!」
「そら警戒するわぁ、当たり前やろ?男運のない万智が連れてきた男の人なんやから」

「ひっど~い!私だって好きで男運悪い訳じゃないのにぃ~!(ぶぅ)」
「そら解っとるけど、愚痴を聞かされるこっちの身にもなって欲しいわぁ」

シズの言うように、万智の男運は悪い。どういう訳か問題ばかり起こす男性ばかりが、万智の周りには集まってくるのだった。

「そりゃね、シズみたいに男の子何人も捌けるような猛者からしたら私なんて…」
「あ、ちょっと待ってな。もうすぐ米国市場が開くさかい…(すちゃ、ぽちぽち…)」

万智の言葉を聞き流し、時間を気にして通信端末を弄り出す静絵。そんな静絵を見て、万智は溜息交じりに何も無い部屋を見渡した。

「そういえば…また男の子たちからバッグとかプレゼント貰ったんでしょ?ぜんぜん見当たらないよ?」
「そないなモン全部ネットフリマや。ん…ドルが上げとるな、ちゅうことは明日の日本株も…(ぶつぶつ)」

「ちょっとぉ、だいじょうぶ?恨まれたり刺されたりしない?」
「大丈夫やて。ウチから買うて欲しいなんてことは、一言も言っとらんし。それに同じモン買うて貰っとるから。あないなモンは、一個あれば充分やて」

「………」

うむ、それはまさに水商売の女の手口。そんな親友の言に、万智はジト目でシズを見つつ閉口した。

「ん、どないしたん?」

ようやく通信端末を脇に置いた静絵が、万智の表情の変化に気付き問いかける。

「ううん、さすが『七つの誕生日を持つ女』は違うなぁって」
「万智…、それ他で言ったらアカンでぇ…」

今度は静絵がジト目で万智を睨み返す。

万智が言うように、静絵はお付き合いする男性に合わせて誕生日を変えていた。男性からプレゼントを貰える確率の高い誕生日デートの効率を飛躍的に向上させるためのテクニックだったが、万智にはそれが面白くないようだ。

「ハァ、人それぞれやでぇ。ウチはウチで上手くやるから、万智は万智で上手くやったらええやん」
「はぁああ~…!それが出来ないから困ってるんじゃないのぉ…!」

丸テーブルに肘をついていた万智が、そのまま器を避けてぐにゃりと突っ伏す。

「いいなぁ…、ルウ」
「…もぉ。そないな事言うたって、瑠羽ちゃんの方が先にコォチの事好きになったんやから、それは仕方ないやないの~」

「でもさぁ、私の方が先に知り合ってたのにぃ~…」
「そない言うたって、瑠羽ちゃんの親友だからコォチも万智の事あれこれ面倒みてくれてたんちゃうの?今回のウチの事だってそうやわ」

「…シズはさ、江月さん来た時に何か訊かれなかった?」
「ううん、なんも。『体調だいじょうぶか』とか、『お腹空いてるか』とかだけやで」

「ふ~ん…」
「ああ、そういえば帰った後でお礼のメッセージ送った時に、『瑠羽ちゃんとデート行くならどこが良い?』っていうのは訊かれたね」

どてら姿の静絵が、顎に指をあて天井を見ながら思い返す。

「はぁ…。いいなぁ~ルウのやつ…」
「はいはい、そないな事羨ましがってしょげてても仕方ないでぇ。せっかくの雑炊が冷めてまうから、はよ食べ」

「はぁ~い。…ねぇシズ?」
「ん、なんや?」

「今夜泊まってっていい?」
「まったくぅ~、風邪移ってしもうても知らんでぇ…」

「うん…」
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