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【本編】アングラーズ王国編
私は最後にあなたの幸せを願う
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いつから彼女を好きになったのかは分からない。
一緒に暮らしていくうちに、気づけば彼女に惹かれていた。
お節介過ぎるほど、面倒見が良い性格に。
冷静沈着な彼女が、ふと見せる無邪気な笑顔に。
眼鏡を外した彼女の、美しい瞳の色に。
私はどうしようもなく惹かれ、好きになってしまった。
そんな彼女が、お兄様に惹かれていく姿を、近くで見ているのは辛かった。
お兄様がライバルだと分かっていたから、私はカリーナへの想いを押し殺した。
絶対的な存在であるあの人に、勝てるはずがない。
私は、戦う前から早々に諦めてしまった。
アルの時は、告白しろとあんなに急かしておきながら、自分の事となると、呆れるほどに意気地無しだ。
こんなに、好きなのに。
こんなにも、愛してるのに。
この想いを、伝えることもできない。
私は本当に情けない、臆病者だ。
私は、お兄様とカリーナが、お父様の執務室から出て来た時、偶然にも目撃していた。
カリーナの顔色を見て、何があったのか、私はすぐに理解した。
そして執務室に入るべきか、私が思案していると、タイミング良くローズ皇女が執務室から出て来たので、彼女を捕まえて事の詳細を尋ねたのだった。
「──カリーナ様が、自ら、レアン殿下との結婚を取り止めたいとおっしゃったのです」
ローズ皇女は戸惑いながらも、私に詳しく説明してくれた。
カリーナだったら、そう言うだろう。
自己を犠牲にしたとしても、お兄様が大切にするこの国を、見捨てる事は出来ない。
カリーナは、そういう人間だ。
だからこそ、私は彼女を護りたい。
彼女が苦しむ顔など、見たくない。
「──ローズ皇女殿下。お兄様ではなく、私と結婚してくれませんか」
私はローズ皇女の瞳を、正面から真剣に見つめた。
「えっ……?あの……私は、レアン殿下と……」
ローズ皇女はひどく困惑していた。
それはそうだろう。
私とお兄様じゃ、比べ物にならない。
それでも私は、カリーナのために、諦めるわけにはいかなかった。
「この場でいきなり告白されて、あなたが困惑するのは当たり前です。ですが、昨日初めて出逢った時に、私はあなたに心を奪われたのです」
「でも……私は、レアン殿下が好きなのです」
「それは理解しています。しかし、お兄様はカリーナ様の事しか見ていません。そんなお兄様と結婚したとして、あなたが幸せになれるとは思えません。それで本当に良いのですか?私だったら、あなただけを大切にします。そして、誰よりも深く、あなたを愛します」
自分でも呆れるほどに、私はペラペラと嘘を並べた。
なんて最低な奴なんだ。私は。
「ローズ皇女殿下。どうか、私と結婚して下さい。私は兄ほど優秀ではありませんが、必ず、あなたを幸せにします」
そう言って、私はローズ皇女に手を差し伸べた。
どうかお願いだ。
私のために、この手をとって欲しい。
今はまだあなたの事を良く知らないけれど、これから知る努力をして、ちゃんと好きになるから。
誰よりも大切にして、必ず、あなたを幸せにするから──
だから、お願いだ──
「──はい。私も、エアリス殿下の事が気になっていました」
ローズ皇女はそう言うと、恥ずかしそうに私の手を取った。
彼女のそんな顔を見て、私は罪悪感で激しく胸が痛んだ。
「……ありがとう。これから、一緒にお父様を説得してくれますか?」
「分かりました」
ローズ皇女は力強く頷いた。
それからすぐに、私たちは執務室へ向かった。
「お父様。お話があります」
執務室で私はお父様と向き合った。
「今度はお前か。エアリス」
お父様は疲れたような表情でそう言った。
「私とローズ皇女殿下との婚姻を認めて下さい」
「エアリス、何を言っているんだ?ローズ君はレアンと婚姻を結ぶ。そうだろう?」
ローズ皇女に同意を求めるように、お父様は視線を向けた。
「申し訳ありません。私は、エアリス殿下と結婚したいのです」
そう言うと、ローズ皇女は顔を赤らめてうつむいた。
「お兄様と違い、私はローズ皇女殿下を愛しています。それに、フェアクール帝国との縁談は、私でも問題はありませんよね?」
「それも、そうだが……」
「これからは心を入れ替えて、公務にも励みます。今まで蔑ろにしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
お父様の前で、私は深く頭を下げた。
「仕事をお兄様に任せきりにはしません。私もこの国を立て直すため、全力で尽力します」
「……お前の覚悟は、よく分かった。エアリス、本当にいいんだね?」
射るように真剣な瞳をお父様に向けながら、私は「はい」と言って頷いた。
「──分かった。エアリス。婚姻を認めよう」
その言葉を聞いて、私は安堵のあまり力が抜けそうになった。
──カリーナを助ける事が出来た。
大きな喜びと同時に、私は言い知れぬ寂しさを感じた。
そんな時、ひどく思い詰めた顔をしたお兄様が執務室に入って来た。
「国王陛下。お話が──」
「ああ、レアン。丁度良かった。お前とローレル侯爵令嬢との婚姻を認よう」
「えっ……?」
お兄様はあまりに突然の言葉に、理解が追いついていなかった。
「ローズ君はエアリスと婚姻を結ぶ事になった」
お兄様は私がこの場にいる事を、いま気づいたようで、こちらに目を向けると驚いたように目を見開いた。
「どうして──」
お兄様は困惑していた。
鋭いお兄様の事だ。
私のカリーナへの想いは分かっていたのだろう。
「私は変えるつもりはありません」
私は覚悟を決めた瞳でお兄様を見つめた。
するとお兄様は、私の視線から逃れるようにうつむいた。
「……ありがとう。エアリス」
かすれる声で、お兄様はそう言った。
私はずっとあなたに、強い劣等感をもっていた。
何をやっても、あなたには到底かなわなかったから。
俺……いや、私は、もうそんな言い訳は止める。
この国の第二王子として、これからは全力で責任を果たす。
この国が大変な状況になっているのも知らないで、呑気にフラフラして仕事をお兄様に押しつけてしまい、本当に申し訳ない。
これからは誠心誠意、お兄様を支えていく。
だからどうか、カリーナを幸せにして欲しい。
誰よりも、大切にして欲しい。
そんな事、私に言われなくても分かってると思うけど──
私のカリーナへの想いは、心の奥深くに閉じ込めて、蓋をする。
二度と外に出ないように、厳重に。
だから……その前に、言わせて欲しい。
私を助けたいと言ってくれてありがとう。
いつまでも侯爵家にいて良いからと、言ってくれてありがとう。
本当はずっとあなたのそばにいたかった。
お兄様に渡したくはなかった。
断られたっていい、最後にこの想いを伝えたかった──
でも、誰よりもあなたを愛していたから、私は自己を犠牲にしたって構わない。
あなたが幸せになれるのであれば、それでいい。
カリーナ──
私は最後にあなたの幸せを願う。
一緒に暮らしていくうちに、気づけば彼女に惹かれていた。
お節介過ぎるほど、面倒見が良い性格に。
冷静沈着な彼女が、ふと見せる無邪気な笑顔に。
眼鏡を外した彼女の、美しい瞳の色に。
私はどうしようもなく惹かれ、好きになってしまった。
そんな彼女が、お兄様に惹かれていく姿を、近くで見ているのは辛かった。
お兄様がライバルだと分かっていたから、私はカリーナへの想いを押し殺した。
絶対的な存在であるあの人に、勝てるはずがない。
私は、戦う前から早々に諦めてしまった。
アルの時は、告白しろとあんなに急かしておきながら、自分の事となると、呆れるほどに意気地無しだ。
こんなに、好きなのに。
こんなにも、愛してるのに。
この想いを、伝えることもできない。
私は本当に情けない、臆病者だ。
私は、お兄様とカリーナが、お父様の執務室から出て来た時、偶然にも目撃していた。
カリーナの顔色を見て、何があったのか、私はすぐに理解した。
そして執務室に入るべきか、私が思案していると、タイミング良くローズ皇女が執務室から出て来たので、彼女を捕まえて事の詳細を尋ねたのだった。
「──カリーナ様が、自ら、レアン殿下との結婚を取り止めたいとおっしゃったのです」
ローズ皇女は戸惑いながらも、私に詳しく説明してくれた。
カリーナだったら、そう言うだろう。
自己を犠牲にしたとしても、お兄様が大切にするこの国を、見捨てる事は出来ない。
カリーナは、そういう人間だ。
だからこそ、私は彼女を護りたい。
彼女が苦しむ顔など、見たくない。
「──ローズ皇女殿下。お兄様ではなく、私と結婚してくれませんか」
私はローズ皇女の瞳を、正面から真剣に見つめた。
「えっ……?あの……私は、レアン殿下と……」
ローズ皇女はひどく困惑していた。
それはそうだろう。
私とお兄様じゃ、比べ物にならない。
それでも私は、カリーナのために、諦めるわけにはいかなかった。
「この場でいきなり告白されて、あなたが困惑するのは当たり前です。ですが、昨日初めて出逢った時に、私はあなたに心を奪われたのです」
「でも……私は、レアン殿下が好きなのです」
「それは理解しています。しかし、お兄様はカリーナ様の事しか見ていません。そんなお兄様と結婚したとして、あなたが幸せになれるとは思えません。それで本当に良いのですか?私だったら、あなただけを大切にします。そして、誰よりも深く、あなたを愛します」
自分でも呆れるほどに、私はペラペラと嘘を並べた。
なんて最低な奴なんだ。私は。
「ローズ皇女殿下。どうか、私と結婚して下さい。私は兄ほど優秀ではありませんが、必ず、あなたを幸せにします」
そう言って、私はローズ皇女に手を差し伸べた。
どうかお願いだ。
私のために、この手をとって欲しい。
今はまだあなたの事を良く知らないけれど、これから知る努力をして、ちゃんと好きになるから。
誰よりも大切にして、必ず、あなたを幸せにするから──
だから、お願いだ──
「──はい。私も、エアリス殿下の事が気になっていました」
ローズ皇女はそう言うと、恥ずかしそうに私の手を取った。
彼女のそんな顔を見て、私は罪悪感で激しく胸が痛んだ。
「……ありがとう。これから、一緒にお父様を説得してくれますか?」
「分かりました」
ローズ皇女は力強く頷いた。
それからすぐに、私たちは執務室へ向かった。
「お父様。お話があります」
執務室で私はお父様と向き合った。
「今度はお前か。エアリス」
お父様は疲れたような表情でそう言った。
「私とローズ皇女殿下との婚姻を認めて下さい」
「エアリス、何を言っているんだ?ローズ君はレアンと婚姻を結ぶ。そうだろう?」
ローズ皇女に同意を求めるように、お父様は視線を向けた。
「申し訳ありません。私は、エアリス殿下と結婚したいのです」
そう言うと、ローズ皇女は顔を赤らめてうつむいた。
「お兄様と違い、私はローズ皇女殿下を愛しています。それに、フェアクール帝国との縁談は、私でも問題はありませんよね?」
「それも、そうだが……」
「これからは心を入れ替えて、公務にも励みます。今まで蔑ろにしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
お父様の前で、私は深く頭を下げた。
「仕事をお兄様に任せきりにはしません。私もこの国を立て直すため、全力で尽力します」
「……お前の覚悟は、よく分かった。エアリス、本当にいいんだね?」
射るように真剣な瞳をお父様に向けながら、私は「はい」と言って頷いた。
「──分かった。エアリス。婚姻を認めよう」
その言葉を聞いて、私は安堵のあまり力が抜けそうになった。
──カリーナを助ける事が出来た。
大きな喜びと同時に、私は言い知れぬ寂しさを感じた。
そんな時、ひどく思い詰めた顔をしたお兄様が執務室に入って来た。
「国王陛下。お話が──」
「ああ、レアン。丁度良かった。お前とローレル侯爵令嬢との婚姻を認よう」
「えっ……?」
お兄様はあまりに突然の言葉に、理解が追いついていなかった。
「ローズ君はエアリスと婚姻を結ぶ事になった」
お兄様は私がこの場にいる事を、いま気づいたようで、こちらに目を向けると驚いたように目を見開いた。
「どうして──」
お兄様は困惑していた。
鋭いお兄様の事だ。
私のカリーナへの想いは分かっていたのだろう。
「私は変えるつもりはありません」
私は覚悟を決めた瞳でお兄様を見つめた。
するとお兄様は、私の視線から逃れるようにうつむいた。
「……ありがとう。エアリス」
かすれる声で、お兄様はそう言った。
私はずっとあなたに、強い劣等感をもっていた。
何をやっても、あなたには到底かなわなかったから。
俺……いや、私は、もうそんな言い訳は止める。
この国の第二王子として、これからは全力で責任を果たす。
この国が大変な状況になっているのも知らないで、呑気にフラフラして仕事をお兄様に押しつけてしまい、本当に申し訳ない。
これからは誠心誠意、お兄様を支えていく。
だからどうか、カリーナを幸せにして欲しい。
誰よりも、大切にして欲しい。
そんな事、私に言われなくても分かってると思うけど──
私のカリーナへの想いは、心の奥深くに閉じ込めて、蓋をする。
二度と外に出ないように、厳重に。
だから……その前に、言わせて欲しい。
私を助けたいと言ってくれてありがとう。
いつまでも侯爵家にいて良いからと、言ってくれてありがとう。
本当はずっとあなたのそばにいたかった。
お兄様に渡したくはなかった。
断られたっていい、最後にこの想いを伝えたかった──
でも、誰よりもあなたを愛していたから、私は自己を犠牲にしたって構わない。
あなたが幸せになれるのであれば、それでいい。
カリーナ──
私は最後にあなたの幸せを願う。
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