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2. 夢見がちなところもあります。
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ほぅ、と惚けたような溜息をもらして表紙を閉じた。
今回のお話もとても素敵だった。特に、身分違いの愛が実を結ぶ裏で暗躍する従者の献身……。
「アナスタシア先生、……いつか、ご自身の大恋愛も本にされることがあるかしら……」
こんな素敵なお話を書く人だもの、きっとそれはもうドラマティックな経験をしているに違いない。謎に包まれた作家先生の過去の恋愛を、この筆致で読んでみたいと思うのは当然のファン心理だ。
先生の書く女性はみな強くしなやかで魅力的。自分もこの本のヒロインたちのように、自分の人生を楽しんで生きて、それから素敵な人と、……。
「――現実世界に、素敵な人なんているかしら」
少なくとも、最近会った100人の中にはいなかった。どいつもこいつも、金に目がくらんだような媚びた下卑た笑い方でやってきて、ドブスのクロエに怯んで逃げ帰っていく。100人中100人。つまり、千人いたら千人、ということじゃない?
やっぱり、ラブロマンスなんて本の中にしかないのかしら、と頬杖をついたとき、指先に触れた縮れ毛に気付いた。まだメイクも落としていなかった、と見上げた空は日がだいぶ傾いていて、長い時間ここにいたのだと知った。
椅子から立ち上がり、固まってしまった腰を伸ばしてふと見ると、庭の入り口にふたつの人影があった。
「お客様……?」
兄、ユーゴと同じような背格好のふたつの影は、そのままこちらへ来るでもなく、アーチをくぐって去って行った。
まぁいいか、と大きく伸びをしてから自室へと向かう。早くメイクを落とさないと、皮膚呼吸が出来なくて息苦しいのだ。
部屋へ戻ると、2歳下の弟フィンがクロエを待っていた。
手の込んだ化粧を見るとびっくりして軽く跳ね、直視できないというように視線をさまよわせる。
「日に日にブスに磨きがかかってるよ、ねえさま……」
「ありがと、フィン。メイクの腕が爆上がりなの」
「その腕、他に使えばいいのに」
「これが今一番有効な使い方なのよ。フィンだって、わけわからん男に家族崩壊させられたくはないでしょ?」
「普通に断ればいいじゃないの」
呆れかえったような声に振り返ると、腕を組んだ母がクロエを睨んでいた。
迫力のある美人。この美貌で公爵まで射止めたことがある、と祖父が笑っていた。……公爵を射止めたのになぜ今小さなカフェ店長なのかはよくわからない。
クロエはポーリーンの言葉に大げさにため息をつくと、手を振った。
「普通に断ったって駄目なのは目に見えてるの。手紙での申し込みは全部普通に断ってるのよ? なのに負けじとお見合いしようと乗り込んでくるんだから」
「だからって、せっかくの可愛い顔が台無しじゃないの」
ポーリーンの暖かい手のひらが、クロエの頬を包む。文句を言いながらも、母の目には心配そうな光が見える。
すっと手を外すと、ポーリーンは自分の手のひらをまじまじと見つめ、
「それにしてもすごいわ、色移りしないのね」
「おじいちゃまおすすめのコスメだから」
「……わたくしのところで、全部シャットアウトしてもいいのよ」
お見合いの申し込みについては、すべてクロエは自分とユーゴで何とかする、と両親には言ってあった。当然、父や母が断ればそれ以上しつこくしてこないことも分かっている。
けれど。
「いいの。わたしが自分でやるの。迷惑、かけてしまうかしら」
「――万が一の時は、ユーゴとテオが守ってくれるわ」
ぎゅっと抱きしめられるとほっとする。
母の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、「うん」と答えた。
金目当ての男。女を道具としか見ていない男に違いない。
ちょっとくらいおちょくってやってもいいじゃない。
でも、もしもし万が一、ブスでも構わない、と言ってくれる人が現れたら?
財産も容姿も関係ない、クロエだからいいんだよって言ってくれる人が現れたら?
と、そんなロマンスが始まる可能性も捨てきれない、16歳のクロエだった。
今回のお話もとても素敵だった。特に、身分違いの愛が実を結ぶ裏で暗躍する従者の献身……。
「アナスタシア先生、……いつか、ご自身の大恋愛も本にされることがあるかしら……」
こんな素敵なお話を書く人だもの、きっとそれはもうドラマティックな経験をしているに違いない。謎に包まれた作家先生の過去の恋愛を、この筆致で読んでみたいと思うのは当然のファン心理だ。
先生の書く女性はみな強くしなやかで魅力的。自分もこの本のヒロインたちのように、自分の人生を楽しんで生きて、それから素敵な人と、……。
「――現実世界に、素敵な人なんているかしら」
少なくとも、最近会った100人の中にはいなかった。どいつもこいつも、金に目がくらんだような媚びた下卑た笑い方でやってきて、ドブスのクロエに怯んで逃げ帰っていく。100人中100人。つまり、千人いたら千人、ということじゃない?
やっぱり、ラブロマンスなんて本の中にしかないのかしら、と頬杖をついたとき、指先に触れた縮れ毛に気付いた。まだメイクも落としていなかった、と見上げた空は日がだいぶ傾いていて、長い時間ここにいたのだと知った。
椅子から立ち上がり、固まってしまった腰を伸ばしてふと見ると、庭の入り口にふたつの人影があった。
「お客様……?」
兄、ユーゴと同じような背格好のふたつの影は、そのままこちらへ来るでもなく、アーチをくぐって去って行った。
まぁいいか、と大きく伸びをしてから自室へと向かう。早くメイクを落とさないと、皮膚呼吸が出来なくて息苦しいのだ。
部屋へ戻ると、2歳下の弟フィンがクロエを待っていた。
手の込んだ化粧を見るとびっくりして軽く跳ね、直視できないというように視線をさまよわせる。
「日に日にブスに磨きがかかってるよ、ねえさま……」
「ありがと、フィン。メイクの腕が爆上がりなの」
「その腕、他に使えばいいのに」
「これが今一番有効な使い方なのよ。フィンだって、わけわからん男に家族崩壊させられたくはないでしょ?」
「普通に断ればいいじゃないの」
呆れかえったような声に振り返ると、腕を組んだ母がクロエを睨んでいた。
迫力のある美人。この美貌で公爵まで射止めたことがある、と祖父が笑っていた。……公爵を射止めたのになぜ今小さなカフェ店長なのかはよくわからない。
クロエはポーリーンの言葉に大げさにため息をつくと、手を振った。
「普通に断ったって駄目なのは目に見えてるの。手紙での申し込みは全部普通に断ってるのよ? なのに負けじとお見合いしようと乗り込んでくるんだから」
「だからって、せっかくの可愛い顔が台無しじゃないの」
ポーリーンの暖かい手のひらが、クロエの頬を包む。文句を言いながらも、母の目には心配そうな光が見える。
すっと手を外すと、ポーリーンは自分の手のひらをまじまじと見つめ、
「それにしてもすごいわ、色移りしないのね」
「おじいちゃまおすすめのコスメだから」
「……わたくしのところで、全部シャットアウトしてもいいのよ」
お見合いの申し込みについては、すべてクロエは自分とユーゴで何とかする、と両親には言ってあった。当然、父や母が断ればそれ以上しつこくしてこないことも分かっている。
けれど。
「いいの。わたしが自分でやるの。迷惑、かけてしまうかしら」
「――万が一の時は、ユーゴとテオが守ってくれるわ」
ぎゅっと抱きしめられるとほっとする。
母の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、「うん」と答えた。
金目当ての男。女を道具としか見ていない男に違いない。
ちょっとくらいおちょくってやってもいいじゃない。
でも、もしもし万が一、ブスでも構わない、と言ってくれる人が現れたら?
財産も容姿も関係ない、クロエだからいいんだよって言ってくれる人が現れたら?
と、そんなロマンスが始まる可能性も捨てきれない、16歳のクロエだった。
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