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夕暮れ前~
ルカナ湿原を抜け、芝丘へと続く地帯まで退避したユリアス一行は、周囲の安全を確認すると、木陰に身を寄せた。
ユリアスは泥まみれの男性ハンターを横たえ、素早くカバンから小型ライトを取り出し、瞳に光を当てる。
「……反応が鈍い。気を失ってるだけじゃない」
男のまぶたが微かに痙攣し、焦点が定まらない。口元には泥がこびりつき、呼吸も浅い。
ユリアスは指先で泥を取り、鼻に近づける。粘つく質感と、わずかに酸味を帯びた匂い──間違いない。
「……テデナリアの体液か。多量に飲み込んでるみたいだ」
沼地の泥に混じった体液を誤って摂取し、神経に異常が出始めているのだろう。
「テデリンに効く解毒剤は?」
ユリアスは隣にいる女性ハンターに問いかける。
「テデ……なんですか? 解毒剤なんて持ってません」
「正気ですか?テデナリアの粘性体はテデリンという神経毒を含んでいる。放置すれば呼吸麻痺を引き起こす有毒ですよ」
「そ、そんな……知らなくて……」
狩猟家の質は上から下までピンキリだ。長年の経験を積み、獲物の特性や必要な装備を熟知している者もいれば、今回のように基礎知識すら持たず、準備不足のまま狩りに挑む者もいる。
ユリアスは軽く息を吐き、カバンから小型の簡易ミキサーと、細かく小分けされたジップロック入りの薬草を数種取り出した。
「調合に少し時間がかかるので、周囲の警戒をお願いします」
冷静にそう言いながら、手際よく薬草を取り出し、調合の準備を始めた。
ユリアスは解毒剤の調合に取り掛かりながら、ふと疑問を投げかけた。
「あなた方は、三人編成の狩猟家ですか?」
女性ハンターは一瞬、戸惑ったような表情を見せた後、小さく頷く。
「は、はい。そうでした」
「一人、見当たりませんが?」
「えーっと……」
言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。
「今、処置していただいてる方がパーティのリーダーでして……そのリーダーが倒れた途端、もう一人の仲間が逃げ出してしまいました……」
テデナリアに一方的にやられたリーダー。
それを助けることもできず、ただ立ち尽くしていた彼女。
そして、仲間を置き去りにして逃げ出したもう一人のハンター。
ユリアスは手を止めず、淡々と呟く。
「……酷い有様ですね」
その一言が、乾いた刃のように女性ハンターの心を抉る。
「……そうですね……」
彼女の声は、自嘲気味にかすれた。
ユリアスの追い討ちが、狩猟家としての自信を完全に打ち砕く。もはや、まともに狩りを続けられる心持ちではないだろう。
沈黙に包まれた空気を和らげるように、一匹の小さな獣がひょこっと顔を出した。
大きな瞳が、じとっと女性ハンターの顔を見つめる。
次の瞬間、その獣はユリアスの肩を蹴り上げ、一気に彼女の元へと飛び込んだ。
「おい、ベニ⁈」
「ベニ⁈」
驚きの声が重なる。
ベニは芝の上をぴょんぴょんと跳ねながら、迷うことなく彼女の懐に収まった。
「……あなた、ベニなの⁈ ほんとに、ほんとにベニ⁈」
女性ハンターは半ば信じられないといった様子で、小さな体を抱きしめる。
その手に触れる、真っ赤に染まった前足——間違いない。
「……ベニだ……!」
目を潤ませながら、彼女は確信する。
懐かしい友が、今ここにいるのだと。
「……どうして、ベニのことを?」
ユリアスが訝しげに問いかけると、女性ハンターはベニを優しく抱きながら、ふわりと微笑んだ。
「それより……あなたこそ、どうしてこの子の名前を知っているんですか?」
「それは、ベニがそう呼んでって言うから」
「えっ……?」
女性ハンターは小さく瞬きをし、そっとベニを撫でる。
「この子が、自分の名前を……?」
まるで信じられないと言わんばかりに、そっとベニを見つめる。
ユリアスは静かに頷いた。
「僕には、生き物の声が聞こえるんです。」
女性ハンターは驚いた表情を浮かべながらも、ユリアスの言葉に耳を傾ける。
「ベニのような小動物はもちろん、大型の生物や、強い生命力を持つ植物の声もな」
「……だから、私たちを助けに?」
「そういうことです。」
彼女はベニを抱き直し、そっと目を細める。
「……すごいですね。まるで、おとぎ話みたい……」
ユリアスは肩を軽くすくめ、「バケモノみたいだろ」と皮肉めいた笑みを浮かべた。
すると、彼女は静かに首を振り、優しく微笑む。
「そんなことないですよ。ベニが懐くほどですから……心優しい方なんだなって、分かります」
生き物の声を直接聞くことはできない。それでも、彼女はベニの気持ちを理解しているつもりだった。そう語る彼女は、ふと姿勢を正し、改めて向き直る。
「私はリリゼ。リリゼ=ストレイナ(17)です。新米の狩猟家で……ベニの名付け親なんです!」
どこか誇らしげにそう名乗った後、リリゼは少し照れたようにベニの後ろに隠れる。
「今回のこと、本当にありがとうございました!」
彼女は深く頭を下げると、ベニも真似するように小さく身を縮めた。
「僕はユリアス=ラプラス、未探家です」
「エ、エクスハンター⁈」
リリゼの声が思わず上ずる。それも無理はない。
狩猟家と未探家の間には、埋めがたいほどの経験と実力の差がある。
それだけでなく、未探家の資格取得は極めて困難であり、数多の熟練者たちですら諦めるほどの高難易度を誇るものだった。
そんな存在が、今目の前にいる──それだけで、リリゼは圧倒されるような感覚を覚えた。
「だから、あれだけの戦闘や、手際の良い処置ができるんですね。感心します」
リリゼは素直な感嘆を口にする。狩猟家としての経験は浅いが、それでもユリアスの動きが桁違いであることは分かった。
しかし、ユリアスは静かに首を振る。
「いいえ。それは僕が『ポイズンハンター』だからですよ」
その言葉に、リリゼは一瞬きょとんとする。だが、すぐに気づいた。
ユリアスの戦い方、知識、そしてあの右腕──それら全てが、単なる未探家ではないことを物語っていた。
ルカナ湿原を抜け、芝丘へと続く地帯まで退避したユリアス一行は、周囲の安全を確認すると、木陰に身を寄せた。
ユリアスは泥まみれの男性ハンターを横たえ、素早くカバンから小型ライトを取り出し、瞳に光を当てる。
「……反応が鈍い。気を失ってるだけじゃない」
男のまぶたが微かに痙攣し、焦点が定まらない。口元には泥がこびりつき、呼吸も浅い。
ユリアスは指先で泥を取り、鼻に近づける。粘つく質感と、わずかに酸味を帯びた匂い──間違いない。
「……テデナリアの体液か。多量に飲み込んでるみたいだ」
沼地の泥に混じった体液を誤って摂取し、神経に異常が出始めているのだろう。
「テデリンに効く解毒剤は?」
ユリアスは隣にいる女性ハンターに問いかける。
「テデ……なんですか? 解毒剤なんて持ってません」
「正気ですか?テデナリアの粘性体はテデリンという神経毒を含んでいる。放置すれば呼吸麻痺を引き起こす有毒ですよ」
「そ、そんな……知らなくて……」
狩猟家の質は上から下までピンキリだ。長年の経験を積み、獲物の特性や必要な装備を熟知している者もいれば、今回のように基礎知識すら持たず、準備不足のまま狩りに挑む者もいる。
ユリアスは軽く息を吐き、カバンから小型の簡易ミキサーと、細かく小分けされたジップロック入りの薬草を数種取り出した。
「調合に少し時間がかかるので、周囲の警戒をお願いします」
冷静にそう言いながら、手際よく薬草を取り出し、調合の準備を始めた。
ユリアスは解毒剤の調合に取り掛かりながら、ふと疑問を投げかけた。
「あなた方は、三人編成の狩猟家ですか?」
女性ハンターは一瞬、戸惑ったような表情を見せた後、小さく頷く。
「は、はい。そうでした」
「一人、見当たりませんが?」
「えーっと……」
言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。
「今、処置していただいてる方がパーティのリーダーでして……そのリーダーが倒れた途端、もう一人の仲間が逃げ出してしまいました……」
テデナリアに一方的にやられたリーダー。
それを助けることもできず、ただ立ち尽くしていた彼女。
そして、仲間を置き去りにして逃げ出したもう一人のハンター。
ユリアスは手を止めず、淡々と呟く。
「……酷い有様ですね」
その一言が、乾いた刃のように女性ハンターの心を抉る。
「……そうですね……」
彼女の声は、自嘲気味にかすれた。
ユリアスの追い討ちが、狩猟家としての自信を完全に打ち砕く。もはや、まともに狩りを続けられる心持ちではないだろう。
沈黙に包まれた空気を和らげるように、一匹の小さな獣がひょこっと顔を出した。
大きな瞳が、じとっと女性ハンターの顔を見つめる。
次の瞬間、その獣はユリアスの肩を蹴り上げ、一気に彼女の元へと飛び込んだ。
「おい、ベニ⁈」
「ベニ⁈」
驚きの声が重なる。
ベニは芝の上をぴょんぴょんと跳ねながら、迷うことなく彼女の懐に収まった。
「……あなた、ベニなの⁈ ほんとに、ほんとにベニ⁈」
女性ハンターは半ば信じられないといった様子で、小さな体を抱きしめる。
その手に触れる、真っ赤に染まった前足——間違いない。
「……ベニだ……!」
目を潤ませながら、彼女は確信する。
懐かしい友が、今ここにいるのだと。
「……どうして、ベニのことを?」
ユリアスが訝しげに問いかけると、女性ハンターはベニを優しく抱きながら、ふわりと微笑んだ。
「それより……あなたこそ、どうしてこの子の名前を知っているんですか?」
「それは、ベニがそう呼んでって言うから」
「えっ……?」
女性ハンターは小さく瞬きをし、そっとベニを撫でる。
「この子が、自分の名前を……?」
まるで信じられないと言わんばかりに、そっとベニを見つめる。
ユリアスは静かに頷いた。
「僕には、生き物の声が聞こえるんです。」
女性ハンターは驚いた表情を浮かべながらも、ユリアスの言葉に耳を傾ける。
「ベニのような小動物はもちろん、大型の生物や、強い生命力を持つ植物の声もな」
「……だから、私たちを助けに?」
「そういうことです。」
彼女はベニを抱き直し、そっと目を細める。
「……すごいですね。まるで、おとぎ話みたい……」
ユリアスは肩を軽くすくめ、「バケモノみたいだろ」と皮肉めいた笑みを浮かべた。
すると、彼女は静かに首を振り、優しく微笑む。
「そんなことないですよ。ベニが懐くほどですから……心優しい方なんだなって、分かります」
生き物の声を直接聞くことはできない。それでも、彼女はベニの気持ちを理解しているつもりだった。そう語る彼女は、ふと姿勢を正し、改めて向き直る。
「私はリリゼ。リリゼ=ストレイナ(17)です。新米の狩猟家で……ベニの名付け親なんです!」
どこか誇らしげにそう名乗った後、リリゼは少し照れたようにベニの後ろに隠れる。
「今回のこと、本当にありがとうございました!」
彼女は深く頭を下げると、ベニも真似するように小さく身を縮めた。
「僕はユリアス=ラプラス、未探家です」
「エ、エクスハンター⁈」
リリゼの声が思わず上ずる。それも無理はない。
狩猟家と未探家の間には、埋めがたいほどの経験と実力の差がある。
それだけでなく、未探家の資格取得は極めて困難であり、数多の熟練者たちですら諦めるほどの高難易度を誇るものだった。
そんな存在が、今目の前にいる──それだけで、リリゼは圧倒されるような感覚を覚えた。
「だから、あれだけの戦闘や、手際の良い処置ができるんですね。感心します」
リリゼは素直な感嘆を口にする。狩猟家としての経験は浅いが、それでもユリアスの動きが桁違いであることは分かった。
しかし、ユリアスは静かに首を振る。
「いいえ。それは僕が『ポイズンハンター』だからですよ」
その言葉に、リリゼは一瞬きょとんとする。だが、すぐに気づいた。
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