≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

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花倉の乱 後始末

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家督争いに端を発した花倉の乱は、天文5年5月25日に始まり 6月10日に終息した。

終わってみれば大勝利。

最終的に今川義元派の戦力は12000にも登り、対する玄広恵探派の戦力は3000ほどにしかならなかったのだ。だが主戦場とは全く別の遠江で、便乗し暴れていた者もいたらしい。


で、戰が終われば論功行賞なのだが、これに寿桂尼が待ったをかけた。

「…まことに申し訳ございませぬ。されど、此度は母の我儘を聞いては貰えまいか?」

義元的には、福島はよく知らぬし庶兄・恵探をそそのかし謀反を起こした悪い家臣。しかし母・寿桂尼からしてみれば、福島もまた今まで今川を支えてきた大事な家臣。しかもそうした動きが在るのを知り、密かに説得を行なってくれていたというではないか。

そして玄広恵探の母。つまり父・氏親の側室であった福島助春の娘とも面識があり、これ以上は傷つけることなく穏便に済ませたいとの願いであった。

(う~む…)

よって、罰は与えるが福島家を取り潰したり領地の完全没収はなしとなってしまった。まぁ、当主になったばかりで家臣の家の取り潰をしたら、他の家臣たちの不安を煽ってしまう。なのでそうした意味も含まれた仕置き。

しかしそうなると今川家の懐から働いた者に褒美を出さねばならない訳で、自分で稼いだ訳ではないがだいぶ身銭を切った。

特に一番頑張ってくれた岡部親綱には褒美の金子や米と共に、結婚式のスピーチで披露したら絶対感動誘うよねってくらいの感状を贈った。



え、オレ?オレだよオレ、義元だよ。


あ~、なんかね。戦に出たり、人の生き死にを目の当たりにして、人生とは…。なんて考えている内に、今まで受け入れてなかった自分の中に居る存在との垣根が、ぜんぶ取っ払らわれた。

そしたらスルスルと自分の心とソイツの心が溶け合って、すごくスッキリした気分。つまり今のオレは、新生・今川義元。

だから、今なら分かる。

自分の中に居たのは遠い未来に生きていた存在で、我が身がいつ、どんな状態で死ぬかも知っていた。なぜそんな者に憑かれたのかは解からない。が、生き残るためにその知識を使わない手はない。

だから桶狭間は鬼門。ヨシモー、絶対上洛なんてしないお!

「…何を難しい顔で考えておられるのですか?」

思考の縁から浮かび上がると、いつの間にか部屋の隅に雪斎が控えていた。今日も相も変わらず、長いまつげに澄んだ瞳なのにやたらと力の籠ったまなざしを向けてくる。

「ああ、雪斎。家中の褒美は済んだが、北条に対しての礼がまだだ。どうすればよいと思う?」

すると雪斎はしばらく考え込み、庭の景色に目を向けながら答えた。

「残りの金子に不安があるのであれば、米や馬などはいかがでしょう?」
「ふむ、米に馬か…」

しかし米も褒美として与えているので、これ以上減るのは困る。とすると馬か…。

「では兄上が揃えていた馬を贈ろう。儂は乗馬が上手くないし、扱いやすい馬が一頭もおればよい」
「よろしいので?」

「良いも悪いもなかろう。助けてもらって礼もせぬでは、吝嗇の誹りを受けよう。それではまた困った時に、助けてもらえなくなる」
「なるほど、道理ですな」

すると頭のなかに、馬たちが速駆け競争している景色がパッと思い浮かんだ。

「おお、そうじゃ!雪斎、関口親永を呼んでくれ。頼みたいことがある」

しばらくして、呼ばれて廊下の縁に手をついた関口親永が頭を下げる。

「関口親永にございます。お呼びと伺いまかり越しました」

関口親永は義元より年下。だが歳が近く温和な性格なので、なにかと用事を頼み易くて気に入っていた。

「おお、よう来たよう来た。ほれ、近う近う」
「ハ、失礼いたします」

廊下の縁から親永が躙り寄ってくると、義元はその労をねぎらった。

「おぬしも此度はよう働いたの。そこで、どうじゃ。おぬしも兄・瀬名氏俊のように、儂の妹を娶るか。ん?」

瀬名氏俊は瀬名家の当主。そして瀬名氏俊の弟・義弘が、この関口親永である。

「た、大変うれしゅうございますが、私などがよろしいのでございますか?」
「うむ。危急の報をいの一番に知らせたのは、その方じゃ。儂はその恩に報いたい。それゆえ不都合無しとなれば、その方の気持ちはどうじゃ?」

「わ、私としては大変に有難いお話。お、お受けいたしたく存じます」
「うむ、そう硬くなるな親永。父や兄にはの、儂からうまく言うてやる」

「お、恐れ入ります」
「で、それとは別にな。おぬしを厩奉行に任命したい」

「う、厩奉行にございまするか?」

聞いた事のない役職に関口親永は目をパチクリさせ、雪斎も何を言い出すのかと警戒のまなざしを義元に向ける。

「そうじゃ。駿府・遠江の領内には、馬の育成に長けた者もそれなりに居るであろう。そうした者どもを集めてな、儂の元で名馬を育てさせたい」
「名馬にございまするか…」

「今居る馬どもは、北条に支援の礼として送る。なに、コレは仕方のないことじゃ。助けてもろうた礼をせぬでは、仁義にもとる。将軍様から義の諱を頂戴した儂が礼もせぬでは、名折れも甚だしいでな」
「は、はぁ」

まだ若く、幼い頃より仏教の教えを学んだ義元は、他の武士よりロマンチストな一面を持っていた。

「その役目は、瀬名氏俊にやってもらうとするかの。だが空になった厩を監督するのは、その方じゃ。関口親永、見事厩を名馬で埋めてみせよ」
「ハ、ハハァ~ッ!」

合点がいったのか関口親永は深々と頭をさげ、雪斎は何も言わず庭の景色に目を細めている。どうやら義元のこの政、師の及第点を頂けたようであった。
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