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48.三者面談です。
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砦の応接室で、クロエは兄に抱き着いた。
抱きしめ返してくれたユーゴの腕の力は必要以上に強く、怒っているのだと言外に伝えてきていた。
ゆっくり身体を離すと、ユーゴはきつくクロエを睨み、それから後ろで待っているラインハートへも強い視線を投げた。
「……来てくれてありがとう、兄さん」
「ラインハート、何か言うことは?」
ユーゴは妹の言葉に返事をせずに、ラインハートへ声をかけた。
その声の冷たさに、思わずクロエは兄の腕を引いた。
「兄さん、ラインハート様は悪くないの!」
「お前には聞いていない」
「兄さん!」
今にもラインハートに掴みかかっていきそうなユーゴを抑えるように、腕を強く抱きしめた。体重をかけて、もしものときには少しでもラインハートが逃げる時間が稼げるように。
ラインハートは、落ち着いた動作でユーゴの前に進み、丁寧に礼をした。
「こんな辺境までお越しいただき、ありがとうございます」
予想外のあいさつに、ユーゴの身体から少し力が抜けた。
ラインハートはまっすぐにユーゴを見つめ、それからクロエに視線を向けてふわりと笑んだ。
「ご心配をおかけして申し訳ないことです、……クロエさんにも」
「わ、わたしは別に、」
「クロエは黙って。ラインハートの話を聞く」
勧められるままにユーゴがソファに座ると、クロエも少し迷ったが兄の隣に腰かけた。せっかくだからラインハートのそばに座りたかった、と彼の顔を伺ったのが兄に伝わったのか、視線が一層鋭くなる。
そんなイラつきを隠さないユーゴの表情を意に介さないように、ラインハートは柔らかい笑みを浮かべたままだ。
ユーゴは舌打ちでもしたそうに眉を上げてから、ゆっくりと足を組んだ。
「で、……まずは、うちの妹に『会えない』といった理由を聞こうか。それがなければ、クロエだってこんな無鉄砲な飛び出し方はしなかったはずなんだが」
そうなの? と訊きたそうな嬉しそうな顔で見つめられて、クロエはちょっと唇を尖らせた。そうだ、会えないって言われて、それで。
それで、崩落の噂なんか聞いたもんだから、びっくりして……。
ラインハートは、ユーゴをまっすぐに見つめて頭を下げた。
「先ほど、クロエにも伝えたんですが、……うちの領地は見ての通りの貧しい土地で。雪に覆われ、平地は少なく、これと言って名産もなければそもそも人口も少ない。貴族とは名ばかりの、貧乏領主なんです。だから」
クロエに視線を送り、甘く目を細める。
「クロエを妻に迎えるために、力をつける必要がありました」
「なぜそう思う? クロエはゴドルフィンの孫娘だ、金の心配などいらないだろうとは思わないのか?」
兄の言葉に、クロエは思わずはっとした。
ユーゴは、クロエが見合いの席で返送していた理由を知っている。祖父の資産をあてにするような貧乏貴族を忌み嫌っていたことも、もちろん知っている。
その、相手を試すような行為をたしなめてきた兄ではあるが、まさかこの場で資産に言及してラインハートの真意を探るようなことを言うとは。
ラインハートがどんな返事をしようと、クロエの想いは変わらない。が、それでもやはり彼の思いが気になる。緊張で乾く唇を湿し、返事を待った。
彼は、驚いたように目を少し大きくした後、フフッと笑って首を振った。
「クロエをいただくのに、どうしてゴドルフィンさんが出てくるんですか。愛する人の着るもの、食べるもの、そのすべては自分で整えたい。僕は、こんな辺境の、ではありますが、貴族ですし」
凛とした眼差しで、真剣にそういうラインハートの青い目に、嘘はなかった。
ユーゴにもそれが伝わったのか、肩から少し力が抜けるのを感じた。
「独占欲の強い、男ですから」
「……クロエ」
「?」
ぽーっとして話を聞いていたクロエは、いきなり名前を呼ばれてびくっとした。
こちらを見ているユーゴと目が合うと、微かに細められたそれが「よかったな」と言ってくれているようで、じわじわと喜びが胸にせり上がってくる。
ユーゴは足を組み替え、真剣な目でラインハートを見つめた。
妹に向けるのとは違う厳しい視線も、ラインハートはまっすぐに受け止める。
「で、妹を遠ざけまでして、効果はあったのか。ゴドルフィンの孫娘だ、少しくらいの収入増では間に合わないかもしれないぞ」
クロエは、豪商の孫と言われて想像されるような贅沢はしていないし、する気もない。が、ここでそんな茶々を入れたら兄に睨まれるのはわかりきっている。
黙って成り行きを見守るしかなく、話し合う二人の顔を見比べることしかできない。
ラインハートは、ユーゴの言葉を受けてカバンから黒い拳大の岩を取り出して、テーブルに乗せた。
「これは?」
「ネメラル鉱石です」
「!?」
思わず立ち上がり、ユーゴはその岩を手に取った。
抱きしめ返してくれたユーゴの腕の力は必要以上に強く、怒っているのだと言外に伝えてきていた。
ゆっくり身体を離すと、ユーゴはきつくクロエを睨み、それから後ろで待っているラインハートへも強い視線を投げた。
「……来てくれてありがとう、兄さん」
「ラインハート、何か言うことは?」
ユーゴは妹の言葉に返事をせずに、ラインハートへ声をかけた。
その声の冷たさに、思わずクロエは兄の腕を引いた。
「兄さん、ラインハート様は悪くないの!」
「お前には聞いていない」
「兄さん!」
今にもラインハートに掴みかかっていきそうなユーゴを抑えるように、腕を強く抱きしめた。体重をかけて、もしものときには少しでもラインハートが逃げる時間が稼げるように。
ラインハートは、落ち着いた動作でユーゴの前に進み、丁寧に礼をした。
「こんな辺境までお越しいただき、ありがとうございます」
予想外のあいさつに、ユーゴの身体から少し力が抜けた。
ラインハートはまっすぐにユーゴを見つめ、それからクロエに視線を向けてふわりと笑んだ。
「ご心配をおかけして申し訳ないことです、……クロエさんにも」
「わ、わたしは別に、」
「クロエは黙って。ラインハートの話を聞く」
勧められるままにユーゴがソファに座ると、クロエも少し迷ったが兄の隣に腰かけた。せっかくだからラインハートのそばに座りたかった、と彼の顔を伺ったのが兄に伝わったのか、視線が一層鋭くなる。
そんなイラつきを隠さないユーゴの表情を意に介さないように、ラインハートは柔らかい笑みを浮かべたままだ。
ユーゴは舌打ちでもしたそうに眉を上げてから、ゆっくりと足を組んだ。
「で、……まずは、うちの妹に『会えない』といった理由を聞こうか。それがなければ、クロエだってこんな無鉄砲な飛び出し方はしなかったはずなんだが」
そうなの? と訊きたそうな嬉しそうな顔で見つめられて、クロエはちょっと唇を尖らせた。そうだ、会えないって言われて、それで。
それで、崩落の噂なんか聞いたもんだから、びっくりして……。
ラインハートは、ユーゴをまっすぐに見つめて頭を下げた。
「先ほど、クロエにも伝えたんですが、……うちの領地は見ての通りの貧しい土地で。雪に覆われ、平地は少なく、これと言って名産もなければそもそも人口も少ない。貴族とは名ばかりの、貧乏領主なんです。だから」
クロエに視線を送り、甘く目を細める。
「クロエを妻に迎えるために、力をつける必要がありました」
「なぜそう思う? クロエはゴドルフィンの孫娘だ、金の心配などいらないだろうとは思わないのか?」
兄の言葉に、クロエは思わずはっとした。
ユーゴは、クロエが見合いの席で返送していた理由を知っている。祖父の資産をあてにするような貧乏貴族を忌み嫌っていたことも、もちろん知っている。
その、相手を試すような行為をたしなめてきた兄ではあるが、まさかこの場で資産に言及してラインハートの真意を探るようなことを言うとは。
ラインハートがどんな返事をしようと、クロエの想いは変わらない。が、それでもやはり彼の思いが気になる。緊張で乾く唇を湿し、返事を待った。
彼は、驚いたように目を少し大きくした後、フフッと笑って首を振った。
「クロエをいただくのに、どうしてゴドルフィンさんが出てくるんですか。愛する人の着るもの、食べるもの、そのすべては自分で整えたい。僕は、こんな辺境の、ではありますが、貴族ですし」
凛とした眼差しで、真剣にそういうラインハートの青い目に、嘘はなかった。
ユーゴにもそれが伝わったのか、肩から少し力が抜けるのを感じた。
「独占欲の強い、男ですから」
「……クロエ」
「?」
ぽーっとして話を聞いていたクロエは、いきなり名前を呼ばれてびくっとした。
こちらを見ているユーゴと目が合うと、微かに細められたそれが「よかったな」と言ってくれているようで、じわじわと喜びが胸にせり上がってくる。
ユーゴは足を組み替え、真剣な目でラインハートを見つめた。
妹に向けるのとは違う厳しい視線も、ラインハートはまっすぐに受け止める。
「で、妹を遠ざけまでして、効果はあったのか。ゴドルフィンの孫娘だ、少しくらいの収入増では間に合わないかもしれないぞ」
クロエは、豪商の孫と言われて想像されるような贅沢はしていないし、する気もない。が、ここでそんな茶々を入れたら兄に睨まれるのはわかりきっている。
黙って成り行きを見守るしかなく、話し合う二人の顔を見比べることしかできない。
ラインハートは、ユーゴの言葉を受けてカバンから黒い拳大の岩を取り出して、テーブルに乗せた。
「これは?」
「ネメラル鉱石です」
「!?」
思わず立ち上がり、ユーゴはその岩を手に取った。
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