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27.イーサンにも悩みがあってですね
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イーサン=アドルは深くため息を吐いた。
同時に細く息をついたラインハートと、どちらからともなく目を合わせる。
ここは、アドル商会の北部店舗内。商談をするためにいくつかある応接室のうちの一つで、主にイーサンが使用する部屋となっている。
アポイントもなしにやってきたラインハートは、応接セットに断りもなく着いて、何を話すわけでもなく黙り込んでいた。
いつもであれば、話を聞いたり話題を振ったりと会話を楽しむイーサンであったが、今日はそんな気にもならずにため息ばかりついている。
しばらく無言の時間が過ぎた後、ラインハートが口を開いた。
「今日は、仕事はないの?」
「する気が起きない」
「一緒だね」
「なんだ、お前もか。……理由を聞こうか?」
少し悩んだ後に首を振ったラインハートに、イーサンは笑った。
「珍しいな、そんな顔してるの」
「そう? 僕よりむしろ、イーサンでしょ。ため息ばっかりついて」
「お前が言うな。――でも、まぁそうだな。うん。……」
歯切れが悪い。
確認しようかとそばに置いていた帳簿を横に重ねて、イーサンは仕事の放棄を決め込んだ。急ぎのものはないし、あったとしてもこの状態では……。
「ラインハート、あのさ」
「ん?」
「……お前んちって、結婚相手は自分で決められる家?」
一応貴族じゃん? とわざとらしくからかうような口調でそう言うと、ラインハートに向き直った。
友人は「んん、」と考えるように虚空を見つめて、少し諦めたように目を伏せた。
「決めてもいい、とは言われているけどね」
「え、そうなのか? 貴族って家柄とかなんかでちょっとめんどくさい制約とかあるんじゃないの?」
「そういう家はもちろんあるけど、でもうちは、さ。ほら」
「あー。……ね」
ノヴァック領は辺境にある。領地の北半分は雪山で、東の方は霧深い湖。
「何代か前の領主は、本当に功績を上げて領地を賜ったのだろうか。僻地に飛ばされただけなのではないか」、と現当主が自虐的に笑い話にするほどだ。
自分で結婚相手も決めてもいい、とは言いえて妙である。
本音の話をするならば、「こんなところに来てくれる人がいるのであればウェルカム」ということだった。それも、現当主が酒の席で呟いていたことだ。
ちなみに、ラインハートの母はノヴァック辺境伯の従妹であり、元々領地に住んでいたのだからどんな僻地だろうが地元民、ということで問題がなかったようだ。
「お前も苦労するな」
「まぁ、僕はね、分かっていたことだし。小さい頃からずっと言われてきたことだし。……何かあった?」
優しく静かに問われて、イーサンは机に突っ伏した。
数日前に街に出たときに見た、印象的な瞳の女性が頭から離れないのだ。
「経営状態がさ、……」
「うまくいってるんじゃないの? この前も、支店を改装してなかった?」
「こういったらあれだけど、うちの親父ってあんまり商売うまくないんだよ」
経営の勉強のために帳簿を見返しているとわかる。
あちらこちらにある無駄の数々と、補填するために削った費用の出所のまずさ。場当たり的な対応、もうなんというかとにかくひどい。
学校で経営と財務を学ばせてもらっているうちに、だいぶ経営状況は傾いたように思う。これだったら、父親のもとでサポートし続けていたほうがましだったのか、それとも勉強したから危機的状況に気付けたのか。
どちらにしても、このままではまずいのだ。
「で、それが結婚相手どうこうとどういう関係が?」
「親父が、あー……ゴドルフィン商会と経営提携したいとか言い出して」
「はぁ!?」
がたん、と音を立ててラインハートは立ち上がった。
ゴドルフィンとアドルでは、事業規模は40倍くらい違う。アドル商会も大きいが、ゴドルフィンは桁が違うのだ。
それを提携、とは身の程知らずというか、肝が据わっているというか。
「な? ありえないだろ? その大胆さ、他に使ってほしいだろ?」
「う、うん。普通に考えたら無理だよ。申し訳ないけど」
で、とイーサンは眉根に力を入れて苦々しく言った。
「あそこんちのドブスと、俺を結婚させようとしてるみたいなんだよな」
ラインハートが硬直した。
じっと見開いた眼でこちらを見つめてくるのを感じる。
ぐしゃぐしゃと短い髪を掻き回し、イーサンは呻いた。
同時に細く息をついたラインハートと、どちらからともなく目を合わせる。
ここは、アドル商会の北部店舗内。商談をするためにいくつかある応接室のうちの一つで、主にイーサンが使用する部屋となっている。
アポイントもなしにやってきたラインハートは、応接セットに断りもなく着いて、何を話すわけでもなく黙り込んでいた。
いつもであれば、話を聞いたり話題を振ったりと会話を楽しむイーサンであったが、今日はそんな気にもならずにため息ばかりついている。
しばらく無言の時間が過ぎた後、ラインハートが口を開いた。
「今日は、仕事はないの?」
「する気が起きない」
「一緒だね」
「なんだ、お前もか。……理由を聞こうか?」
少し悩んだ後に首を振ったラインハートに、イーサンは笑った。
「珍しいな、そんな顔してるの」
「そう? 僕よりむしろ、イーサンでしょ。ため息ばっかりついて」
「お前が言うな。――でも、まぁそうだな。うん。……」
歯切れが悪い。
確認しようかとそばに置いていた帳簿を横に重ねて、イーサンは仕事の放棄を決め込んだ。急ぎのものはないし、あったとしてもこの状態では……。
「ラインハート、あのさ」
「ん?」
「……お前んちって、結婚相手は自分で決められる家?」
一応貴族じゃん? とわざとらしくからかうような口調でそう言うと、ラインハートに向き直った。
友人は「んん、」と考えるように虚空を見つめて、少し諦めたように目を伏せた。
「決めてもいい、とは言われているけどね」
「え、そうなのか? 貴族って家柄とかなんかでちょっとめんどくさい制約とかあるんじゃないの?」
「そういう家はもちろんあるけど、でもうちは、さ。ほら」
「あー。……ね」
ノヴァック領は辺境にある。領地の北半分は雪山で、東の方は霧深い湖。
「何代か前の領主は、本当に功績を上げて領地を賜ったのだろうか。僻地に飛ばされただけなのではないか」、と現当主が自虐的に笑い話にするほどだ。
自分で結婚相手も決めてもいい、とは言いえて妙である。
本音の話をするならば、「こんなところに来てくれる人がいるのであればウェルカム」ということだった。それも、現当主が酒の席で呟いていたことだ。
ちなみに、ラインハートの母はノヴァック辺境伯の従妹であり、元々領地に住んでいたのだからどんな僻地だろうが地元民、ということで問題がなかったようだ。
「お前も苦労するな」
「まぁ、僕はね、分かっていたことだし。小さい頃からずっと言われてきたことだし。……何かあった?」
優しく静かに問われて、イーサンは机に突っ伏した。
数日前に街に出たときに見た、印象的な瞳の女性が頭から離れないのだ。
「経営状態がさ、……」
「うまくいってるんじゃないの? この前も、支店を改装してなかった?」
「こういったらあれだけど、うちの親父ってあんまり商売うまくないんだよ」
経営の勉強のために帳簿を見返しているとわかる。
あちらこちらにある無駄の数々と、補填するために削った費用の出所のまずさ。場当たり的な対応、もうなんというかとにかくひどい。
学校で経営と財務を学ばせてもらっているうちに、だいぶ経営状況は傾いたように思う。これだったら、父親のもとでサポートし続けていたほうがましだったのか、それとも勉強したから危機的状況に気付けたのか。
どちらにしても、このままではまずいのだ。
「で、それが結婚相手どうこうとどういう関係が?」
「親父が、あー……ゴドルフィン商会と経営提携したいとか言い出して」
「はぁ!?」
がたん、と音を立ててラインハートは立ち上がった。
ゴドルフィンとアドルでは、事業規模は40倍くらい違う。アドル商会も大きいが、ゴドルフィンは桁が違うのだ。
それを提携、とは身の程知らずというか、肝が据わっているというか。
「な? ありえないだろ? その大胆さ、他に使ってほしいだろ?」
「う、うん。普通に考えたら無理だよ。申し訳ないけど」
で、とイーサンは眉根に力を入れて苦々しく言った。
「あそこんちのドブスと、俺を結婚させようとしてるみたいなんだよな」
ラインハートが硬直した。
じっと見開いた眼でこちらを見つめてくるのを感じる。
ぐしゃぐしゃと短い髪を掻き回し、イーサンは呻いた。
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