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4.ビー、医者が来た
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ベアトリスの体は、私が思っていたよりもずっと不便だった。
小柄とはいっても子犬よりはずっと大きいし、手先も器用なんだけど、体力がない。子犬よりない。
ちょっと動くとどきどきしてしまうし、ずっと頭が痛い。食べ物もたくさん食べられなくて、出来ればずっと寝ていたいくらいだった。
いつもちょっと困ったような顔をしていたベアトリスは、ずっと体調が悪かったのかもしれない。遊んでほしくてぐるぐる回ったりして、ごめんなさいだった。
昨日、ベアトリスの顔を見た最後の夜。
ひどい高熱で、顔は真っ赤。けれど、私を撫でてくれる手は冷たくて、それがなんだかとても恐ろしかったんだ。
熱で潤んだ眼でじっと私を見て、少しだけ笑って、粒の薬を手のひらいっぱい飲んで。
『ビー、可愛いビー』
首の下をさすってくれる指にはあまり力が入ってなくて、元気を出してほしくてたくさんその指を舐めた。
『ありがと。でも、ビーもちゃんと寝てね。……私も少し、眠るね」
長いまつげが頬に落とした影のせいで、ただでさえ白い顔が灰色みたいにも見えた。
怖くて怖くて、それから、どうしたんだっけ。
手のひらをぎゅっと握りしめた。ベアトリスの小さな拳をじっと見つめる。
まずはこの体に元気を取り戻さないといけない。
それから、ベアトリスを探すんだ。
メグが持ってきてくれたシチューをモリモリ食べた。ビーだった時には食べられなかった野菜も、頑張って食べた。
食べたら元気が出ますからね、とメグが嬉しそうに笑ってくれた。ちょっとだけ泣いていたようにも思う。
次の日。
目が覚めた私は、メグが用意してくれていた服に着替えた。ボタンって難しい。ちょっと時間がかかったけど無事完成。
まだ体は重い感じがしたけれど、ずっと寝てばかりいたら起き上がれなくなりそうだ。
「……ビーの体……」
丸形ベッドにうずくまったままの自分の体をそっと持ち上げる。こんなに軽いのか。腹の下に差し入れた手のひらに、ほんの少しだけどとくとくと鼓動が触れた。
ベアトリスの真似をして、背中を撫でてみる。嬉しい鳴き声は聞こえない。寝息すらも。
丸一日以上飲まず食わずなんて、大丈夫なのかな。
自分を抱き上げるなんて、変な気持ち。子犬の体を優しく胸に抱いて部屋を出ようとしたとき。
「お嬢様、先生とメイベルさんがいらっしゃいましたよ」
メグの声がして、薬の臭いの医師とメイベルが入ってきた。
「おぉ、お嬢さん。動けるようになったかね」
にこにこと嬉しそうな白衣の医師は、てきぱきと診察道具を広げながら手招きした。
きちんと着替えまで済ませているベアトリスに、満足そうに頷いて手を伸ばす。
「ん、首を触るよ。おぉ、腫れも治まっとるし熱もない。まだちょっと血が足りていないかな」
首を押さえて目の下を見て、喉も見てから腕をさすり、そこで彼は抱いたままだった子犬に気付いた。
「おや、ビーどうした。寝ているのかい?」
きゅきゅ、と聴診器を磨いて、そっと白い背中に当ててくれた。
ベアトリスの体を見ていた時間よりも長い時間、深刻な顔をして聴診器を動かしていく。
ビーの心はここにいるけれど、体だって大事だ。ベアトリスの心が戻ってきたときに、ビーの帰る場所がないと困る。
それに、もしかしたら、
「ひどく弱っているな。……メイベル」
助手のメイベルは、ビーの首に赤い球のついたリボンをくるりと巻き付けた。
「これは?」
「何かあったら、音が鳴るよ。外さないでおきなさい」
赤い球は、中心がちかちかと点滅していた。初めて見る道具だ。
「何かって、」
私の言葉を遮るように、医師は赤い球を指先でコロコロはじいた。
「ちゃんと鳴るから。大丈夫だから、寝かしておいてあげなさい」
メイベルが、そっと白い背中を撫でてくれた。相変わらずの不愛想な顔で。
メイベルは、この家の専属医の孫娘だ。ベアトリスより一つ年上で、医術学校を卒業したら学校で医術の研究をすることになっている、優秀な女性だと聞いた。
ベアトリスと仲良く話している姿を見たことはない。基本的に不愛想で、どんな声をしているのかすらよくわからないほど。
「それにしても、お嬢さん」
にっこり笑って、医師は薬の臭いのする手のひらでベアトリスの頭を撫でた。
「元気になってよかった」
「ありがとう」
頭を下げると、びっくりした顔をして彼は声を立てて笑った。
丸形ベッドに寝かせたビーの体は、チカチカする赤い球に規則的に照らされて、生きているものではないような雰囲気だ。
医師たちが帰った後、ビーは自分の体のそばにうずくまり、じっとその様子を眺めていた。
動かない体。もしかして、だけど。
ベアトリスの心はビーの体に入っているんじゃないかしら。
入れ替わってしまったんじゃないかしら?
「起きてよ、ねぇ」
とんとん、と背中を撫でるように叩く。
「起きてよ、ベアトリス」
応えてくれるものはなかった。
小柄とはいっても子犬よりはずっと大きいし、手先も器用なんだけど、体力がない。子犬よりない。
ちょっと動くとどきどきしてしまうし、ずっと頭が痛い。食べ物もたくさん食べられなくて、出来ればずっと寝ていたいくらいだった。
いつもちょっと困ったような顔をしていたベアトリスは、ずっと体調が悪かったのかもしれない。遊んでほしくてぐるぐる回ったりして、ごめんなさいだった。
昨日、ベアトリスの顔を見た最後の夜。
ひどい高熱で、顔は真っ赤。けれど、私を撫でてくれる手は冷たくて、それがなんだかとても恐ろしかったんだ。
熱で潤んだ眼でじっと私を見て、少しだけ笑って、粒の薬を手のひらいっぱい飲んで。
『ビー、可愛いビー』
首の下をさすってくれる指にはあまり力が入ってなくて、元気を出してほしくてたくさんその指を舐めた。
『ありがと。でも、ビーもちゃんと寝てね。……私も少し、眠るね」
長いまつげが頬に落とした影のせいで、ただでさえ白い顔が灰色みたいにも見えた。
怖くて怖くて、それから、どうしたんだっけ。
手のひらをぎゅっと握りしめた。ベアトリスの小さな拳をじっと見つめる。
まずはこの体に元気を取り戻さないといけない。
それから、ベアトリスを探すんだ。
メグが持ってきてくれたシチューをモリモリ食べた。ビーだった時には食べられなかった野菜も、頑張って食べた。
食べたら元気が出ますからね、とメグが嬉しそうに笑ってくれた。ちょっとだけ泣いていたようにも思う。
次の日。
目が覚めた私は、メグが用意してくれていた服に着替えた。ボタンって難しい。ちょっと時間がかかったけど無事完成。
まだ体は重い感じがしたけれど、ずっと寝てばかりいたら起き上がれなくなりそうだ。
「……ビーの体……」
丸形ベッドにうずくまったままの自分の体をそっと持ち上げる。こんなに軽いのか。腹の下に差し入れた手のひらに、ほんの少しだけどとくとくと鼓動が触れた。
ベアトリスの真似をして、背中を撫でてみる。嬉しい鳴き声は聞こえない。寝息すらも。
丸一日以上飲まず食わずなんて、大丈夫なのかな。
自分を抱き上げるなんて、変な気持ち。子犬の体を優しく胸に抱いて部屋を出ようとしたとき。
「お嬢様、先生とメイベルさんがいらっしゃいましたよ」
メグの声がして、薬の臭いの医師とメイベルが入ってきた。
「おぉ、お嬢さん。動けるようになったかね」
にこにこと嬉しそうな白衣の医師は、てきぱきと診察道具を広げながら手招きした。
きちんと着替えまで済ませているベアトリスに、満足そうに頷いて手を伸ばす。
「ん、首を触るよ。おぉ、腫れも治まっとるし熱もない。まだちょっと血が足りていないかな」
首を押さえて目の下を見て、喉も見てから腕をさすり、そこで彼は抱いたままだった子犬に気付いた。
「おや、ビーどうした。寝ているのかい?」
きゅきゅ、と聴診器を磨いて、そっと白い背中に当ててくれた。
ベアトリスの体を見ていた時間よりも長い時間、深刻な顔をして聴診器を動かしていく。
ビーの心はここにいるけれど、体だって大事だ。ベアトリスの心が戻ってきたときに、ビーの帰る場所がないと困る。
それに、もしかしたら、
「ひどく弱っているな。……メイベル」
助手のメイベルは、ビーの首に赤い球のついたリボンをくるりと巻き付けた。
「これは?」
「何かあったら、音が鳴るよ。外さないでおきなさい」
赤い球は、中心がちかちかと点滅していた。初めて見る道具だ。
「何かって、」
私の言葉を遮るように、医師は赤い球を指先でコロコロはじいた。
「ちゃんと鳴るから。大丈夫だから、寝かしておいてあげなさい」
メイベルが、そっと白い背中を撫でてくれた。相変わらずの不愛想な顔で。
メイベルは、この家の専属医の孫娘だ。ベアトリスより一つ年上で、医術学校を卒業したら学校で医術の研究をすることになっている、優秀な女性だと聞いた。
ベアトリスと仲良く話している姿を見たことはない。基本的に不愛想で、どんな声をしているのかすらよくわからないほど。
「それにしても、お嬢さん」
にっこり笑って、医師は薬の臭いのする手のひらでベアトリスの頭を撫でた。
「元気になってよかった」
「ありがとう」
頭を下げると、びっくりした顔をして彼は声を立てて笑った。
丸形ベッドに寝かせたビーの体は、チカチカする赤い球に規則的に照らされて、生きているものではないような雰囲気だ。
医師たちが帰った後、ビーは自分の体のそばにうずくまり、じっとその様子を眺めていた。
動かない体。もしかして、だけど。
ベアトリスの心はビーの体に入っているんじゃないかしら。
入れ替わってしまったんじゃないかしら?
「起きてよ、ねぇ」
とんとん、と背中を撫でるように叩く。
「起きてよ、ベアトリス」
応えてくれるものはなかった。
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