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最終話
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あれから数日。
何事もなかったかのように俺の日常が戻ってきた。俺の家には脱ぎ散らかした下着もなければ、女性モノのシャンプーや歯ブラシもなくなってる。金髪の髪の毛も落ちてないし、使い終わったバスタオルもない。
「ほたるは、今まで俺と一緒にいたんだよな」
ズボラで口が悪くて性悪で、レタスチャーハンばっかり食べて片付けもしないで、気が付くといつも俺のベッドで横になってたほたるは、
「もういないのか」
俺は脱ぎ捨ててあった自分の部屋着を洗濯カゴに放り投げ入れてから、携帯を開いた。
『新着LINE 2件』
「さっきマリヲカートで150㏄のクラストーナメントにエントリーしたよ♡ ここで優勝したら和馬くんと同じ200㏄に行けるんだよね」
可愛らしい絵文字付きのLINEだ。
光莉先輩、頑張ってるなぁ。150㏄のトーナメントはレベル高いですからね、相当うまくないと残れないですよ。でも今度、少しアドバイスをしてあげようかな。
「初LINEです。センパイとのデートは私が勝ってからでいいですけど、デートじゃなくてもいいから今度ゲーセンで対戦しませんか? ポータブルでやるよりもゲーセンの方が楽しいですよ」
千夏……ふたりでゲーセンって、それをデートと呼ぶのではないか? まあいいか。ゲーセンという舞台の方が、俺も燃えるからな。
しかし、姉ちゃん以外の女の子からLINEが来るなんて初めてだよ。千夏には強引に教える羽目になったけど、まさか光莉先輩からも「和馬くん、携帯教えてよ」って言われるなんて。
ま、ゲーム友達が増えるのはいいことかな。ミノルをボコるだけじゃつまらないし。
部屋の中で一人「ふふっ」と笑ってる俺はおかしいだろうか。きっと、ゲームをする友達が増えて嬉しいからかな。
俺は光莉先輩と千夏に返信を送って、携帯の画面をオフにしようと手を止めた。
七月十八日、十四時〇六分
バイトに行くまではまだ時間がある。メシでも食うか。
ご飯と余りもののソーセージ、レタスを炒めて皿に放り込む。結局俺もレタスチャーハンばっかり食べてるな。
そういえば、最後にレタスチャーハンを作ってあげる約束してたんだった。すっかり忘れてたけど、どうして今さら思い出したんだろう。
湯気が立ち上る皿を持って部屋に行き、
「ああ、今日は七月十八日か。明日は夏祭りの日だ」
今頃きっと、辰野神社では祭りの準備がされているんだろうなとか、金魚すくいは金魚が可哀そうなんだよなとか、そんな他愛もないことを想像していた。
「夏祭り、一緒に行きたかったな」
だんだんと湯気の減っていく皿を見つめて、その向こう側――ゲーム棚の真ん中にあるソフトに目を留めた。
『らぶ☆ほたる~ふたりの同棲日記~(初回限定版)』
俺が過ごした夏は、あまりに短かった。
いや、まだ夏なんて始まってなかったのかもしれない。
無意識にゲームを起動させると『らぶ☆ほたる』のストーリーが始まる。
そこにはゲームのヒロイン、望月ほたるがいる。ほたるの顔が、ほたるの声が、ほたるの仕草が、画面の中にある。
「和馬くん。夏祭り、誘ってくれないの?」
≪選択肢≫
①もちろん一緒に行こう!
②君から誘ってくるのを待ってたんだよ
③その日は塾に行かなきゃ
「もちろん、一緒に行こう」
「嬉しい! 私、浴衣を着ていくね」
清楚な美少女、素直で優しい性格のほたるがいる。
――エロゲでのキャラは作り物なんだよ、バーカ。いいからあたしに飯を食わせろ。
出て来た時のほたるは清楚とか素直とか優しいとか、微塵にもなかったな。と、俺は思わず噴き出してしまった。
「たくさん屋台があるね。何かやってみる?」
≪選択肢≫
①射的
②金魚すくい
③輪投げ
これはたしか……金魚すくいだったな。で、ほたるはこう言うんだ。
「よーし、私がんばるよ!」
「でも……金魚が可哀想だね」
望月ほたるは金魚すくいの金魚が可哀そうだって、優しい言葉を言うんだ。
――和馬はエロくてカスだから「カス馬」だ。ついでにバカだから「バ和馬」だな!
ははは。優しい言葉なんてなかったな。最初の頃は。
金魚すくいを選択した俺に、画面のほたるが答える。
「うん、でも私は和馬くんに射的をやってほしいかな」
あれ? そういう展開だったっけ?
『何を狙う?』
≪選択肢≫
①クマのぬいぐるみ
②キャラメル
③モグラの人形
どれを取ればいいんだか……可愛くて清楚なほたるに似合いそうなのはクマのぬいぐるみか? いや、キャラメルっていう選択もなくはないが、
「モグラの人形?」
どうしてここでモグラの人形があるんだ。これじゃまるで……
パコーン!
と狙いすました射撃で俺が落としたのは、
「これすごくカワイイな! ありがとう和馬」
モグラの人形。これで喜ぶのか。
それから二人でお好み焼きを分け合い、打ち上げ花火を眺めてから夏祭りを後にした。
太鼓や笛が奏でる祭囃子が遠くなっていく。
ほたるは俺の左側を半歩さがって歩いていた。たぶん、このまま家まで送る流れだろう。黙って夜道を行く、俺とほたる。
それは気まずい沈黙ではなく、心地よい静寂だった。
「ねえ、和馬」
ほたるは不意に、俺のシャツを掴んできた。
「もう少し……一緒にいていいか?」
会話の選択肢は出てこない。振り返ってみると、頬を赤らめているほたるがそこにいた。潤んだ瞳をちょっとだけ横に逸らして、口をキュッと結んでいる。
「あたしは和馬と、もう少し一緒にいたいんだ」
「じゃあ、俺の家に寄っていこうか」
そして最終局面。
ここまで何ひとつ「エロゲ展開」が無かったけど、ここから『らぶ☆ほたる ~二人の同棲日記~』が始まるんだ。
そんな雰囲気のまま、俺はほたるを自宅へと連れて行った。
部屋の中で見つめ合う、俺とほたる。
「な、なあ……ほたる。俺は、お前のことが…………」
――大好きなんだ。
俺は言葉を発していた。ゲームの中にいる望月ほたるに、もう一度伝えていた。
「嬉しい……」
ほたるは目に涙を浮かべていた。それは悲しい顔じゃない。幸せそうな笑顔だ。俺はほたるの手を握ると、細くてしなやかな手が優しく握り返してきた。
「和馬は、あたしと一緒にいてくれるのか?」
透き通った碧い瞳がまっすぐに俺を見つめる。二人の距離は、お互いの息遣いが聞こえそうなほどに近い。
「あたしと……ずっと一緒にいてくれるんだよな?」
もう一度、ほたるが問いかけた。
≪選択肢≫
①もちろん
②約束するよ
……ん?
なんだこの選択肢? 答え方がどっちも一緒って、こんなクライマックスだったっけ?
俺は画面を凝視してからコントローラーを慎重に操作し「もちろん」を押した。
――次の瞬間
パッとテレビのモニターが激しい光を放ち、目の前が真っ白になった。強烈な光が視界を遮り、何も見えない。それは、ほんの一瞬の出来事だった。
強く瞑った目をゆっくりと開いていくと、望月ほたるがそこにいた。
テレビモニターの中じゃないぞ? 俺の目の前に立っているんだ。
黒いニーソックスを穿いた足がスラっと伸びる。短いスカートの腰に両手を当てて、ほどよく実った胸を張り、長い金髪を垂らしている。
望月ほたるが、ここにいる!
「ええっ!?」
これが驚かずにいられるか? さっきまでゲームの中にいたほたるが突然、現実に出てきちゃったんだぞ。
眩しい、あまりに眩しい。
清楚な美少女、素直で明るい俺のヒロインは眩し過ぎるほど可愛い。この世のものとは思えない美しさと可憐さ、完璧なスタイルで見下ろすほたるを、俺はただ見つめていた。
すると、ゲームの中で「ずっと一緒にいよう」と約束したほたるは、苺のように愛らしい唇を開いてこう言うのだった。
「あたし、腹が減ってんだ。レタスチャーハンを作ってくれよ」
了
何事もなかったかのように俺の日常が戻ってきた。俺の家には脱ぎ散らかした下着もなければ、女性モノのシャンプーや歯ブラシもなくなってる。金髪の髪の毛も落ちてないし、使い終わったバスタオルもない。
「ほたるは、今まで俺と一緒にいたんだよな」
ズボラで口が悪くて性悪で、レタスチャーハンばっかり食べて片付けもしないで、気が付くといつも俺のベッドで横になってたほたるは、
「もういないのか」
俺は脱ぎ捨ててあった自分の部屋着を洗濯カゴに放り投げ入れてから、携帯を開いた。
『新着LINE 2件』
「さっきマリヲカートで150㏄のクラストーナメントにエントリーしたよ♡ ここで優勝したら和馬くんと同じ200㏄に行けるんだよね」
可愛らしい絵文字付きのLINEだ。
光莉先輩、頑張ってるなぁ。150㏄のトーナメントはレベル高いですからね、相当うまくないと残れないですよ。でも今度、少しアドバイスをしてあげようかな。
「初LINEです。センパイとのデートは私が勝ってからでいいですけど、デートじゃなくてもいいから今度ゲーセンで対戦しませんか? ポータブルでやるよりもゲーセンの方が楽しいですよ」
千夏……ふたりでゲーセンって、それをデートと呼ぶのではないか? まあいいか。ゲーセンという舞台の方が、俺も燃えるからな。
しかし、姉ちゃん以外の女の子からLINEが来るなんて初めてだよ。千夏には強引に教える羽目になったけど、まさか光莉先輩からも「和馬くん、携帯教えてよ」って言われるなんて。
ま、ゲーム友達が増えるのはいいことかな。ミノルをボコるだけじゃつまらないし。
部屋の中で一人「ふふっ」と笑ってる俺はおかしいだろうか。きっと、ゲームをする友達が増えて嬉しいからかな。
俺は光莉先輩と千夏に返信を送って、携帯の画面をオフにしようと手を止めた。
七月十八日、十四時〇六分
バイトに行くまではまだ時間がある。メシでも食うか。
ご飯と余りもののソーセージ、レタスを炒めて皿に放り込む。結局俺もレタスチャーハンばっかり食べてるな。
そういえば、最後にレタスチャーハンを作ってあげる約束してたんだった。すっかり忘れてたけど、どうして今さら思い出したんだろう。
湯気が立ち上る皿を持って部屋に行き、
「ああ、今日は七月十八日か。明日は夏祭りの日だ」
今頃きっと、辰野神社では祭りの準備がされているんだろうなとか、金魚すくいは金魚が可哀そうなんだよなとか、そんな他愛もないことを想像していた。
「夏祭り、一緒に行きたかったな」
だんだんと湯気の減っていく皿を見つめて、その向こう側――ゲーム棚の真ん中にあるソフトに目を留めた。
『らぶ☆ほたる~ふたりの同棲日記~(初回限定版)』
俺が過ごした夏は、あまりに短かった。
いや、まだ夏なんて始まってなかったのかもしれない。
無意識にゲームを起動させると『らぶ☆ほたる』のストーリーが始まる。
そこにはゲームのヒロイン、望月ほたるがいる。ほたるの顔が、ほたるの声が、ほたるの仕草が、画面の中にある。
「和馬くん。夏祭り、誘ってくれないの?」
≪選択肢≫
①もちろん一緒に行こう!
②君から誘ってくるのを待ってたんだよ
③その日は塾に行かなきゃ
「もちろん、一緒に行こう」
「嬉しい! 私、浴衣を着ていくね」
清楚な美少女、素直で優しい性格のほたるがいる。
――エロゲでのキャラは作り物なんだよ、バーカ。いいからあたしに飯を食わせろ。
出て来た時のほたるは清楚とか素直とか優しいとか、微塵にもなかったな。と、俺は思わず噴き出してしまった。
「たくさん屋台があるね。何かやってみる?」
≪選択肢≫
①射的
②金魚すくい
③輪投げ
これはたしか……金魚すくいだったな。で、ほたるはこう言うんだ。
「よーし、私がんばるよ!」
「でも……金魚が可哀想だね」
望月ほたるは金魚すくいの金魚が可哀そうだって、優しい言葉を言うんだ。
――和馬はエロくてカスだから「カス馬」だ。ついでにバカだから「バ和馬」だな!
ははは。優しい言葉なんてなかったな。最初の頃は。
金魚すくいを選択した俺に、画面のほたるが答える。
「うん、でも私は和馬くんに射的をやってほしいかな」
あれ? そういう展開だったっけ?
『何を狙う?』
≪選択肢≫
①クマのぬいぐるみ
②キャラメル
③モグラの人形
どれを取ればいいんだか……可愛くて清楚なほたるに似合いそうなのはクマのぬいぐるみか? いや、キャラメルっていう選択もなくはないが、
「モグラの人形?」
どうしてここでモグラの人形があるんだ。これじゃまるで……
パコーン!
と狙いすました射撃で俺が落としたのは、
「これすごくカワイイな! ありがとう和馬」
モグラの人形。これで喜ぶのか。
それから二人でお好み焼きを分け合い、打ち上げ花火を眺めてから夏祭りを後にした。
太鼓や笛が奏でる祭囃子が遠くなっていく。
ほたるは俺の左側を半歩さがって歩いていた。たぶん、このまま家まで送る流れだろう。黙って夜道を行く、俺とほたる。
それは気まずい沈黙ではなく、心地よい静寂だった。
「ねえ、和馬」
ほたるは不意に、俺のシャツを掴んできた。
「もう少し……一緒にいていいか?」
会話の選択肢は出てこない。振り返ってみると、頬を赤らめているほたるがそこにいた。潤んだ瞳をちょっとだけ横に逸らして、口をキュッと結んでいる。
「あたしは和馬と、もう少し一緒にいたいんだ」
「じゃあ、俺の家に寄っていこうか」
そして最終局面。
ここまで何ひとつ「エロゲ展開」が無かったけど、ここから『らぶ☆ほたる ~二人の同棲日記~』が始まるんだ。
そんな雰囲気のまま、俺はほたるを自宅へと連れて行った。
部屋の中で見つめ合う、俺とほたる。
「な、なあ……ほたる。俺は、お前のことが…………」
――大好きなんだ。
俺は言葉を発していた。ゲームの中にいる望月ほたるに、もう一度伝えていた。
「嬉しい……」
ほたるは目に涙を浮かべていた。それは悲しい顔じゃない。幸せそうな笑顔だ。俺はほたるの手を握ると、細くてしなやかな手が優しく握り返してきた。
「和馬は、あたしと一緒にいてくれるのか?」
透き通った碧い瞳がまっすぐに俺を見つめる。二人の距離は、お互いの息遣いが聞こえそうなほどに近い。
「あたしと……ずっと一緒にいてくれるんだよな?」
もう一度、ほたるが問いかけた。
≪選択肢≫
①もちろん
②約束するよ
……ん?
なんだこの選択肢? 答え方がどっちも一緒って、こんなクライマックスだったっけ?
俺は画面を凝視してからコントローラーを慎重に操作し「もちろん」を押した。
――次の瞬間
パッとテレビのモニターが激しい光を放ち、目の前が真っ白になった。強烈な光が視界を遮り、何も見えない。それは、ほんの一瞬の出来事だった。
強く瞑った目をゆっくりと開いていくと、望月ほたるがそこにいた。
テレビモニターの中じゃないぞ? 俺の目の前に立っているんだ。
黒いニーソックスを穿いた足がスラっと伸びる。短いスカートの腰に両手を当てて、ほどよく実った胸を張り、長い金髪を垂らしている。
望月ほたるが、ここにいる!
「ええっ!?」
これが驚かずにいられるか? さっきまでゲームの中にいたほたるが突然、現実に出てきちゃったんだぞ。
眩しい、あまりに眩しい。
清楚な美少女、素直で明るい俺のヒロインは眩し過ぎるほど可愛い。この世のものとは思えない美しさと可憐さ、完璧なスタイルで見下ろすほたるを、俺はただ見つめていた。
すると、ゲームの中で「ずっと一緒にいよう」と約束したほたるは、苺のように愛らしい唇を開いてこう言うのだった。
「あたし、腹が減ってんだ。レタスチャーハンを作ってくれよ」
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