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2.ビー、裸足で駆け出す
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騎士、ランドルフ。
私のご主人様の婚約者。ベアトリスの具合が悪いと、いつもお見舞いに来てくれる。優しいけれど顔が怖いのよね、とメグが笑っていたのを思い出す。
私は別に怖いとは思わなかったけれど。中庭や廊下であった時には、いつもかがんで撫でてくれる。大きな手で、そっと優しく。で、いつも小さな声で独り言のように話しかけてくれていた。
最近はあまり姿を見なかったけれど、来てくれたんだ。
振り返ったランドルフは、びっくりしたように目を見開いて、飛びついた私の体を抱きとめてくれた。
「ランドルフ!」
「え、あ、……」
ぎゅっと抱き着いた私の体は、優しく引きはがされた。
「いらっしゃ、……」
戸惑ったような彼の瞳の揺らぎに気付いて、私は口を押さえた。
しまった。
ベアトリスはこんなじゃない。久しぶりにランドルフが来てくれたから、嬉しすぎて今の自分の状況をすっかり忘れてしまっていた。
私は記憶の中の彼女の真似をして、丁寧にお辞儀をした。
「――いらっしゃいませ、騎士様」
「……ベアトリス嬢?」
「そうですけど?」
つん、と顔を横にそむけてみた。いつもベアトリスは、ランドルフには冷たい態度だったことを思い出した。
なんとなく、ベアトリスは彼といるときにはいつも笑顔がなかったように思う。理由は知らないし、ごまかすのも今更な感じがするけれど。
不思議に思われないかしら、とドキドキする気持ちを押さえてチラ見すると、彼はじっと私を見下ろしていた。
「な、なんですの?」
ランドルフは何も言わずに、私の体を横抱きにして持ち上げた。
「え、ちょっと、!」
子犬の体じゃなくてもこんなに軽々と持ち上げられるものなの!?
落とされたときの衝撃にそなえて、ランドルフの服をぎゅっと握った。
「本日は、ベアトリス嬢のお見舞いに伺いました。……思ったよりもお加減が悪そうですね」
神妙な顔をしたランドルフは、抱き上げた私の頭の先からつま先までを確認するように見つめていた。
私はビーだけど、姿はベアトリスそのものだし。変なところはない……と思う。
走ってきたところも見てたのに、具合が悪そうに見えるのかしら。
不安になって見上げると、彼と目が合う。けれど、すぐにそらされてしまった。
「……?」
「寝ていたのでしょう? ベッドへ戻りましょう」
まるで毛布を抱えているみたいに軽々とベアトリスの体を抱えて、ランドルフは部屋へ連れて行ってくれた。
「まぁまぁ、お嬢様! そんな恰好で……申し訳ございません、ランドルフ様!」
部屋の前にたどり着くと、ちょうどミルクを持って戻ってきたメグが目を丸くした。
「パジャマに裸足で飛び出していくなんて、よっぽどランドルフ様にお会いしたかったのですね」
そっか、パジャマ……ベアトリスはいつも、外に出るときと寝るときでは違う服を着ていたっけ。
でもそんなこと言ったって、ビーは犬なんだから分かりっこない。誰にも言えないけど、ちょっと悲しくなった。
「昨日まで高熱を出されていたと聞きました。熱に浮かされて、混乱されていたのでしょう」
そっとソファに座らせて、ランドルフはまたじっと私を見つめた。
深く黒い瞳に、ベアトリスの顔が映るのを、私も見つめた。
何もかもを見透かすような瞳。犬の姿の私を見るときとは違う色をしている。瞳の中のベアトリスも、こちらをじっと見つめている。
すっと立ち上がり、ランドルフは扉の前で一礼し、「お大事に」とだけ告げて出ていった。
メグに足の裏を拭かれながら、少し心細くてため息をついた。
「お嬢様」
「?」
「メグの言ったとおりになりましたでしょう? ……ランドルフ様は素晴らしい方ですもの、愛せるようになりますよ、と」
にこにこしながら嬉しそうにいうメグの言葉に、私は不思議な気持ちでこくりと頷いた。
ランドルフが素晴らしい人なんて、知っていた。彼が来るとき、ベアトリスはいつも冷たい表情をしていたけれど、ベアトリスだって本当にいい子だって知っている。
二人の仲が良くなさそうだってことも、気付いていた。
だけど、二人は結婚することになっているってことも知っている。
もしかして、私がベアトリスになってしまったのには、何か理由があるのかもしれない。
例えば、二人を仲良くさせるため、とか?
それができたら、安心してベアトリスは帰ってくるのかしら。
ちら、と丸形ベッドに横たわる自分の姿を見る。ピクリとも動かないビーの体。不安でつぶれそう。
ベアトリス、会いたいよ。抱きしめてほしいよ。
私のご主人様の婚約者。ベアトリスの具合が悪いと、いつもお見舞いに来てくれる。優しいけれど顔が怖いのよね、とメグが笑っていたのを思い出す。
私は別に怖いとは思わなかったけれど。中庭や廊下であった時には、いつもかがんで撫でてくれる。大きな手で、そっと優しく。で、いつも小さな声で独り言のように話しかけてくれていた。
最近はあまり姿を見なかったけれど、来てくれたんだ。
振り返ったランドルフは、びっくりしたように目を見開いて、飛びついた私の体を抱きとめてくれた。
「ランドルフ!」
「え、あ、……」
ぎゅっと抱き着いた私の体は、優しく引きはがされた。
「いらっしゃ、……」
戸惑ったような彼の瞳の揺らぎに気付いて、私は口を押さえた。
しまった。
ベアトリスはこんなじゃない。久しぶりにランドルフが来てくれたから、嬉しすぎて今の自分の状況をすっかり忘れてしまっていた。
私は記憶の中の彼女の真似をして、丁寧にお辞儀をした。
「――いらっしゃいませ、騎士様」
「……ベアトリス嬢?」
「そうですけど?」
つん、と顔を横にそむけてみた。いつもベアトリスは、ランドルフには冷たい態度だったことを思い出した。
なんとなく、ベアトリスは彼といるときにはいつも笑顔がなかったように思う。理由は知らないし、ごまかすのも今更な感じがするけれど。
不思議に思われないかしら、とドキドキする気持ちを押さえてチラ見すると、彼はじっと私を見下ろしていた。
「な、なんですの?」
ランドルフは何も言わずに、私の体を横抱きにして持ち上げた。
「え、ちょっと、!」
子犬の体じゃなくてもこんなに軽々と持ち上げられるものなの!?
落とされたときの衝撃にそなえて、ランドルフの服をぎゅっと握った。
「本日は、ベアトリス嬢のお見舞いに伺いました。……思ったよりもお加減が悪そうですね」
神妙な顔をしたランドルフは、抱き上げた私の頭の先からつま先までを確認するように見つめていた。
私はビーだけど、姿はベアトリスそのものだし。変なところはない……と思う。
走ってきたところも見てたのに、具合が悪そうに見えるのかしら。
不安になって見上げると、彼と目が合う。けれど、すぐにそらされてしまった。
「……?」
「寝ていたのでしょう? ベッドへ戻りましょう」
まるで毛布を抱えているみたいに軽々とベアトリスの体を抱えて、ランドルフは部屋へ連れて行ってくれた。
「まぁまぁ、お嬢様! そんな恰好で……申し訳ございません、ランドルフ様!」
部屋の前にたどり着くと、ちょうどミルクを持って戻ってきたメグが目を丸くした。
「パジャマに裸足で飛び出していくなんて、よっぽどランドルフ様にお会いしたかったのですね」
そっか、パジャマ……ベアトリスはいつも、外に出るときと寝るときでは違う服を着ていたっけ。
でもそんなこと言ったって、ビーは犬なんだから分かりっこない。誰にも言えないけど、ちょっと悲しくなった。
「昨日まで高熱を出されていたと聞きました。熱に浮かされて、混乱されていたのでしょう」
そっとソファに座らせて、ランドルフはまたじっと私を見つめた。
深く黒い瞳に、ベアトリスの顔が映るのを、私も見つめた。
何もかもを見透かすような瞳。犬の姿の私を見るときとは違う色をしている。瞳の中のベアトリスも、こちらをじっと見つめている。
すっと立ち上がり、ランドルフは扉の前で一礼し、「お大事に」とだけ告げて出ていった。
メグに足の裏を拭かれながら、少し心細くてため息をついた。
「お嬢様」
「?」
「メグの言ったとおりになりましたでしょう? ……ランドルフ様は素晴らしい方ですもの、愛せるようになりますよ、と」
にこにこしながら嬉しそうにいうメグの言葉に、私は不思議な気持ちでこくりと頷いた。
ランドルフが素晴らしい人なんて、知っていた。彼が来るとき、ベアトリスはいつも冷たい表情をしていたけれど、ベアトリスだって本当にいい子だって知っている。
二人の仲が良くなさそうだってことも、気付いていた。
だけど、二人は結婚することになっているってことも知っている。
もしかして、私がベアトリスになってしまったのには、何か理由があるのかもしれない。
例えば、二人を仲良くさせるため、とか?
それができたら、安心してベアトリスは帰ってくるのかしら。
ちら、と丸形ベッドに横たわる自分の姿を見る。ピクリとも動かないビーの体。不安でつぶれそう。
ベアトリス、会いたいよ。抱きしめてほしいよ。
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