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第1話

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 オレは勇者。すなわち勇者オレ。

 勇者オレは仲間たちと長い冒険の末、遂に魔王を倒した。

 オレの力は魔王に比べて圧倒的だった。何しろオレは、この世界の魔王をまったくの無傷で倒したのだから。まあ、オレの仲間たちは余力もないほどに満身創痍だったけど。

 ガクっと崩れ落ちる魔王が最期に残した言葉はこうだ。

「貴様がワシを滅ぼそうと、いつの日か必ず蘇る。そして闇の力が貴様を滅ぼすであろう」

 はっはっは、言うと思ったぞ。テンプレなセリフだ。だからオレは余裕づらでこう返してやったんだ。

「いつでも蘇って来い。もう一度オレの前に立つ勇気があるならな」

 力の差と格の差を痛感した魔王は、最後までかたわらに付き添った使い魔に魔族語で何かを告げて消滅する。

「$#&@*+◇※▲∴÷;¥!”#$%!」

「○¥#+△☆▲$※:★……」

 日本語で話せよ。読んでる人がわからないぞ。

 かくして、ヨーラシアの世界は魔王の恐怖から解放され、勇者一行は使い魔を捕虜にして王都アリエテに凱旋するのであった。

 なぜ使い魔を捕虜にしたかというと、コイツが魔族のクセにお人形さんのように可愛らしい女の子でさ。名前を聞くと「われはリフレアじゃ」とか時代錯誤な言葉遣いでムスっとした顔がまた可愛くてさ。
 女の子に剣を向けるほどオレは鬼畜ではないし、まあロリコン属性がないわけでもないけど、捕虜にしておけば何かと役に立つかもしれないでしょ?

 ほら、魔物の残党はまだいるわけだし、そいつらの動向を探る役目でも与えておけば……とリフレアを見ると、

「嫌じゃ」

 プイっとそっぽを向かれた。

 まあ、役に立たなくても置いておくだけでお人形さんみたいに見栄えはいいわけだし……と仲間たちを見ると、

「勇者、ロリコンですね」

「ロリコンだね」

「ロリコンだな」

 みんなの冷ややかな視線が、魔王の吐き出すこごえる吹雪よりも冷たかった。

 とはいえ、こんなに可愛い女の子を(魔族ではあるが)リリースするほど人間が出来ていないオレは、仲間の反対を押し切って連れて帰ることにしたのである。


◆ ◆ ◆ ◆


 ヨーラシア大陸の都、アリエテ王国。ここはオレたちの冒険の出発地であり、魔王を倒したオレたちがエンディングを迎える終着地だ。

「みろ、まおうをたおしたゆうしゃさまだ!」

「ゆうしゃさま、せかいをすくっていただいてありがとうございます」

「でんせつのゆうしゃに、ひかりあれ!」

 などと、国を挙げて祝福するアリエテを見てオレは思った。

 ヨーラシアで最も栄えている王都の人々は、テンプレなワードしか話せないし漢字も使えない。兵士は弱いし、王も「ぼうけんのしょにきろくするか? そなたのかつやくにきたいしておる!」としか言わないただのジジイ。魔王が滅んだとはいえ魔物は城外を跋扈ばっこしているし、こんなんで第二第三の魔王が現れたら、

「ゆうしゃよ、やはりそなたはまおうをたおすうんめいなのじゃ」

 とかなんとか言って、またオレに魔王退治をさせるに決まってる。そんなのメンドクサイから、オレはすぐに「伝説の勇者」として普通にエンディングを迎えてもいいのだが、

 待てよ?

 世界を救ったオレの勇者特権を使ってこの世界を、

「オレ仕様に作り変えてしまうのはどうだろう?」

 うん、素晴らしい閃きだ。オレだからできる、オレにしかできない世界を創ればいいんだ。

 となれば必要なのはハーレムだな。魔王を倒したオレに「光あれ」だと? いや、光なんかいらん。ハーレムを寄越せ。国中の可愛い女の子たちを囲って生めや増やせやムッフッフ……英雄は色を好むと言うだろう?

 そんな妄想をしていると、横にいる賢くてお堅い女賢者様が今にも爆炎魔法をかけてきそうに睨んでいるので、オレは咳払いをしてから国民にこう宣言した。

「皆で文明を築き、国防を強めて魔物共から領地を守るのだ。言葉を覚え、産業で国益を上げ、豊かな暮らしを確立するのだ。オレたちが協力しよう」

 ポカンと口を開けている国民にオレの言葉を理解させたのは女賢者様の通訳魔法。賢者様は万能だ。

「おお、ゆうしゃさま!」

「われわれにおちからをさずけてくださるのですね」

「でんせつのゆうしゃに、ひかりあれ!」

 だから、光はいらん。

 ということで勇者一行であるオレと、やたら賢くてやたら美人の女賢者マーヤ、怪力バカの女武闘家パイン、武骨一辺倒の男戦士(名前は忘れた)の四人は、皆で協力してアリエテ王国をオレのハーレム仕様に――

 あ、すいませんマーヤさん間違えました、爆炎魔法は勘弁してください。

 ――豊かな国に作り変える物語が始まるのであった。




 玉座につくオレの前には、王位を退いたハーレンチ=アリエテ四世が大臣となってひざまずく。捕虜として連れてきた使い魔のリフレアは、魔物の動向を探らせるための配下にしたが、

「我は魔王様のしもべじゃ。貴様をあるじとは認めぬぞ」

 ちっちゃいクセに喋り方がこれだ。
 サラサラの細い銀髪と真っ赤な瞳、小さくて華奢な身体、人間でいうと七・八歳といったところかな。でも、尖った耳と、頭にちょこんと生えたツノが魔族の証。背中には手の平くらいの翼が生えてて、魔族の子供にも「ロリ」という言葉が似合うんだなと痛感したよ。

 そんなロリっ子の使い魔が、口を開けばこうである。

「貴様らは魔王様を滅ぼした憎きやつらじゃ。我をそばに置くということは、いつ寝首をかかれても文句は言わせぬぞ」

 もうなんていうか、ギャップに萌える。

「そんな怖いこと言わないで、仲良くしようぜ」

「仲良くじゃと? アホウが! 我の闇魔法で殺されないだけありがたいと思うのじゃ」

 ちびっ子がこうやって強がってる姿、たまらないっす。

 けど、残念ながらオレを殺すことは無理だ。ロリっ子使い魔の「闇魔法」でも、魔王の怪力が繰り出す攻撃やこごえる吹雪でも、オレは殺せない。

 オレは勇者で、しかも不死身なんだ。
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